第38話 容疑は晴れるが

 腕を見せながら青い顔で入ってきたのは、緑色のエプロンをつけた体の大きな男性だった。

 エプロンにはキャベツの刺繍が入っている。


 八百屋だろう。


「こちらにどうぞ。落ち着いてください。今から肌の中に入り込んでしまった呪いの文字を取り出します。チクリとしますが、後で回復の魔法を掛けるので、少し我慢してくださいね」


 カーティスがセレーナの後ろから来て、顔をだした。

「処置が終わりましたら、話を聞かせてくださいね」


「呪いの魔道具が野放しになっている可能性があります。早めにお話を聞いた方がよろしいのではないでしょうか?」

 その言葉に、目を丸くして大きな声を出したのは患者のほうだ。

「あぁ? あれが、呪いの魔道具か? 丸っこくて、白くて、何にも怖そうじゃなかったぞ」

 処置に集中しているセレーナに変わって、カーティスが聞き出した。


 聞き取った魔道具の形は、魔法省で見つかったものとほぼ同じようだ。

 店の前で煩く鳴ったので、とにかく止めなければと思いボタンを触ったらしい。

 魔道具は店の前に捨ててきたというので取りに行かねばならない。

 マークが騎士に声をかけ人数を集めると、商店街に向かった。

 魔道具の回収と他に同じ症状の人がいないか調べるためだ。


 ハワード家の玄関が騒がしくなり、たくさんの人が入ってきた。

 それぞれ、手の平を見せて、「早くしてくれ」と騒いでいる。

 中には、「これのせいで」と魔道具を手に持ったまま来た人もいた。


 昨日よりも早く処置が開始できたこと。室長が必要な魔石を集めてくれて、加工することができる魔道具師を呼んでくれたこと。


 昨日より患者は多かったが、何とか夕方までには処置を済ますことができた。


「セレーナさん。お疲れさまです。セレーナさんの容疑は晴れましたね」

 室長が、屋台で買った香辛料たっぷりの串を差し入れてくれた。

「晴れたのですか?」

「昨日、私は貴女が出掛けていないことを確認しています。朝、魔道具を設置していないことは、明白です」

「その事なのですが……。もちろん外出はしておりません。でも扉だけけ見張っていても意味がなかったのではないかと、処置をしながら気がついてしまいました」

 せっかく容疑が晴れたと言ってもらえたのに、自分で否定しなければならない。今言っておかなければ、他意があったと言われるかもしれない。

「どうしてですか?」

「・・・・やったことはありませんが、窓から出入りが出来るのではないでしょうか?」

「そ、そう? そうですね!! セレーナさんの魔力操作なら可能かもしれません」

 自分で指摘しておいて、ガックリと肩を落とす。

「窓の外まで見張っていてもらえば良かったです」

「今日は、騎士にお願いしましょうか?」

 容疑は張らしたいが、明日も患者で溢れるのはよろしくない。

「先に、呪いの魔道具を分解してみませんか?」

 患者の中には、魔道具を携えて来たものもいる。

「えぇ?」

「魔法省で見つかったものは、分解してみましたか?」

「お恥ずかしい限りなのですが、呪いに対処することが出来ないので、万が一のことを考えて、触らないようにしていたのです」

「では、私が分解する分には問題ありませんよね? ぜひ、立ち会ってください」




 ハワード家の魔道具工房に、全員集まっていた。

 セレーナにマーク、ディエゴに加えて、魔道具担当からはカーティスと他数人。

 白くて丸いドーム型の真ん中に大きなボタンがついていて、真ん中に小さな穴が空いている。

 セレーナが棒を使ってボタンを押してみると、小さな穴から針が少しだけ飛び出した。同時に呪いの文字がにじみ出てきたので、急いで魔石で吸う。

「随分シンプルな作りですね」

「どうなっているのですか?」

「ボタンが押し込めるようになっていて、ボタンを押し下げると中に隠れていた針が出てくるという仕組みです。手の平で押すと、気がつかずに針が刺さってしまいますね」

「音は?」

「開けてみますね」

 接続部分に工具を差し込み外していく。

 半分に分解すると、中から使い終わった小さな魔石が転がり出た。

 魔道具の内部は、魔力文字がびっしり書き込まれていた。



「音を鳴らしているのはこの辺りの魔力文字ですね。大きな音なので、魔力はたくさん必要でしょう。この小さな魔石では一回の使いきりでしょうね」

「時限式のようなものも存在しませんね」

 カーティスも魔道具の内部を覗き込んでいた。

「セットして置いたら、急いで逃げたと考えるのが自然でしょうか」

「やはり、君の容疑は晴れているよ」

「本当ですか?」

「君がここで呪いと格闘しているときにも、音のなる魔道具は発見されているんだ」

「そうなんですか。私の容疑が晴れたのはありがたいですが、犯人は人目があるときにも行動しているのですね」

「そうなんです。騎士が見回っている時間にも魔道具を配置しているんですよ。しかも、いくつか魔道具が回収できていません。新たに魔石をいれればまだ使えるようですし、しばらく警戒しておかないとならないですね」


 その後、魔道具師総出で呪い文字用の魔石を作った。

 セレーナは途中から魔力不足で頭痛がしていたが、明日も同じ状況になるかもと思い、少し無理をして魔石を用意したのだ。



 次の日の朝、まだ寝ているうちからたたき起こされた。

 魔力が回復しきっていない重たい体に鞭打って、玄関まで行くと、執事服を着た初老の男性が。顔色も悪く、足元も覚束ない。

 手袋をとって見せてくれた手の平には、思った通りの呪い文字がびっしり。

 働いている家の前で煩く鳴っていた魔道具をどうにかしようとボタンを押してしまったらしい。手袋をしていたため気がつくのが遅くなってしまい、体調に異変が出てから気がついたらしい。

 すでに対処が遅れている。

 セレーナが慌てて呪いと格闘しているあいだに、商店街を見回っていた騎士達を住宅街に移動させた。

 昨日に比べて患者数は少なかったが、呪いに気がつかない人が数人いて、酷くなってしまっていた。

 ディエゴもカーティスも手伝ってくれたのだが、朝から魔力が足りていなかったセレーナは、すべての患者の対処を終えると倒れてしまった。

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