第30話 閑話 飲み屋にて
空には月が上り、星が輝いている。
明かりの消えた大きな店の裏で、ディエゴは空を見上げながら待っていた。
裏口が開き、上質なスーツを着た男が出てくる。爽やかな優男で、身のこなしも優雅だ。
ディエゴは、男が鍵をかけるのを待って話しかけた。
「シオンネさん、お疲れさまです」
振り返った男は、眉を潜めた。
「どんな美女がいるかと思いきや」
残念そうな顔をするが、こんな夜道で待ち伏せするような女性は好みではないくせに。
一に魔道具、二にも魔道具。女性だって魔道具好きで話が合うというのが最低限の条件だったはずだ。
「嘘ですよ。もしかしたら来るかなって、思っていましたよ」
二人は、連れ立って飲み屋に入っていった。
ガヤガヤとした店内で、家庭的な料理が評判のお店だ。値段は高め。高級店というほどではないが、庶民が毎日通えるようなお店ではない。そのため、柄の悪い客は見当たらない。二人で飲むときにはよく使うお店だ。
「今日は、うちの姫がお世話になったようで」
「あぁ、本当に有意義な時間だったよ。次に来るのが待ちきれないよ」
待ち伏せするような女性が好みではないのとは逆に、セレーナのような魔道具に詳しい女性は、シオンネの好みのど真ん中のはずだ。
「セレーナさんはうちの姫ですから、魔道具仲間以上の感情は抱かないでくださいね」
「またまた~。そんなことはわかってるよ~。君んとこの若旦那のお気に入りなんだろ? 少し前までは、若旦那に嫉妬されて大変だなんてぼやいていた人と同一人物とは思えないなぁ~」
確かに、シオンネに相談したことがある。「マークと普段から会話して自分を理解してもらうんだ。マークの話を聞きつつ、自分がどんな人物かわかっていもらえるように自分の話をするんだ」とアドバイスしてもらった。最近は、セレーナの仕事仲間として信頼してもらえている。
「それは、もういいだろ? 今日は、俺の奢りだ」
「ディエゴも偉くなったもんだね」と、からかわれた。
実際、サンチェスト魔道具店のオーナーであるシオンネと、小さな魔道具工房の一魔道具師であるディエゴでは、資産は雲泥の差だ。
「姫が逃げられるように、足止めしてくれたんだろ??」
「うちとしては、注文も入ったし、稼がせてもらったんだ。あの男には、なんの興味もないけどね」
「オリバーは、魔法省の魔道具担当なんだろ? シオンネさんが興味ないなんて珍しい」
「はぁ~??? 魔法省の魔道具担当なんてあり得ないね。あいつは魔道具のことを何にもわかっていないよ。注文の仕方もなっていないし。ただ、注文したものからすれば、魔道具担当ってもの、あながち嘘ではないのかも……」
どういうことかと思えば、不審者の侵入を防ぐ魔道具を作っているらしい。
それが本当なら、最重要極秘事項だ。それなのに注文の際に店員に話してしまっているらしい。普通であれば、音の大きさや必要な魔力量で判断して買うところを、「不審者侵入のアラームにはどれがいいですか?」といった具合に。
実際の会話はもっと回りくどくて、店員が頭を抱えていたそうだが。
しかも数が三桁だったらしく、「2~3個にして、試作品を作ってから大量注文した方がいい」と店員が慌てて止めたほどだと。
「数からすれば、魔法省って情報は間違いではないんでしょうね」
「姫は、魔法省だっているのを気にしているんです」
セレーナがオリバーの誘いに乗ったのも、魔道具担当の権力を恐れたからだ。
「うちくらい大きければ怖くもないんですがね。まだエリントン商会の魔道具店は駆け出しですから。せっかく注目が集まっているのに、言いがかりだったとしても余計な嫌疑をかけられるのは避けたいでしょうね」
「嫌疑ですか?」
「ディエゴは知りませんか? あなたが働いているときにもあったはすですよ。新しい魔道具が危険だって言いがかりをつけられるんです。ライバル魔道具店からの垂れ込みっていうのが情報元のことが多くて、すぐに疑いは晴れましたがね」
ディエゴは、裏に籠って魔道具を黙々と作っているようなタイプだったので、店内での騒ぎには無頓着だった。
サンチェスト魔道具店が大きな店で魔道具師が大量に居たためというのもあるが、そのころのディエゴが周りからの情報を拒絶していたということもあるだろう。
「まぁ、気をつけてあげるに越したことはないよ。エリントン商会の方にも話を通しておいた方がいいね。商会の方はこの国一の大きさなんだ。少し位なら、何とかしてくれるだろう」
シオンネは、優雅な仕草でグラスを傾けた。
「ところで、ディエゴ。君は送り出してよかったと思う一番の魔道具師だよ」
「やめてください。本当はサンチェスト魔道具店でお役に立てていればよかったんです」
「人には、個性があるんだよ。ディエゴはうちみたいな大きな魔道具店にいるよりも、小さな魔道具店で自由にやれた方がいいと思ったんだけどね」
「サンチェスト魔道具店でも、自由にやらせてくれたじゃないですか?」
辞めた後も飲みに誘ってくれて、話を聞いてくれた。
「それでも、周りも目もプレッシャーもあるだろ? 君はのめり込みすぎてしまうところがあるしね。人付き合いはそんなに得意ではないだろう。君んところの姫に振り舞わされているくらいが、ちょうどいいと思うよ」
シオンネは爽やかに笑うが、ディエゴは嘆息する。
しかし、今の勤め先は居心地がよかった。
「まぁ、困ったら言っておいでよ。同じ魔道具仲間としてあらぬ疑いをかける魔道具担当を放っておけないからね」
力強い味方を手に入れたようだが、絶対にもう一度セレーナを来店させることを約束させられてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます