第28話 終われる日々6

 ディエゴの持ってきてくれた水を一気に飲み干す。

 大きく息を吐き出した。疲れが重石のようにのし掛かり、立てなくなっていると、ギルバートが手を貸してくれた。

 皆には話さなければならない。

 なんとか立ち上がり、応接室まで移動すると、柔らかいソファーに身を沈める。


 セレーナが放心している間に、お茶とお茶菓子の準備が出来た。今日のお菓子はプリンだ。分量のバランスや火の入れ加減は難しいが、ケーキよりは短時間で出来るお菓子だったはずだ。急いで用意してくれたのかもしれない。

 心配していたのは、ギルバートやディエゴだけではないということだ。

「プリン美味しいですね~」

「はや!! もう食べ終わったんですか!?」

 ディエゴがギルバートの空になった容器を覗き込んだ。

「クッキーも買っておけばよかったなぁ~」

「太って、マーク様にしごかれる未来しか見えませんね~」

「ひえ~!!」

 セレーナもカップを顔に近づけ香りを吸い込む。いつも通りの紅茶の香りが鼻を抜ける。一口含んだプリンは柔らかく、舌の上で蕩けてしまった。

「美味しい」

 その呟きに、運んできただけのディエゴが「でしょ~」と胸を張る。

 いつもの様子にスーッと胸が軽くなり、少し元気が出てきた。

「ディエゴさんが準備してくれたのですか?」

「まさか! ディエゴさんはオロオロしていただけではないですか?」

「そういうギルバートさんこそ、どこにいるのかわからないのに探しに行ってくるって飛び出しそうになっていたではありませんか?」

 随分心配をかけてしまったようだ。

「二人ともすみません。実はサンチェスト魔道具店にいたのです」

 目を見開いたディエゴに「なぜ?」と詰め寄られてしまった。

「あの~、学校が同じ人で、オリバーと言う人がいるんですが、・・・」

 ここ最近の出来事を説明すると、ギルバートが顔を赤くして怒り出してしまった。

「マーク様はその男のことを知っているのですか? その男はマーク様がいないのをわかっていてセレーナさんに会いに来ているのでは??」

 ディエゴは、オリバーの名前を覚えていたらしい。

「そのオリバーって、昔、手紙を届けにきた男ですよね? 魔法省の魔道具担当ですか。普通なら、そんなに恐れる必要はないんですが、その男の考えがわからないですね」

「でも、もう、設計図も渡しましたし、私に用事はないはずです」

「セレーナさん? そのオリバーは、セレーナさんに気があるのでは?」

 ディエゴが心配そうに言う。

「あれだけバカにしているのに? いたぶる相手をに選ばれてしまっただけでは?」

 ギルバートが後頭部をガシガシとかいた。

「人の好みは様々ですからね。セレーナさんは、マーク様が帰ってくるまで一人で外出しないでくださいね。朝から私が迎えに行きますので」

「ただでさえ、魔道具の納品もお願いしてしまっているのに」

 いくらなんでも、ギルバートの負担が大きすぎる。

「同じ道のりですので大丈夫です。それに、セレーナさんには心穏やかにいてもらわないと、坊っちゃんが夢に出ますからね!!」

 マークの笑顔が頭に浮かんだ。


──うわ! 夢の中で、マーク様……


「ふふふ。マーク様が夢に出るのは、嬉しいですね」

 明らかに顔をしかめたギルバートが大袈裟に驚いた。

「それは、お嬢だけですよ。手加減無しの鍛練を繰り返す夢を見るんですから、寝ていても休んだ気がしないですって~」


──…………お嬢??


「坊っちゃんが帰ってきたら、絶対に怒りますよ。ちょっとは私を庇ってくださいよ~」

 この際、『お嬢』呼びはどうでもいいだろう。

「わかってますよ。それに、そんなことで怒るマーク様じゃないですって」

 これには、ギルバートだけではなくディエゴも顔の前で手をバタバタさせている。

「普段は冷静なマーク様も、お嬢が関わると子供かってくらい感情的になるんですから」


──ディエゴさんもお嬢……。


「そうと決まれば、今日は送っていきますよ」

 そんなに遅くないのだが、遅い時間に家を空けたくないらしい。マークもその父のダリウスも家にいないハワード家を護衛するために、泊まり込んでいる。一人になってしまっている奥さまと、食事を共にしているはずだ。食事の時間までには戻ってきたいのだろう。

 セレーナは、魔道具の材料を最低限持ち帰ることにした。

 たくさん持ち帰ろうとしたら、ギルバートさんに「明日の朝、扉を叩いて起こすなんて嫌ですよ」と言われてしまったからだ。


──ちゃんと、起きるわよ。




 次の日、ハワード家で魔道具を黙々と作っていると、ギルバートが声をかけにきた。

「セレーナさん、来客です」


──誰だろう?


「サンチェスト魔道具店のガーベラさんという方です」


──サンチェスト魔道具店? 昨日、何かあったかしら?


 応接室に向かうと、懐かしい顔があった。

「あぁ~!! セレーナ!! ここに勤めていたのね!! 急に卒業しちゃうし、家はもぬけの殻だし、もう! 本当に心配したんだから」

 ソファーから立ち上がり、近寄ってくると手を握ってブンブンと上下させた。


 彼女はガーベラ。高等学院で一緒だった子だ。ガーベラは魔道具作りが特に得意で、魔道具好きのセレーとは話があって仲良くしていた。セレーナが父の商会の倒産に気がついてからは、繰り上げで卒業したり、商会の片付けをしたりで忙しくて、話す機会が減ってしまっていたが。

「ハワード家と、エリントン家で働いているの」

「そう~、それ~!! あの光源の魔道具は、セレーナ作だって言うじゃない~!! なんてもの、作ってるのよ!!」

 ギャアギャア言われているが、悪い気にはならない。セレーナはガーベラをそっと抱き締めてソファーに座らせた。

「ガーベラこそ、すごいじゃない。サンチェスト魔道具店に勤めているの??」

「そうよ~。私には魔道具しかないんだから!! それで、昨日、セレーナ、来てくれたでしょ~。魔道具店の皆も魔道具に詳しい人が、専門的な話に付き合ってくれるって大喜びでさぁ~。それで!! 昨日一緒に来ていたのって、オリバーよね??」

 セレーナが肯定すると、ガーベラは心配そうな顔をした。

「もしかして、オリバーと付き合ってる?」

 これにはセレーナも必死で否定する。

「それならよかった~。オリバーはやめておきな。あいつ、噂があったんだよ。裏口入学だって。魔法省もコネ就職だって」

 驚くセレーナに、ガーベラは続ける。

「だから、あいつ、課題とか自分じゃ出来ないから、人にやらせてたんだよ。私も魔道具の課題のときは追いかけられて、迷惑だったんだから」

「ホント、そういうところばっかり、誰が得意か、よく見てるんだよね~」

と、ブツブツ言っている。

 それで、自分がターゲットになってしまったのかと、嘆息するセレーナだった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

読んで頂いてありがとうございますm(__)m


『セカンドライフ』コンテストが、ギリギリ過ぎて、1週間お休みします(;>_<;)

毎度すみません

すぐに戻ってきます

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