第36話 緊急事態

 マークとのディナーまで、あと二日となった。

 エリントン魔道具店の光源の魔道具は、発売当初ほどではないものの、順調に売り上げている。

「さて、そろそろ新しいデザインも考えないとですね」

 エミリーと、トマス、セレーナの三人で、机を囲んでいる。

「今は、既存の瓶を使っていますが、この形を変えて注文することはできないでしょうか?」

 トマスが切り出した。

「瓶の形? ものによるけれど、複雑じゃなければできるんじゃないかしら?」

 仕入れに関してはエミリーが専門だ。

「でしたら、リンゴの形や、イチゴなんかもどうでしょうか?」

「かわいい」

 セレーナは目の前の紙に絵を描きながら、呟いていた。

「瓶の口が小さいと、セレーナさんの魔力文字が入れられないですよね?」

 トマスは心配してくれるが、セレーナは瓶の形を描きながら考えている。

「そうですね。でも、例えばここを空ければ、いいのではないでしょうか?」

 リンゴもイチゴもヘタの部分が特徴的で可愛らしい。せっかくならヘタの部分を残して、少し下側に穴を空けてはどうだろうか?

「もう瓶とは言えないわね。ガラス工芸の職人さんを探してみるわ」

 ガラスについてはエミリーに任せて、それ以外にも壁掛けや天井から吊るすタイプの光源の魔道具を作ろうということになった。

「試作品がうまくできたら展示しましょう」

「そうですね・・・」

 魔道具店の入り口が開き、聞きなれた声がセレーナを呼んでいる。

 店番が、訝しげな顔でギルバートをつれてきた。

 セレーナが帰る時間には、だいぶ早い。

「エミリー様。セレーナさんをお借りしたいのですが」

 そういうギルバートは、息が荒く汗だくなのに顔色が悪かった。

「どうしたのですか?」

「実は……」

 ギルバートは声を潜める。

「呪いにかかった患者が来ました。それも数人いるようなのです。呪いの進行も早くて、セレーナさんしか対応が難しそうです」

「人命が関わるのね! セレーナ、急いでください」

 セレーナがバタバタと出ていった入り口をみて、エミリーが呟いた。

「この国で呪いなんて変ですよね。今日運ばれてきた数人で済めばいいのですが。せっかく婚約ってときに……」





 セレーナがハワード家につくと、四人の患者がいた。

 呪いの箇所は全員、手のひら。

 急いで準備を整えると、セレーナは一人目の患者に向き合った。

 細い針に自分の魔力をまとわせて、浅く肌に傷をつける。まとわせていた魔力を呪い文字に馴染ませていく。すると呪い文字が浮き上がり動くようになるのだ。針の穴から、無理矢理引っ張りだすと、呪い文字を吸着できる魔石に吸わせた。


 ダリウスやギルバートのときよりも、呪いの複製が早い。


 セレーナが呪いの除去をするほうが若干早いくらい。


 一人目の対処の間に他の人は手首まで真っ黒になっていた。


 呪い除去のための魔石はディエゴにつくってもらい、セレーナはとにかく呪い文字を取り出していく。


──なによ、これ? 人工的なものかしら? 悪意を感じるわ。


 目の前でどんどんと増えていく黒い文字を睨み付けながら、必死だった。


 最後の一人になったとき、誰かハワード家にきたようだ。


 セレーナは見に行っているような余裕もなく、次々に呪いを取り出していく。


「セレーナだな。事情を聞かせてもらおう!!」


──へっ?


 今、それどころじゃないのだが。

 最後の一人は増えた呪いの影響か、ぐったりと顔色も悪い。

 少しでも早く、呪いを除去しなければ危ない。

「今は、呪いの除去中です。お静かにお願いします」

 ギルバートが立ちふさがってくれた。

「呪いの除去? どういうことだ?」

 すでに治療が終わっていた人が、自分の手を見せて説明してくれた。

「そうか……。そちらが先だということはわかった。ここで待たせてくれ」

 セレーナの様子を観察しながら、その場で待つつもりのようだ。


「ディエゴさん!! 魔石、間に合いますか?」

「ちょ! ちょっと、まだです!!」

「急いでください!! 呪い文字が増えすぎて! さらにどんどん増えていくので、全然減らないんです!! ちょっとペースアップしないと!!」

 セレーナの様子を観察していた偉そうな人が、近づいてきて覗き込んでいるようだが、そんなこと構っていられない。

「セレーナさん。とりあえず、一つ」

「ありがとうございます」

 これで、どれだけ持たせられるか。

 残念ながら、この魔石一つでは全ての呪いを除去することはできそうにない。

 増えすぎて、絡まるように重なっている呪い文字を取り出すと、魔石に吸わせた。

 一度で半分ほど使いきったようだ。


──駄目だ。全然間に合わない。


 ディエゴだって、腕のいい魔道具師だ。作業が遅いというわけではない。


 ディエゴが作ってくれた最後の魔石を使い果たした。

「すぐに魔石を作りますので、横になっていたくださいね」

 セレーナも魔石を作る作業にはいる。

 キラキラと輝く魔力文字が、どんどんと魔石に書き込まれていく。

「おぉ!!」

 誰だかわからないけど、近くで驚いているのが気になる。


──失敗したら、助けられないのだから、集中しなきゃ!!


「一つできました」

 ディエゴが一つ完成させたと同時に、セレーナのものもできた。

 魔石を作っている時間で呪い文字が増えてしまい、処置前の量に戻っている。

「これ、私にもやらせてくれるかい?」

 偉そうな人は、魔道具が作れるらしい。

 ディエゴが簡単に教えているが、簡単な説明でも理解しているようだ。


──相当な腕前かも。


 それなら、ありがたい。

 魔石の供給が間に合えば、呪い文字を除去できるだろう。

 セレーナが、必死で呪いを取り出していると、魔石がポンッと近くに置かれた。


 ディエゴが作るより、だいぶ早い。


 魔石の供給が多かったので、呪いを全て取り出すことができた。

 ぐったりしてしまった最後の患者は、ギルバートと最初の患者に任せる。呪いが増える前に処置できたので、まだ元気そうだったからお願いしたのだ。

 患者に任せるのは気が引けたのだが、セレーナも魔力切れで目眩がひどかった。

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