第42話 支度

 朝から、エミリーが大騒ぎだった。

 エリントン魔道具店に着くと、駆け寄ってきたエミリーにギュッと抱き締められた。

 エミリーの豊満な膨らみが当たり、セレーナでもドキドキする。

 可愛らしい女子二人の戯れに、トマスが視線を逸らせた。


「セレーナさん! 今日はマークさんに私の方から言ってありますから、ここで着付けをしてくださいね。マークさんは、ここに迎えに来ますので」

「えっ、えぇ。ありがとうございます」

 ドレスはエミリーが選んでくれたのだ。着付けまでしてくれるのか。

「お昼は一緒に食べて、その後は私の侍女に頼んでありますから」

 ムギュっとくっついたままエミリーが離れてくれない。

「あの、エミリー様。仕事をしないと」

「私はしばらくセレーナさんを堪能していたいので」

 困ってトマスに助けを求めたが、背中を向けて仕事をしていて視線に気がついてくれない。

「あの、着付けの準備、ありがとうございます。あまりのんびりしていますと、着付けの時間が減ってしまうので、そろそろ仕事をしませんか?」

 エミリーは、少し悩む素振りのあと、セレーナに抱きついた腕をはずした。

「着付けの時間が減っては大変です! さぁ、仕事ですよ!!」

 楽しそうにトマスに絡みに行ってしまった。

 トマスは戸惑いながらも、エミリーを上手く受け流している。


 セレーナも魔道具の組み立てに取りかかった。

 トマスが作った樹木の土台に、ハワード家で作ってきた光源の魔道具を取り付ける。魔力がしっかり流れるようにつないで完成だ。

 しっかり動作するか確認してから顔を上げれば、トマスが何やら大きいものを作っている。

「トマスさん……。大きいですね」

「あぁ、実は、この前入った注文なんですが、いつもの倍ほどの高さのものが欲しいそうです。始めての大きさで、今は手探りですが、後でバランスとか見てくださいね」

「光源の魔道具を取り付けるのですよね?」

「小さい方を大量に付けて欲しいそうです。取り付けた分だけ

値段が高くなってもいいそうなので、豪華なものが欲しいと」


 手元にある樹木のデッサンを見ながら作っているようだ。

 注文に来たときに、完全個別注文と言うことで細かいデザインまで打ち合わせたらしい。

 呪いの魔道具騒動の時期の注文だったから、セレーナは知らなかったようだ。


 トマスが大きさに四苦八苦している間に、セレーナはもう一つ組み立て終わった。

「エミリー様、明日には大まかな形ができるので、明日全体のバランスを見てもらえますか? お二人は、そろそろお昼の時間ですよ」

「まぁ! そんな時間! トマスさん、あとはよろしくお願いします。私は自室に方にいますので何かあったら呼んでください」



 エミリーに連れられて、軽い昼食をいただく。

 夜しっかり食べるし、ドレスをきれいに着るための食事だという。

 上品な味で、血行をよくする薬草なども使われていて、体内から綺麗になるために考えられてメニューだなと思った。




 食べ終わってからが、大変だった。

 着るドレスは決まっていたのだが、髪型からメイクに至るまで、ドレスと合わせながら決めたのでエミリーと侍女のカミラが揉めに揉めて……。

 最後には「マークさんの好みは、どっちですか?」と聞いてくるのだ。

 恥ずかしさに耐えながら、「マーク様は髪を鋤くのがお好きなようです」と答えれば、「きゃあ!! なんて甘いの!?」とカミラに言われる始末。

「メイクはナチュラルな方がいいわよね」

 エミリーの提案に、カミラが

「せっかくですから、ナチュラルですが、いつもよりは華やかにしては?」

と、別の意見を言うので、決まらない。

 結局、よく見れば、いつもより華やかなことがわかる程度に落ち着いたようだ。



 二人は慣れないことにセレーナが疲れてしまうことまで予測していたようで、ドレスに着替える前に、お茶を飲んでほっとする時間をとってくれた。

「疲れた顔でマークさんに会うなんて、以ての他です。マークさんが理性を失うくらい、魅力的でないと」

「そうですよ。今日はマーク様をメロメロにしてきてくださいね」

 こんなところでは意見があってしまうのだ。



 ドレスまで着付けてもらいマークを待っていると、エリントン家の当主であるアランや奥さまのフレイヤが顔を出した。

 アランは「娘が嫁入りするようだ」と感慨深そうにしていた。

 他の使用人も顔を見にきて、大騒ぎだった。



 マークが馬車で迎えに来たときには、セレーナは既に疲れていたのだが、タキシードに身を包んだマークの姿が凛々しくて、疲れなど吹っ飛んでしまった。

 いつも研鑽に励んでいて適度な筋肉がある。体格もいいので、何を着ても似合う。

 髪をスッキリと後ろに流したマークは、いつもよりスマートでセレーナをドキッとさせた。

 出会ったばかりと言うわけではないのに、眩しすぎて直視できない。

 馬車に乗っている間も、マークの大きな手が腰に回っていて、ずっとドキドキして固まっていた。



 マークが連れてきてくれたのは、カルトスが経営しているレストランだ。

 カルトスは、セレーナの父の友人で、父が商会を潰してしまったときに残った借金を肩代わりしてくれた人だ。父はカルトスのレストランで働きながら、少しずつ借金を返済している。セレーナも借金返済を手伝っていて、光源の魔道具の利益で三割ほどの返済がすんだ。


 中に案内してもらい、料理が運ばれてきた。


 始めてみるメニューだ。二種類の前菜の盛り合わせ。

 そのあと運ばれてきたメインも、小さなハンバーグとチキンステーキの盛り合わせ。パンやスープは一種類だったが、デザートも盛り合わせ。


 まだ幼い頃。父の商会を母が取り仕切っていた頃。

 カルトスのレストランには、よく訪れた。そのとき父はおすすめや新商品を食べていたけれど、セレーナは決まってハンバーグで、母は、そう、鶏肉が好きだった。


 食べている途中でメニューの意味に気付き、涙が出そうになる。

 セレーナの母が元気だった頃、このレストランに来たときに、セレーナと母が好きだったメニューの盛り合わせなのだ。


 マークは父に挨拶するためにこの店を選んでくれたのだと思う。

 父だけでなく、母にも挨拶してくれたような気分になった。



 食べ終わると、マークが席を立ち、セレーナの前に膝を付く。

「セレーナ。君と一緒に生きていきたい。僕と結婚してください」


──私も一緒に生きていきたい。


 セレーナはそう思い、頷いた。

「はい。よろしくお願いします」

 マークがおもちゃの指輪を外して、婚約指輪をはめてくれた。ダイヤモンドが光っている。

 その手の甲にマークが優しく口づけを落とす。

「セレーナのお父様にも挨拶したくて、いいよね?」

 セレーナが頷くと、マークは従業員に頼んだ。セレーナの父がやってきた。

 給仕のお仕着せを着ているので、ちゃんと働いているらしい。


「あぁ!! セレーナじゃないか?」

「えぇ、お父様、話があるの」

 マークの方をチラリと見れば、ピシッと背を伸ばして口を開いた。

「お父様、セレーナさんと結婚の約束をさせてもらいました。お父様にも許していただきたく・・・」

「ダメだ! ダメだ! セレーナはうちの一人娘だぞ!!」

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