第29話 帰宅
外を歩くときには、常にギルバートに付き添ってもらった。
しかし、毎日となると、ギルバートとの待ち合わせが上手くいかない日もあった。ギルバートを待たせてしまったり、セレーナが待っている間にナンパされてしまったり。
セレーナは、ギルバートの手を煩わせて申し訳なく思っているが、オリバーは現れていない。
ギルバートは、自分がいるから話しかけられないと主張しているが、セレーナは魔道具の作成に忙しいのだと思っている。
ガーベラの話が本当だとしたら、オリバーは、高等学院の授業を理解していなかったということだ。それなのにセレーナは、魔道具に詳しい人向けに書いた設計書を渡してしまった。
魔法省の魔道具担当が、魔道具に詳しくないとは思わないだろう。
今ごろ、理解するのにも作るのにも四苦八苦しているかもしれない。
セレーナは、最後の魔道具を取り付けて、光源の魔道具を完成させた。動作確認をしながら、エミリーに話しかける。
「これで明日のお渡し分は出来上がりました」
「セレーナさんは、マークさんに会えましたか?」
魔道具を受け取ったエミリーが、セレーナの様子を伺いながら聞いてきた。
「え? 帰ってきているのですか?」
「まだ、会っていないってことですか? 一昨日、隣町に荷物を届けに行ったものが、王都を出たところでたくさんの馬車とすれ違ったらしいんです。近衛騎士がいたらしくて、王様御一行だったと。ただ、ピリピリとした物々しい雰囲気だったそうなので、大事が起きていなければいいんですけど……。一昨日帰ってきたのなら、セレーナさんはもうマークさんに会えたかなと思ったのですが」
一昨日帰ってきているのなら、その日はすれ違いだとしても、昨日は会えたはずだ。しかし、会えてもいなければ、手紙も届いていない。
「何かあったのでしょうか?」
急に不安になった。
「う~ん。そこまでは。ガッチリ騎士に固められて移動しているし、怖い顔をしているしで、何があったか聞くことは出来なかったそうです」
わからないことが多すぎる。
「騎士団に問い合わせるわけにもいきませんし、もうしばらく待つしかないですね。早く帰って来てくれたらいいんですけど」
「そうですね」
セレーナと同じように遠い目をするエミリー。
それから毎日、帰ってきたか確認された。
セレーナは、仕事に集中していた。エミリーから聞いた話は気になったけれど、マークがもう少しで帰って来るのなら、少しくらい時間を空けたいと思ったのだ。
ギルバートの目を盗み、家に持ち帰って魔道具作成に励んだ成果もあり、少しずつ余裕が出来てきた。
「セレーナさん。マーク様がお戻りになられました」
ギルバートが呼びに来た。
ちょうど作っていた魔道具の魔法文字が乱れたが、それに構っていられない。
失敗作が他に紛れないよう気をつけて、すぐに玄関に向かった。
「マーク様!!」
「セレーナ!!」
「お帰りなさいませ。馬車が到着したと伺ったのになかなか帰っていらっしゃらないんで、心配しておりました」
「あぁ。その話はするけど、少しじっとしていてくれない?」
「何故でしょ・・っ!!」
気がついたらマークの広い胸に抱かれていた。
背中に回された腕に力が入り、つむじにはマークの頭が押し付けられている。
「セレーナ、会いたかった」
マークの甘く囁く声が、全身を駆け巡り、自然と口から出ていた。
「私も、会いたかったです」
大きな手が、頭を撫でる。リボンに触れると確かめるように触った。
「セレーナ、大好きだよ」
「私も、お慕いしております」
言ってしまった言葉は戻せない。モゾモゾ動いてマークの腕から抜け出すと、赤くなった頬を隠すように両手を当てる。
「セレーナ、どうしたんだい?」
「言うつもりはなかったんです」
マークに言われた言葉が嬉しくて、セレーナも言葉を返すのが自然な流れだっただけなのだ。もちろん本心である。
マークは愛おしそうに笑うと、
「セレーナのいれてくれたお茶が飲みたいな。着替えてくるから、先に応接室に行っておいてくれるかい?」
セレーナは弾むような足取りで、お茶の準備に向かった。
隣に座り肩を寄せ合いながら、護衛任務で起こったことを話してくれた。
賊に襲われたと聞いたときには、ゾッとして、マークの無事を確かめてしまった。
これからはウィルのサポートとして働くと言う。いざというときの護衛と、机仕事の補助らしい。
「それで、明日は特別休暇なんだ。せっかくだし、どこか出掛けないか?」
「えぇ。どこがいいかしら? マーク様が、ゆっくり出来るところにしましょう」
王宮にいる間にさっそく事務仕事を覚えさせられたようで、疲れが見え隠れしていた。気晴らしが出来る場所がいいだろう。
「明日は、エリントン家まで、迎えにいくよ。そのまま出掛けようか」
久しぶりにマークに送ってもらった。
「エミリー様、お先に失礼いたします。・・・ぃやぁ~!!」
慌てていたら、盛大に足を引っ掻けて転んだ。
「セレーナさん、慌てすぎですよ」
そう言いながらも、「マークさんを待たせていますよ」と慌てさせるのだ。
エミリーと話していたので、すでに約束の時間になってしまった。
今日はエミリーから、マークから聞いた護衛中の話をずっとせがまれた。エミリーは青くなったり、目を白黒させたり、ホッとしたり、とにかく感情が忙しそうだった。
「ほらほら、セレーナさん! 早くしないと!!」
──そんな焦らすから!! ほら! やっぱり、引っ掛かった。
「ひゃぁ~!!」
「ふふふ」
エミリーは、薄紅色の頬で柔らかく微笑んでいる。
──何故か入り口までついてきているし。機嫌が良さそうなのは何よりだけど。
「マークさん。お待たせしました。セレーナさんったら、慌てすぎて、二回も転んだんですよ」
「え? セレーナ、転んだのかい? どこか、怪我を……」
マークが、まず顔を確認して、腕を・・・・
「大丈夫です!! エミリー様!! 内緒にしてください」
「ふふふ。今度はマークさんも遊びに来てくださいね。いってらっしゃい」
勢いよく送り出されてしまった。
「もう、エミリー様ったら、今日は変に機嫌がよかったんです。元気なのはいいことですけど、からかわれるのは……」
「むぅ」っと膨れるセレーナを、ひとしきり愛おしそうに眺めた後で口を開いた。
「まぁ、いいじゃないか。セレーナは、お腹が減っていないかい?」
お洒落なカフェに連れていってくれた。
一口サイズのサンドイッチと紅茶を頼む。食後にはケーキも頼んだ。小さなサンドイッチを体格のよいマークが持っていると、さらに小さく見えて面白かった。
その後、屋台で買い物をしようと向かっていると、サンチェスト魔道具店の前を通る。
オリバーと来たときのことを思い出した。
「あそこの魔道具店は、今は展覧会をやっていて、予約が必要なんだ。今日は急だったんで、予約できなかったけど、また今度来ようか」
「はい……」
オリバーと来たことを正直にいった方がいいだろうか?
何度来ても楽しいだろうし、わざわざ言う必要はないだろうか?
せっかく楽しく出掛けているのに、水を差す必要はないのではないか……。
「セレーナ? 大丈夫? 疲れた?」
──…………。言えない……。
「大丈夫です。行きましょう」
なんとか平静を装って、マークを見上げて微笑んだ。
「セレーナ。これなんかセレーナに似合うんじゃないか?」
マークが長い指でつまみ上げているのは、小さなリングだ。
屋台で売っている安価なリングだが、小さな石が付いていた。緑っぽい石を加工して取り付けてあるだけの簡単なリングだが、落ち着いた色が素敵だった。
マークはセレーナの左手を取り、色々なサイズの指輪をはめていく。
「うん。これがサイズも色もいい」
屋台のおばさんから買うと、セレーナの指にはめた。
「ちゃんとした指輪を買うまでの、仮だけど」
照れ隠しだろうか。髪をガシガシと掻きながら、そっぽを向いた。
「ありがとうございます」
宝石ではない、色の付いたただの石。でも、その緑色を見ていると、不思議と心が落ち着いた。
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