第31話 誤解と抱擁

 セレーナは軽い足取りでハワード家に向かい、魔道具製作に取り組んでいた。

 光源の魔道具が人気になってから初めての給料が入り、あまりの金額に驚愕した。手元に置いておくのが怖いくらいだったので、早速、借金を返済してきた。

 貸し主であるカルトスが、唸るほどの金額だった。光源の魔道具の人気と値段から考えれば、あり得なくもない金額らしいのだが。

 完全返済に一歩近づき、明るい気分で小さな瓶の中に繊細な魔法文字を書き込んでいく。

 ついには鼻唄まで飛び出した。

「ふんふふふ~ん、ふふ」

「セレーナさん。ご機嫌ですね」

「はい。光源の魔道具が未だに人気で、売れ続けているのがうれしいんです。そろそろ次の魔道具も考えていかないといけないとは思うんですが、忙しいのはうれしい悲鳴ですね」

「まぁ、セレーナさんは、働きすぎだと思いますけどね」

 雑談をしながらも二人とも手は動かす。

 そこへ、ギルバートが駆け込んできた。

「セレーナさん。マーク様が呼んでいます」

 いつもなら、マーク本人が呼びに来てくれるのに、ギルバートが呼びに来たことに首をかしげる。

 不思議に思いながら応接室に急いだ。

 「近くにいるので困ったら助けを求めてください」というギルバートの言葉に、さらに不安になった。

 部屋に入ると、明らかに不機嫌なマークがいる。


──何かあったのかしら?


「セレーナ、ここへ」

 マークが自分の隣に座るよう言う。

 どこに座るのが穏便に済ませられるかと考えてしまっていたので、言われるがままにマークの隣に腰かけた。

「セレーナ。少し聞きたいことがあるんだが……」

 「えぇ」と返事をして、マークが口を開くまで待つ。

「セレーナは、あの男とはどこまでいったんだい?」


──あの男?

 マークがこんなことを言うとしたら、オリバーのことかしら?


 はっきりと聞いた方がいいか、誤魔化す方がいいか一瞬考えた。長くなるだけだと思い、はっきり聞くことにした。

「あの男とは、オリバーさんでしょうか?」

 当たりだったようだ。苦しそうに眉を歪める。

「彼とは、どこまでいったんだい?」

「サンチェスト魔道具店です。マーク様も知っていらっしゃった、展示会です」

「………ん??」


──二人でデートのようなことをしたことを怒っているのだろうか?

 魔道具には引かれたが、オリバーと一緒に行きたかったわけではないと言えば許してくれるだろうか。


「えっと、その後は?」

「走ってここに戻りました」

「それ以外で、あいつに会った?」

「はい。そこの道端だったと思います」


──何を聞きたいのだろうか?


「えぇ? あいつと、二人きりで会っているのを隠しているんじゃないのかい?」


──二人きりっていうのは、デートってことかしら? 魔道具店に行ったことを特に咎められなかったってことは、それ以上の親密な関係のことを言っているのかしら?


 マークの探るような会話では、埒が明かない。

「マーク様? オリバーさんに何を言われたんですか?」

 マークは暫く、言うかどうか悩んだ末にやっとのことで口を開いた。

「二人きりの時間を過ごしたようなことを……」

「二人きりの時間と言ったのですか?」

「いや、そうは言ってない。あいつの話し方から、セレーナがあいつと一晩をともにしたと思ったんだ」


──・・・はぁ~?? あの男は、何を言ったのだ??


 腹の中に、沸々とした怒りが沸いてくるが、先にマークの誤解を解かねばならない。

「オリバーさんは、何と言ったのですか? 私に誤解を解く機会を与えていただけませんか?」

 マークは、驚いたようにセレーナを見ると、口を押さえて視線をそらし、何故か顔を赤くした。

「いや~、あの、そのだな~」

 ガシガシと頭を掻く。

 セレーナが黙ったまま待っていると、歯切れ悪く話し始めた。

「あれだよ、その、セレーナの戯れで発せられた声は甘美でいつまでも聞いていたかったとか、そのぉ~、淡い光に照らされた横顔がきれいでいつまでも独り占めしたかったとか、あとは何だったかな~。あぁ! そうだ。自分を見つめる瞳がいつもとは違って興奮したとか?」

 聞いているうちに腹の下の方が冷たくなって、表情も無くなっていくのがわかる。

「いや! セレーナ! あいつが嘘を言っているんだから、気にする必要はないんだ」

 セレーナの覚めた表情を見て焦るマークだが、セレーナの腹の虫は収まらない。

 何とか反論したくて、魔道具店に行ったときのことを思いだす。


 確か、魔道具店について最初に目に入ったのは録音の魔道具だ。起動するのが難しく、ちょこっと遊んでしまったのだ。・・・遊んだ?? ・・・その後は虫の素材の魔道具を見たのだ。点滅するものと音が鳴るもの。

 ・・・なんとなくわかってしまったわ。


「マーク様。あの方の言葉の選び方には悪意がありますが、全て嘘とは言えないのです」

 マークは驚いてセレーナを見ると、苦しそうに顔を歪めた。

「展覧会の目玉ともとれる場所に録音の魔道具がありました。使うためには魔力の扱いに技術が必要で、ついつい面白くて遊んでしまいました」

 マークは首をかしげながら、「魔道具で遊んだ?」と呟いた。

 録音の魔道具に吹き込んだのもセレーナの声だし、聞こえたのもちゃんとセレーナの声だった。

「その後は、点滅する光源の魔道具を見ました。特別な素材で作られていたので、驚いて色々な角度から眺めてしまいました」

 マークは、オリバーの悪意のある言い方にまんまと嵌まり、あらぬ心配をしたと気がついた。

「それじゃあ、見つめる瞳がいつもと違うというのは?」

 これに関しては、確信があった。

「腹が立ったので、かなり睨んでしまいました。睨まれても逆にうれしそうで不気味でしたが」

「へ? つまり、録音の魔道具で遊んで、セレーナの声が流れて、光源の魔道具を眺めて、睨み付けただけで、それを意図して言い換えたらあんな表現になってしまったと?」

「おそらく」

「はぁ~?? 全て嘘じゃないところが厄介だな」

 真っ赤な嘘であれば、話しているときに違和感を感じるときもある。見抜けることもあるだろう。

「マーク様は、どちらでオリバーさんと話したのですか?」

「ウィルと共に仕事に向かっていると、魔法省の近くで声を掛けられたのだ」

 仕事場が近いらしい。魔法省の部屋と、工房に使っている小屋の間にウィルの仕事場に通じる通路があるようだ。

 これからもこんなことがあるのかと嘆息していると、マークがオズオズと声をかける。

「また声を掛けられるかもしれないけど、セレーナに確認することにするよ」

 確認をして貰えるのはありがたいが、マークはその度に心穏やかではないだろう。

「何故、オリバーさんはマーク様にまで話しかけたのでしょうか」

 大きなため息と共に呟けば、マークはセレーナを凝視した。

「それは、セレーナが可愛いからだろ?」

「そうでしょうか? オリバーさんは、自分には出来ない仕事を私に押し付けたいだけだと思います」

「どういうことだい?」

 次の日に訪ねて来てくれたガーベラから聞いた話を、マークにする。

「今回の魔道具ができれば、もう話しかけてこないと思うんですが」

「セレーナ。ちょっと楽天的すぎないかい?」

「そうでしょうか? 魔道具についての仕事を代行させるのに、私がちょうどよかったのだと思うのですが」

 マークが少し怖い顔で、セレーナをみる。

 ムッとしたまま、ズイッとセレーナに近づいてきた。

「セレーナは可愛いんだよ」

 マークがセレーナの腰に腕を回して、自分の方に引き寄せる。

「ひゃっ!」

 そのまま肩を押しされてバランスを崩すと、柔らかいソファーに包まれた。

 マークがセレーナに覆い被さった。

「ま、マーク様!?」

 マークの指が、セレーナの顎を撫でる。

「セレーナは可愛いよ。セレーナの知識も目的の一つだとは思うけど、あいつの一番の目的は、セレーナを自分の籠の中に閉じ込めておくことだよ」

「そ、そんなわけ……」

「俺にはわかるよ。だって、俺が同じように思っているんだから。生き生きと楽しそうにしているセレーナが好きだから、俺はやらないけどね。」

 イタズラっぽく笑うマークから、目が離せない。

「あいつはやりかねないから、気を付けるんだよ」

「え、えぇ」

 マークの熱に浮かされそうになりながら返事をすると、マークは優しそうに、そして愛おしそうに笑った。

 覆い被さったマークが近づいてくると、セレーナの唇に触れた。軽く触れるだけの、優しい口づけ。

 背中に回った腕にギュッと力が入ると、マークが耳元でささやいた。

「大好きだよ」

 マークがそっと体を離したことに、セレーナは名残惜しさを感じた。

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