第43話 結局ドタバタ
セレーナの父の反対に、マークがポカンと口を開けている。
──あぁ~。お父様の悪い癖。
セレーナは盛大に心の中でため息を付いた。
自分の親のことだ。父の性格は把握している。娘を持ったのだから、一度は反対してみたかったのだろう。
ここでセレーナが口を出してもいいが、マークが頑張って説得してくれたら嬉しい気もする。
そんなことを考えるのは意地が悪いだろうか?
でも、どれだけ愛しているかとか、どんな風に幸せにするからとか、マークの口から聞きたく思ってしまったのだ。
少しだけ傍観することにしていたら、オーナーであるカルトスがやってきた。
「セドリック、何を言っているんだ。お前は反対したいだけだろ? それに、借金返済のほとんどは、セレーナちゃんがしているんだ。セドリック、お前に意見を言える権利があると思うか?」
ズバッと言うカルトスに、父がすがり付く。
「カルトス~、そんなこと言うなよ~。俺の可愛いセレーナが結婚しちゃうんだぞ。一回くらい反対させてくれよ」
ベタベタくっついてくる、いい大人を引き剥がしながら、カルトスが畳み掛けた。
「彼は、ハワード家の一人息子だ。ハワード家については、さすがのお前でも知っているだろ? 代々、騎士団長を勤めていた由緒あるお家だぞ。それに、結婚したからといって、会えなくなるわけではないんだ。グズグズ言うんじゃないよ。まぁ、仕方がないな。今夜は一緒に飲んでやるよ」
「カルトス~。今日は、俺の隠してある酒を開けるぞ~」
二人で盛り上がり始めてしまった。
セレーナは、マークが説得してくれる姿も見たかったのだが、こうなってしまったからには、贅沢な願いだったということだろう。
マークも目を丸くして、おじさん二人のやり取りを眺めていた。
「あぁ! そうだ。セレーナにいいものをあげよう。ちょっと待っているんだよ」
そう言い残すと、足早に父が部屋からでていく。
残されたカルトスに、呆然としていたマークが話しかけた。
「あの、僕は、結婚を許してもらえたってことでしょうか?」
「あぁ、ああゆうやつだからね。許してくれていると思うよ」
父が出ていった扉の方を微笑ましそうに見るカルトス。
「あの、マーク様、カルトスさん。美味しいお料理をありがとうございました。母と一緒に食事ができたようで、本当に懐かしくて、嬉しくて」
潤んできてしまった目でマークを見れば、キョトンと目を丸くしている。
代わりにカルトスが口を開いた。
「彼からは、セレーナちゃんが好きなものをというオーダーを貰ったんだ。だから、セレーナちゃんが小さい頃に好きだったものと、そのころお母さんがよく頼んだものを盛り合わせにしたんだよ。セレーナちゃんがよく食べていたものは、本当に小さい子の好きなものだったからね、セレーナちゃんも大人になってお母さんと同じものが好きになっているかもしれないし、そうじゃなくても懐かしんでくれるだろうと思ってね」
小さな頃は、母がいなくなるなんて想像もしていなかった。母はいつまでも近くにいてくれるはずで、いつでも知れるからと、母のことを詳しく知ろうとはしなかった気がする。
病気になってからは、残された時間を精一杯一緒に生きるために、母について気にしていたが、元気な頃の母のことを知れたのも嬉しかった。
「セレーナのお母様か。今度、墓参りにいかせてくれよ。ちゃんと挨拶しておきたい」
マークがまっすぐな瞳でセレーナを見つめてきた。
「えぇ。母も喜ぶと思います」
涙が溢れないように視線を上にあげると、ドタバタと騒々しい足音が聞こえてきた。
「セレーナ。とっても可愛いだろ? これをセレーナにあげるよ」
持ってきたのは、小さな小瓶。薄いピンクの液体が入っている。
──これって。
せっかくいい話をしていたのに、父のせいで台無しだと嘆息するが、セレーナの父は、これが通常なのだ。
「あの、おじさん!!」
マークも気がついたらしい。
「えぇ!! おじさんはないよね。お父様とか、お父さんとか、パパとか?」
──さっきは反対したではないか……。
目を丸くしているマークに変わって、セレーナが切り込んだ。
「お父様!! それ、毒です!」
先日、通行人が持っているのを見つけて検査官に通報したものと同じなのだ。
「えぇぇ~!! こんなに可愛いのにぃ~!?」
「可愛いとか、どうとか、見た目は関係ありません。あれほど貰い物はしてはいけないと言っていたのに。それに、どうしてお父様は、朝の早い時間に、治安の悪い場所に出掛けているのでしょうか?」
「えぇ、それは、僕の貰い物仲間が……」
──なんだ? 貰い物仲間とは?
「それは、没収させてください。それから、今後、一切、貰い物はしないように」
「えぇぇ~!! だって、ただなんだよ~」
「ただだから、ダメなのです」
カルトスがお腹を抱えて笑いだしてしまった。はじめは目を丸くしていたマークも、カルトスの笑いにつられて肩を震わせている。
ロマンチックで感動することもあったけれど、結局最後は、父がごちゃごちゃにしてしまった。
それが、父らしいと思うセレーナだった。
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