第33話 魔道具作成強要

 セレーナは今、魔法省の魔道具製作小屋に来ていた。

「魔道具に問題が見つかったとおっしゃいませんでしたか? ここで魔法省のかたとお話ができるのでしょうか?」

「君が、これを作ってくれれば、僕から安全だって言っておいてあげるよ」

 道で会ったときには、「君の魔道具は、人体に害を成すかもしれない。嫌疑をかける前に弁解の機会をあげるよ」と、言っていたではないか。

 それが、この手の返し様。


──嵌められたわね。


 沸々と怒りが込み上げ、目付きが鋭くなる。

「セレーナ、可愛い顔しても無駄だよ。まぁ、君がやってくれないんなら、有ること無いこと言っておくからいいんだ。その審査だけでも販売が何日も遅れるよね」


──無いこと無いことの間違いではないだろうか?


 不本意ながら、この場を立ち去って魔道具に嫌疑をかけられるよりは、オリバーの要請通り魔道具を作ってしまったほうが早そうだ。何を作るかにもよるが、不審者発見の魔道具なら、今日中に作ることができるだろう。セレーナが一日仕事ができなくなる程度ならば、何とか取り返せる。


──腹立たしいし、悔しいが仕方がない。


 帰ってきてセレーナがいないことに気がついたマークに、有らぬ心配を掛けてしまうかもしれない。明日、謝るしかない。

「わかりました。何を作ればいいのでしょうか?」

 オリバーがニターっと気味の悪い笑みを浮かべた。

「これだよ。これ」

 セレーナが書いた設計図がそのままだ。

 実際に使う場所などがわからずに書いた設計図のままであることに不安を感じた。


──上司などに見せたのだろうか? でも、セレーナの筆跡のものを見せられないわよね。オリバーが書き直せばすむ話でしょうに。


「わかりました。一つ作ります」

「いや、いや、いや、いや。誰が一つなんて言ったの?」

 試作品なのではないだろうか?

「三つ作ってくれないと足りないよ」

 試作品であることには間違いはなかったようだ。


──それにしても三つ……。大急ぎで作っても、夜までかかるわね。


 さすがは魔法省の作業場だ。物の配置もわかりやすく、作業台も広くて使いやすい。

 セレーナは材料を集めて、製作に取りかかった。


──音の鳴る魔道具は、この種類にしたのね。


 音の大きいものを選んだようだ。万が一誤動作してしまったときは、煩くて仕方がないだろう。

 音を止めるボタンをわかりやすくしておく必要があるかもしれない。

 とりあえず、一つ作る。

「こんな感じでどうでしょうか?」

 セレーナが魔道具を作成している間、なにもしていないでニヤニヤしていたオリバーは、難しそうな顔で魔道具を観察し始めた。

「う~ん。実際に魔石をいれて動かしてみないとわからないなぁ~。通行証もないし」

 まさか、通行証も作れなどと言うのだろうか?

「通行証は、既存のものに細工をするつもりだから用意できないし、魔石をいれて音が鳴っちゃったら煩くて仕方がないだろ。よくわからないから、これでいいよ。後二つよろしくね」

 一つ作ってコツは掴めたので、後二つ流れる様に作業をしていく。

 すべて作り終わったのは夕方、薄暗くなってきたくらいの時間だった。


──よかった。真っ暗になるまえに終わったわ。


 試運転などできてないが、通行証がないのでは仕方がない。不具合があったときには、誰かに直してもらってほしいものだと思いながらセレーナは腰を上げた。

「できましたので、これで失礼させていただきます」

 オリバーも椅子から立ち上がると、入り口に寄りかかるようにして立つ。

「いや、いや。帰るなんて言わないよね?」


──帰るに決まっているでしょ。


「僕に、お礼をさせてよ。うちに招待するから、ディナーにしよう。もちろん来るよね。君んとこの魔道具の売り上げがかかっているんだ。君のせいでたくさんの人を不幸にさせたくないだろう?」


──さっきの魔道具に対するイチャモンは、ずっと脅し文句に使う気かしら?


「お礼ということなら、お断りいたします」

 オリバーの表情が醜く歪む。

「何故だい? お礼なんだから大人しく受け取っておけばいいのに」

「うちの魔道具への嫌疑を取り下げていただけただけで、十分でございます」

 もう帰りたいのだが、オリバーが入り口を塞いでいるので近づけない。

「僕がお礼をしてあげるって言っているんだから、君は大人しく言うことを聞いていればいいんだよ」


──聞けるかぁ~!!


 叫びたいのをグッと押さえて、口を引き結ぶ。

「君は、馬車に乗せるまえに逃げそうだから、ここまで馬車を呼んだんだ。もう少しで来るはずだから、待っていてくれよ。君は、学校でも優等生だったからね。別に食べられないものなんて無いだろう?」

 確かに食べられないものはないが、優等生とは関係ないはずだ。

 エリントン魔道具店には少し迷惑をかけるかもしれないが、さすがにオリバーの家に付いていくのは嫌すぎる。身の危険を感じるのだ。


──魔道具のことは、後から考えるわ。


 あのドアから強行突破できないだろうか?


 マークとウィルに身体強化を教えているとき、セレーナも一緒に使っていた。体力や筋力がないので、全然使いこなせていなかったのだが、短い時間だったら効果を発揮できるかもしれない。身体強化をすれば、オリバーが半分塞いでいる狭い出入り口も通過できるのではないか?

 そのまま走って帰るような体力はない。先日、サンチェスト魔道具店からハワード家まで走りきれなかったのだ。途中で、何度立ち止まったことか。


──短時間の勝負ね。


 ここで身体強化をかけて入り口だけ突破して、すぐに誰かに保護してもらわなければ。

 馬車が来てしまったら、オリバーの味方が増えてしまう。


──やるなら今ね。


「今日作ったものは試運転をしておりませんので、必ず試運転をしてください。もし問題があったとしても、ここまでできていれば誰でも調節は出来るはずです」

 身体強化を始めているが、オリバーは気がつかない。

「そのときはセレーナにお願いするから大丈夫だよぉおおぉ!!」

 オリバーの話している間にセレーナは走りだしていた。

 体の中心にある筋肉と足の筋肉を重点的に強化して、体勢は低く、一気に走る抜ける。

「うわわわ~!!」

 大きな声をあげ、入り口を塞ぐように手を広げたオリバーを掠りながら、隙間に滑り込むようにジャンプする。


 ガツ! ズサ!! ザザザ~!!


 入り口の枠にぶつかり、地面に転がった。

 重力を小さくする魔法も使ったが、慣れないものはタイミングがうまくいかない。左腕を擦ってしまった。肩も打ったようで、ジンジンと痛む。

 少しでも遠くに逃げなければと立ち上がって、追いかけてくるオリバーを振り返りながら走り出すと、人にぶつかってしまった。


──まずい!!馬車が到着していたのかも!!


「セレーナ!! 大丈夫?」

 オリバーへの恐怖でパニック状態のセレーナは、誰に抱き止められているのかわからずに、ジタバタと暴れる。


──逃げなければ!!


「セレーナ!!」

 背中に回っていた腕に力が入った。

「大丈夫だよ。もう逃げなくていいんだ」

 聞こえてきた声が安心できるものだと気がついて、視線を上に向けた。

「あぁ~!! マーク様!! どうしてここに??」

「今日はセレーナが、うちに来ていないって言うじゃないか。一応エリントン家に確認に行ったんだが、エリントン家は昼前に出発したときいてね。それならば一番悪い予想から潰そうと、ここに来たところだよ」

 安心したら、足の力が抜けてしまった。ヘナヘナと地面にしゃがみこみそうになる。

「あぁあぁ、セレーナ! ちょっと失礼していいかい?」

 マークに抱き上げられた。マークの左腕の上に座っているような状態だ。マークの首に腕を回して抱きついた。

 マークの首もとに顔を埋めていたら、少しずつ落ち着いてきた。

「お、おま! お前!! 僕のセレーナに何しているんだ!!」

 大声を出して地面を踏み鳴らしているオリバーだが、今は何も怖くない。

「誰のセレーナだって? セレーナの気持ちはセレーナだけのものだ。それを大切に出来ないのなら近づくな」

「はぁ~!?? お前なんか、だたの騎士だろぉ??」

 マークは落ち着いている。

「お前もただの魔法省職員だがな」

 声は遠くから聞こえた。

「マーク。遅くなってごめんよ~。魔法省の長官を見つけたからつれてきたよ~」

 聞きなれた声としゃべり方に驚く。ウィルだ。

「説明してもらえるかな?」

 魔法省長官は、セレーナの腕の傷を見て、眉をしかめた

「私が手当てしましょう」

「あっ!! 自分で治せます」

 慌てて怪我の部分に活性化の魔法をかける。細胞が活性化され、代謝が上がり傷が治っていく。

「あの男より、よっぽど戦力になりそうなお嬢さんだな」

 その後、セレーナの話とオリバーの話を順番に聞くことになった。

 オリバーは悪びれる様子もなく、「相思相愛なのだから何が悪い?」といったらしく、魔法省長官は戸惑ったようだ。

 特に重い罪になるわけではないらしく、残りの仕上げは魔道具担当全員でやること、オリバーは必ず誰かとペアで仕事をさせることなどが言い渡された。

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