第41話 似合わない小瓶
「どれが毒?」
そっと歩みより、小声で問いかける。
「えぇ~!! セレーナさん、検査の魔法も使えるのですか?」
カーティスが大声を出してしまった。目線が集中する。
「あの茶色い上着の男性が持っている小瓶です。実はさっき他の人も持っていて、あんなに可愛らしいものを、複数の男性が持っているなんて変だと思って、ついつい検査の魔法を……。ただ、薬であれば納得するくらいにしか警戒色は出ていないので、お話を聞いてみなければわかりません」
「えぇぇぇぇっ!!」
カーティスが慌てているのを見ていると、これがすごいことなんだと実感する。
セレーナが普通にやるので、すごさを感じていなかったのだ。
マークは茶色い上着の男に近づいていた。
「ちょっと、お話聞いてもいいですか?」
茶色い上着の男は、体格のいいマークの登場に後ずさった。
「えぇっ!! なんだよ!!」
「そちらの小瓶ですが、お薬かなにかですか?」
小さな可愛らしい装飾の小瓶を指差す。薄いピンクの液体で満たされていた。
茶色い上着の男は、瓶を空に翳すようにして見る。
「薬っちゃぁ薬なのかな? 元気が出るドリンクだそうだ」
「どこで買ったのか教えていただきますか?」
店を突き止めて原材料を聞かなければ、判断ができない。
「いや、配っていたんだよ! 兄ちゃんも興味があるなら行ってみるといい。あそこの突き当たりを左に曲がって、二番目の角を右だよ」
男の話す方向は治安のいい場所ではない。
そこで、セレーナが声をかけてきた。
「検査の魔法に警戒色がでています。薬なら問題ありませんし、もし毒でもそれを飲んですぐに体調を崩すわけではないのですが、そちらはご自身で飲まれますか?」
始めセレーナの出現に鼻の下を伸ばしていた男だが、毒かもといわれて顔色を悪くした。お金を払っていれば惜しく感じるかもしれないが、貰い物なら飲む気にはなれないだろう。
「えぇ!! そんなもの、飲めねぇよ。とんだ貰い物だな~」
小瓶を投げ捨てようとする男を慌てて制止した。
「それ、貰ってもいいですか?」
「あぁ、いらねぇよ」
どれくらいの数を配っていたか聞くと、五十くらいはあるようだ。
「えぇ~っと」
次どうするかを迷っていたら、セレーナが腕を掴んできた。
「検査官のところに行きましょう」
ちゃんと専門家に検査してもらえば、毒か判明する。
検査官の見解は、飲み続けると体調を崩す毒だった。
十日も飲めば、体調不良になるそうだ。ジワジワと体調が悪くなるので、疲れなどと勘違いしてしまうかもしれないということだった。
男から聞き取った場所を伝えて、残りは検査官に任せる。
検査官は騎士を動員して、小瓶を回収するのだろう。
エリントン家にセレーナを送り届けると、微妙にエミリー嬢にチクチクと言われた。
カーティスが一緒だったことで、小さな声で早く婚約しろと言われただけだったが、セレーナがいないところで圧力をかけてきている。
ディナーの予約を取ったことを伝えると、なんとか納得してもらえたようだ。
実は、ディナーの予約のとき困ったことがあった。セレーナの好きな食べ物がわからなかったのだ。出されたものはなんでも美味しそうに食べるセレーナだから、特に好きなものや嫌いなものがわからない。
仕方がないので、レストランのオーナーに一任した。
セレーナのことが可愛くて仕方がないが、じつは知らないことが多いと言うことに気がついてしまった。彼女は賢くて、魔法関連のことは、簡単にやってしまう。本当はすごい技術だとしても、そうとは感じさせない。
マークは、もう少しセレーナのことを知らなければと思った。
この王国の政治の中心。いくつかある門のひとつに身分証明書を提示する。
顔を覚えているだろうに、眉を寄せて厳しい表情でチェックする見張り。
この政治の中枢には、この門を通らなければならない。逆にいうと、この門さえ突破できれば中では自由だ。
チェックを厳しくしようとする動きはある。セレーナが巻き込まれた、不審者進入防止魔道具がそれだ。
特に危険な魔道具などがあると噂される魔法省には百をこえる人が働いていて、顔を知らない人がいるのが当たり前だ。外部のものが紛れ込んでいても気づきにくい。
そのためのチェック機構だったはずだが……。この騒動で、魔道具を作る動きは止まってしまったと聞く。
事情のよく知らない他省のものが、反対をしているとも聞く。
扉の前で、一息ついた。事情があるとはいえ、大遅刻だ。
勢いよく開け放つと、すぐに声がかかる。
「あぁ! マーク!! もう、待ちくたびれたよ」
ウィルは言葉だけでなく表情でも、遅くなったことを攻めていた。
「街頭で毒を配っているのを見つけたんだ。その対処に時間がかかってしまった」
「今度は毒か……」
普通に話していると、部屋で書類整理をしている人の視線があがる。
「魔道具も尻尾は掴めないんだろ?」
皇太子が声をかけてきた。
「魔道具の専門家は、仕込まれていた呪い文字がペイズハント帝国由来ではないかと疑っていましたよ」
カーティスは魔法省の魔道具担当室長だから、情報は共有しておいた方がいい。
「あぁ、あの国か。呪い関連の事件が後を立たないな。国境の検問も厳重にしているのだが、万全ではないからな。たしか・・・最近、ガンバス家が客を沢山招き入れていたなぁ~」
ガサガサと書類をあさり、見つけたものを見せてきた。
馬車で五台ほど、招いたようだ。
貴族が従者をつれてくるだけの簡単な旅にしては多い。
「ガンバス家ですか? 前にも毒騒ぎを起こした疑惑がありますよ」
エリントン家に毒入りの飴が届けられる事件があった。その時に捕まえた不審者がガンバス家の関係者だった。
ガンバス家は、捕らえられたものが勝手にやったことだと関与を否定しているが。
「そうなのか? ここまでは上がってきていないなぁ~」
騎士が捕まえたのだが、小さな事件として内々で処理してしまったのだろうか?
「ガンバス家が、客を招き入れたのは、最近ですか?」
「検問の記録では、三十日ほど前だな」
もし、呪い文字を持ち込んだとして、十分間に合うか。
数日後、太陽が地平線に沈み始める頃。
馬車を用意して、エリントン家に向かう。
エミリー嬢が着付けるというので、セレーナに会うのが楽しみだ。
セレーナは濃い青色のドレスを身に纏い、髪を緩くアップにしていた。メイクもいつもよりは華やかだが、派手すぎずセレーナに似合っている。
少し恥ずかしげに見上げて、すぐに下を見てしまったセレーナ。
ずっと眺めていたいが、今日は大切な日だ。
「セレーナ。綺麗だね」
上目使いに見上げたセレーナと一瞬目があった。
「マーク様も素敵です」
照れているのだろうか?
少し頬を染めたセレーナが可愛らしい。
そのまま抱き締めてしまいたい衝動に駆られたが、なんとか手をつなぐに留まる。
馬車に同乗し、セレーナの親父さんが働くレストランに向かう。まずはセレーナに婚約を申し込んだ。
頬を染めてはにかむセレーナから目が離せなかった。
帰る前に親父さんを呼んでもらい婚約をしたことを告げると、親父さんには反対されてしまった。
「ダメだ! ダメだ! セレーナはうちの一人娘だぞ!!」
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