第34話 焦りと捜索

 最近やっと通い慣れてきたと感じる職場から家に戻る。そこにはいつもと変わらず魔道具づくりに没頭したセレーナがいるはずだった。

「マーク様~!!」

 遠くから叫びながら駆けてきているディエゴが、異常事態を知らせていた。

 嫌な予感しかない。

「セレーナさんが来ていなくて、あまりに遅いんでサンチェスト魔道具店を見に行ったんですが、今日は来ていないらしいんです」

 今日はギルバートは休みだ。マークが隣国へ行っている間、住み込みで休みなく働いてもらったので、長期休暇を取ってもらっている。


──こんなときに限って……。


「エリントン家には?」

 もしかしたら、体調不良で家から出られなかったのかもしれない。

 それはそれで、心配なのだが。

「まだ、行っていません」

「じゃあ、俺が行く。済まないが、俺か父が帰ってくるまで待っていてくれないか?」

「セレーナさんの無事が確認できるまでは帰れません」

 ディエゴに家を頼むと、軽く身体強化をかけて走り出した。本気で魔法を使ってしまうと、スピードが出すぎて通行人とぶつかって危険なのだ。

 エリントン家の魔道具店に直接入る。

「いらっしゃいませ」

 格式のある落ち着いた店員の言葉がもどかしい。

「セレーナを探しているんだが、今日は来ていたか?」

 客ではないと気がついたらしい。

「セレーナさん、午前中にいましたよ。詳しくは、 少々お待ちください」

 そう言って店の奥に消えていったが、気ばかり焦る。

「やはり、マークさんでしたね。セレーナさんは昼前にはうちを出たと思いますよ」

 姿を見せたエミリーは、緊急事態だとすぐに理解して結論を教えてくれた。

 その後ろにウィルの姿もあったのだが、今はからかっている場合ではない。

「じゃあ、どこに行ってしまったんだ……。サンチェスト魔道具店にはいなかったらしいし……、オリバー絡みだと思うんだか……」

「オリバーって、あの、セレーナさんに魔道具の設計をやらせた男ですよね? 普通、設計の後は製作だと思うのですが」

「じゃあ、魔法省に問い合わせてみるか」

 お礼を言って、店から出ようとすると、エミリーが引き留める。

「ウィル様。私の大切なセレーナさんを取り返すお手伝いをして来てくださいな。明日、武勇伝を聞かせてくださいね」

 せっかく会える時間だというのに、ウィルを貸し出してくれるらしい。


──まぁ、明日も会うつもりなら、今日くらいいいのか?


 王宮の敷地内に政府の中枢がある。ウィルと共に毎日そこで皇太子の補佐業務をしているわけだが、魔法省もそこにある。

 何度もオリバーに会っている。嫌みを言われたり、なぜか自分がセレーナの婚約者のような発言をされたりと散々だったが、お陰で場所は分かる。

「魔道具製作というなら、魔法省管轄の、あの小屋だよね?」

 すれ違う人が二度見するような速さで走りながらも息は上がっていない。

「あそこなら、打って付けだな」

 魔道具作成や魔法研究のための施設で、最悪事故が起きたとしても被害を最小限にするために、人通りの少ないところに建っている。

 小屋が見える位置まで近づくと、ちょうど入り口から小柄な女性が転がり出てきた。

 セレーナだ。

 部屋の中にいる人物から逃げているようだった。

「マーク、俺は誰か呼んでくる」

 証人になる第三者がいた方がいいだろう。

「頼む!!」

 全力の身体強化で引き返していくウィルはすぐに見えなくなった。

 あいつなら、国王父親でも連れてこれる。国王は権力の無駄遣いだと思うが。


──ちょうどいい、権力者が見つかるといいんだが……。


「セレーナ!!大丈夫?」

 まだ逃げようとしているセレーナを抱き締める。パニックになっているのか、ジタバタと踠いている。

「大丈夫だよ。もう逃げなくていいんだ」

 セレーナが恐る恐る上を向き、マークを捉えると、ホッとした顔をする。

「あぁ~!! マーク様!! どうしてここに??」

 事情を説明すると。力が抜けてしまったらしい。地面に座らせておくわけにもいかないし、俺の腕の中で守ってやりたい。

 オリバーにはかなり腹が立っている。


 セレーナは腕に怪我をしているし、お前は、やり過ぎだ。


 セレーナを抱き上げると、セレーナは首に腕を回して抱きついてきた。少し震えているようで、マークの首もとに顔を埋めてぴったりとくっついてくる。

「お、おま! お前!! 僕のセレーナに何しているんだ!!」


──何だって??


 腹の底から怒りが沸き上がってくる。

「誰のセレーナだって? セレーナの気持ちはセレーナだけのものだ。それを大切に出来ないのなら近づくな」

 思った以上に低い声が出た。オリバーを睨み付ける。

「はぁ~!?? お前なんか、だたの騎士だろぉ??」


──だから何だっていうのだ?


 今は、の騎士ではないのだが。

「お前もただの魔法省職員だがな」

 声は後ろから聞こえた。

「マーク。遅くなってごめんよ~。魔法省の長官を見つけたからつれてきたよ~」

 ウィルの早い到着に驚く。しかも連れてきた権力者がちょうどいい。


──ナイスだ! ウィル!


「説明してもらえるかな?」

 セレーナの話とオリバーの話を順番に聞くという。

 俺はセレーナの近くを離れたくないので、聞き取りにはウィルに同席してもらった。

 オリバーは相思相愛だと思っているらしい。

 ウィルが、「どこからそう思ったんだ?」と聞いてくれたようなのだが、「僕が可愛いと思っているんだから、相思相愛だろ?」と、セレーナの気持ちは一切考えられていないらしい。

 状況的にはセレーナの言うことが正しいと判断されたのだが、マークが到着するまでは目撃者もいなく証明することができない。

 セレーナも魔道具店に影響がでないのであれば、それ以上は仕方がないと言う。オリバーには近づいて欲しくなさそうだが、それを防止する法律がない。

 オリバーの罪としては、魔法省の機密事項を一般人に漏らしたことだけだ。機密とは言っても、軍事に関することではなく、それほど重い罪になるわけではないらしい。オリバーのこれから監視されるようだ。

 最期に魔法省長官に言われてしまった。

「せめて婚約していれば、彼を訴えられたかもしれませんね」


──分かってる……分かってるさ!!


 帰ったら、ディエゴにも言われたのだから……。






 町角で、親しい人に会って世間話をする。

 俺が仕事場に着くまでにも何度も見る日常の光景だが、話している内容がいつもと違う気がして耳を澄ます。

「税金が上がるって噂、知ってるか?」

「えぇ!! どういうことだよ?? 今でギリギリなんだ。上がったらやっていけないよ」

「そうだろ? どうも、国のお金を着服していたらしくて、財政が逼迫しているってさ。その付けを俺らに押し付けようってんだ」

「はぁ~?? そりゃないぜ」

「しかもだ、その着服したってのが。国王だって言うんだからな」

 こんな噂が町のあちらこちらから聞こえるのだ。

 衝撃的な内容だから広まるのが早かったのか?



 次の日、噂は収まっていた。

 皇太子に男児誕生!国王は初孫に目尻を下げる。

と、発表されて御祝いムード一色になったからだ。

 この発表には、どうもダリウスうちの父が関わっている

らしい。

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