第27話 追われる日々5

 声をかけてきたのは、上質なスーツを着た男性の店員さんだった。そこには、目盛りがたくさんついた細長い魔道具があった。


──これは、何かしら?


 不思議に思い眺めていると、丁寧に使い方を教えてくれる。

 時の魔道具らしい。片側から印が動きだし、端まで着くと折り返すようだ。端からスタートして、折り返し、戻ってくるまでにちょうど一日かかるらしい。

 印が端にある時を仕事開始の時刻に合わせるとか、お昼に合わせるとか、人によって使い方は変えられるらしい。

「正確に一日を計るのは大変だったのではないですか?」

 セレーナは、自分がこの魔道具を作ることを想像していた。もし、一日をぴったり計ることが出来たとしても、ズレのないように微調整するのがどんなに大変なことか。

「一日の時間は、専門の研究者に協力していただきました。まだ、改善の余地がある魔道具だとは思いますが、面白いとは思いませんか?」

 昼の間は時を知らせる鐘が鳴るが、それ以外の細かい時刻は解らない。この魔道具なら、途中の目盛りで細かい時刻もわかる。色々な使い方が出来そうな魔道具だった。開発費がかかっているのだろう。魔力文字などの作りが簡単な割には値段はお高めだった。


──お金が貯まったら、一つあってもいいかもしれないわね。


「お店にあったらとても便利ですね。私は、携帯用もあると嬉しいです。私は集中すると時間を忘れてしまうので、音源の魔道具と連動させて決めた時刻に音で知らせてもらえたら嬉しいですね」

 食い入るように魔道具を見つめるセレーナに、男性店員は「ほぅ、ほぅ」と相づちを打つ。


──そろそろ時間が不味いかしら。


 店員さんの話し通りに時の魔道具を読むと、昼をかなり回っているようだ。自分の仕事に戻らなければ。

 まだ見ていない魔道具もあって後ろ髪を引かれる思いだが、これ以上オリバーと居たくはない。

 言われていた魔道具の設計も出来たことだし、金輪際会いたくはなかった。


「セレーナ、楽しかったかい?」

 オリバーが声をかけてきた。彼のいる右側が、ゾワゾワと粟立つ。


──魔道具店には申し訳ないけど、少し利用させてもらおうかしら。うまく行けば、魔道具店の利益にもなるはずだしね。


 セレーナはポーチから折り畳んだ紙を取り出した。

「これが頼まれていた設計図です。ここの音を出す部分だけ、どうしようかと悩んでいましたが、あそこの新素材を使えば解決すると思います、お店にお願いすれば仕入れも出来るのではないですか?」

 目の前の店員が大きく頷いた。

 オリバーが、「ふ~ん。もう出来たんだ」と受けとると、設計図をポケットに突っ込んだ。


──わかっていたことだけど、お礼も言わないければ、確認もしないのね。


「セレーナが気に入ったなら、また予約を取ってあげようか」


──嫌ね。絶対に嫌よ!!


 魔道具店にはまた来たい。それを上回るほど、オリバーと来るのが嫌だった。


──もう少し見たかったわ。本当に残念。


 まだ見ていない魔道具を名残惜しそうに見たが、あまり長くなるとオリバーが何か言ってきそうだ。

「今日はありがとうございました。でも、もう結構です。失礼します」

 「はぁ?」というオリバーの低い声を背に、足早にお店の出入り口に向かう。入り口の手前で、時の魔道具のところにいた男性店員が声をかけてきた。

「またお越しください。お勤め先を通してなら予約ができますので」

 男性店員は、胸に手をやり綺麗にお辞儀をした。


──あら?私のこと、知っているのかしら?


 不思議に思ったが、色々聞いている時間はない。

 次に来たときにでもゆっくり話したいと思いながら、セレーナは小さな声でお礼を伝える。

 後ろを振り返ると、オリバーは音源も魔道具のところにいた店員と話していた。顔がセレーナの方を向きそうになったので、慌てて店の外に出て、小走りにハワード家に向かった。




 ハワード家が見えてくると、外にギルバートが立っているのが見えた。


──よかった。


 ギルバートが気がついて、セレーナに駆け寄ってきた。

「セレーナさん。なかなか来ないので心配しました。そんなに走ってどうしたんですか?」

 息があがってうまくしゃべれないが、早く建物の中に入りたかった。

「はや、く、いきましょ」

 ギルバートを伴って門を潜ると閂を掛けた。そのあと建物に入り、内側から鍵を掛けた。

 やっとホッとして、出入り口のドアに手を付き、しゃがみこんでしまった。

「ギルバートさん。セレーナさんは来ましたか?」

 様子を見にきたディエゴが、驚いた声をあげた。

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