第46話 穏やかな日常
朝の爽やかな風に、柔らかい日差し。商会で働く者たちの慌ただしい足音も、朝の風物詩だ。
「う~ん」
セレーナは、持ってきた魔道具を、本体に取り付けている。
「う~~ん」
声の主を、確認して、自分の仕事に戻る。
「う~~~~~ん!!」
段々と、大きく、長くなってきている。
「う~~~~~~ん! 最高傑作だと思うんですが!!」
ウロウロと特注の光源の魔道具の周りを周りながら、唸っているのはトマスだ。
「トマスさん。お客様が受け取りにいらっしゃるわ」
エミリーが呆れ顔で指摘する。
一昨日、「出来上がった」と言ったのに、見るたびに気になるらしく、周りをグルグルしながら唸っている。
昨日は、エミリーが大きな布で覆ってしまった。見えなくなれば、気にはなっても普通に仕事ができるようだ。
今日は、お客様が受け取りにくるので、布をとってしまった。見えていると、やはり気になるらしい。
ここは、早く取りに来て貰わねば。
「突き詰めれば、どこまでも突き詰めてしまう気持ちはわかります。でも、とても素敵ですよ」
セレーナがそう伝えても、トマスはさらに悩む。
「そうなんですよ。もうこれ以上は無いって気もしますし、もっとすごくできるような気もするんです」
「私の取り付けた魔道具のバランスはどうですか?」
「それも悩んじゃうんですよね~。さらに増やしたら、多すぎますかね~」
また、トマスが唸り声をあげ始めてしまった。
エミリーは呆れ顔だが暖かい瞳で見守っているし、セレーナは急いで今日の仕事を終わらせることにした。
店に人が来た音がして、店番がエミリーを呼びに来た。
「セレーナさんも、トマスさんも一緒にお願いします」
セレーナは注文した客の予想がついていたので驚かなかったが、トマスは明らかに狼狽える。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕も、ですかぁ!?」
「お客様が会いたいとおっしゃっていますので」
店番は、慌てるトマスにも慣れたものだ。
「トマスさん。せっかくなら感想を直接きいて、何かあったらすぐに直せばいいんじゃないですか?」
「そ、そ、そ、そ、そうですね!!」
今までいくつも魔道具を販売しているのに、未だに緊張するらしい。今回は特別注文だからなおさらだ。
セレーナが、大きな魔道具に、重力を小さくする魔法をかけて軽くすると、トマスと二人で両側から支えながら運んでいった。
店まで運んでいくと、感嘆の声と共に迎え入れられた。
「エミリー嬢。連絡ありがとうございます。楽しみで朝から来てしまいました」
そう声をかけてきたのは、セレーナの思った通りシオンネだった。
魔道具を台に置くと、色々な角度から観察している。
「はぁ~。ここら辺とか最高ですね。この出っ張りなんかが堪らないですね。あぁ、ここの捻れもいいですね~。この無駄とも思える形が、樹木が必死で生きてきた歴史を感じるようで堪らないです」
称賛の声が止まらない。
「あ、あ、あ、ありがとうございます」
トマスが恐縮しつつ、赤い顔でお礼を言った。
「あぁ、樹木部分を作ってくださったかたですね。私は、サンチェスト魔道具店のオーナーをしておりますシオンネと申します」
サンチェスと魔道具店は、子供ですら知っているほどのブランドだ。
トマスは一度「ひぃ~!!」っと逃げ出しそうになったが、何とか「トマスです」と自己紹介をした。消え入りそうな声。
シオンネは握手を求めてきた。
「本当に見事な腕前で、あっ、エミリー嬢。うちからの注文があったら受けて貰えますか?」
光源の魔道具の注文が初めほどではないとはいえ、まだ忙しい。
「注文を受けることはできますが、納期は相談させてください」
「もちろんですよ。本当に、この注文をして、良かったです。トマスさんとお知り合いになれましたし」
シオンネは、エミリー、トマス、セレーナの順に微笑みかけた。
「あら? セレーナとは、・・・・あぁ! そういえば、お店に行っていましたね」
エミリーは、オリバーと行ったときのことを思い出したのか、顔をしかめる。
「ついこの前もマーク様と招待していただいて、プレゼントまで頂いてしまったのです」
ポケットから時の魔道具を取り出して、
「マーク様とお揃いです」
シオンネが、「使ってくれているんですね」と嬉しそうだ。
「アクセサリーみたいですね」
トマスが覗き込む。
「いい案ですね! 今度はチェーンをつけてみます。おっと、そろそろ行かないと」
シオンネがお金を支払っている間に、セレーナとトマスで光源の魔道具を運び出す。立派な馬車に運び込んだ。
「それでは、うちにもいらしてください」
そう言うと、シオンネは帰っていった。
店の奥の工房では、緊張が溶けて気の抜けたトマスが、だらりと椅子にかけている。
「トマスさん、お疲れ様です。明日のお休みは、何をするんですか」
特注の魔道具に掛かりきりになっていたトマスだが、がんばりすぎだとエミリーが休むことを約束させたのだ。
「明日は、いつものように森に行こうと思ってるんです」
セレーナは『いつも』というところが気なったのだが、エミリーは違ったようだ。
「森ですか? 何をしに行くんです?」
「自然を感じて、写生でもできればと思っているんです」
首をかしげるエミリー。
「仕事をしに行っている気がするのは、私だけですかね?」
「ははは」と笑って、
「いいんですよ。好きなんですから」
その後トマスは、手元にある魔道具を作った材料の残りを見ていたのだが、おずおずとエミリーに話しかけた。
「あの、これって少し買えませんか?」
樹木部分を作っていた金属。量を聞くと本当に少しのようだ。
「それくらいなら、今回はあげるわ」
「ありがとうございます」
トマスはお礼をいうと大切そうに握りしめた。
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