第35話 買い物

「後はエミリー様だけね」

 エリントン家の面々の健康観察を終え、魔道具店の方へ向かう。最近ではエミリーとの話は、魔道具店の従業員スペースで、ということが多かった。

「おはようございます」

「まぁ!! おはようございます! セレーナさん! 聞いてください!!」

 勢いよく、セレーナに抱きついた。

「どうしたのですか?」

 肌艶はよく、瞳もきれい。声もいつも通りだし、動きもスムーズ。若干、顔が赤い気がするのだが、熱があるようには見えない。

「私、ウィル様に婚約を申し込まれましたの。家同士の話し合いもあるので、まだ正式に婚約というわけではありませんが、僕と婚約してくださいって!! きゃ!」

 セレーナの目の前で頬に手を当てて、恥ずかしそうに体を左右に捻っている。

 可愛らしいエミリーに、頬が緩む。

「おめでとうございます。よかったですね」

 お似合いの二人だ。

 ウィルの行動の速さに驚きはしたものの、二人は随分前から知り合いだったわけだし、今回は国王ウィルの父が薦めた縁談だ。お互いに気がありそうだったのだから、話が進むのも早いだろう。

「それで、セレーナさんに頼みがありますの。ウィル様は仕事帰りにうちに寄ってくれるのですが、一緒に飲むお茶を調合していただけないから? 男性も好んで飲めるようなもので、仕事終わりの体に良さそうなものがあると嬉しいのだけれど」

 スッキリした飲み口のお茶に、疲労回復に良さそうな薬草を混ぜればできそうだ。

「今日のうちに作っておきますね」

 すぐに取りかかろうと踵を返すと、エミリーが慌てて止めてきた。

「お茶もそうですけど!! セレーナさんの方は、どうなっているのです?」

「いえ、今までと変わらずですが」

 ギルバートがいるときは絶対に送り迎えにきてくれるのと、セレーナが少しくらい走れるようにと運動を始めたことが変わったことだろうか。

「えぇ!! あの事件のあとすぐにでも婚約の話になると思ったのですが……。予兆はないのですか?」

「予兆は……実はディナーに誘われていまして」

「それです!!」

「エミリー様もそう思われますか?? 違ったときにショックなので、考えないようにしていたのですが」

「ドレスコードのあるお店ですか?」

 服装はドレスと言われているので、高級店だと思う。

「では、ドレスは私が選びます!! ギルバートさんに使いを出しておくので、心置きなく買い物をしましょう!!」


──エミリー様って、この国一番と言ってもいいくらいの裕福なご令嬢なのだが、エミリー様の見立てで買い物をしても大丈夫だろうか……?


 ドレス選びを手伝ってくれるのはありがたいのだが、財布の中身が心配になってしまった。




「ここが私の行きつけのお店よ。高級店にも行くけれど、普段着はここが多いの。ディナーまで日にちもないから、オーダーメイドは間に合わないわ。既製品をセレーナさんの体型に合わせて直してもらいましょう」

 セレーナの希望は、マークにもらった赤いリボンと緑の石が付いた指輪が似合うドレスだ。

 エミリーとしては、おもちゃのようなリングに不服そうではあったが、「本物をもらうまでの繋ぎね」とブツブツ言っていた。

 ドレスを当てること数十着。エミリーは、深い青に絞ったようだ。その中から、さらに絞って、三着を試着した。

「う~ん。胸元が開きすぎね。マークさんへの誘惑はもう十分ですから、今回は違うわよね」


──マーク様を誘惑とか、顔が赤くなってしまうから、口にしないで!!


「マーメイドドレスも素敵だけれど、セレーナの可愛らしさを全面に出したほうがいいと思うのよね。婚約を申し込むときには、身持ちの固そうな女性が理想だと思うのよ」


──エミリー様!?


「うん。これね。セレーナが着ると、可憐で誠実そうに見えるわ」

 その後で、ウエストを絞り、丈を直し、微調整するのだそう。

「あの、お会計……」

「そんなにビックリする値段じゃないわよ」

 さっきから値札が気になってはいるのだが……高いのだ。目が飛び出るほどかと言われれば、そうではないのだが、財布に普段から入っているような値段ではない。前回もらった給料の額を考えれば、許容ではあるのだが。

「うちに付けておいて。光源の魔道具の売り上げが順調だから、ボーナスってことで」

「私だけボーナスをもらったら申し訳・・」

「当たり前じゃない。トマスにも何着かプレゼントしたのよ。彼の場合は、仕事の商談でも着れるようなスーツを数着」

 恐縮しながらスーツを試着している姿が、想像できてしまい小さな笑いが込み上げる。

「ありがとうございます」

 エミリーの目をまっすぐに見て、感謝を伝える。

「早くマークさんと婚約してもらわないと。オリバーあんな男に振り回されている場合じゃないのよ」

 頬を赤らめて、プイッと横を見てしまった。明らかに照れているエミリーも可愛らしい。





「セレーナさん。聞きました? 政治の中枢が一部の人だけ優遇しているって噂になっていますわね?」

 セレーナも今朝、耳にした。朝はマークがセレーナの家に寄り、エリントン家まで送ってくれている。その途中で聞いたのだ。

「人だかりの中、大きな声でそう言ったことを叫んでいる人がいましたわ。何かを配っているようで、物を貰えばその人のことを信じたくなるのも普通ですよね」

「そんな方法で噂を広げているのね!」

 ウィルは皇太子の補佐をしているのだから、エミリーは当然気になるだろう。セレーナも心配だった。マークが関わるのだから。

「政治に不満があるのでしょうか?」

「貴族派かと思うのですが。最近また、変な動きをしているとウィル様が言っていたので。ガンバス家でしたっけ? 海外からの客が多いと、気にしていました」

 貴族社会を取り戻したい貴族派が、今の国王の政治を批判していると言うことだろうか。

「ガンバス家って、前にエリントン商会に高値で鉄鉱石を下ろしていた家ですよね?」

「そんなことがあったのですか?」

 エミリーは魔道具店ができてから本格的に商売に関わっている。それより前のことは詳しくないのだろう。

「まだ、私が働き初めて間もない頃ですが」

「うちは市民派ですので、嫌がらせをされたのでしょうか?」

 鉄鉱石の値段程度で、エリントン商会がつぶれるとは思えない。エリントン商会は農作物を中心に取引している商会で、鉄鉱石はメインの商品ではない。農家との協力な信頼関係もある。

「嫌がらせか…………、資金調達に使われたか……。」

 そのどちらもか。

「どちらにせよ、気を付けた方がいいですね。取引相手にも伝えるように父に言っておきます」

 エリントン商会の取引相手は、食料品店やレストランが多い。誰もが利用する場所だ。

 根も葉もない噂など、そのうちに消えるだろう。





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