第26話 追われる日々4

「僕の貴重な時間を無駄にしないで欲しいな」


──勝手に待っていたのよね。


 口許が歪みそうになるのを必死でこらえた。

「君は、興味があるだろうか? いや、魔道具師を名乗っているのだから、興味がないとは言わないよね」

 魔法省に勤める魔道具担当と比べれば見劣りするかもしれないが、これでも歴とした魔道具師だ。

「近くの魔道具店で、最新魔道具の展覧会をしているんだ。魔道具師を名乗っているのだから、見に行くだろう? それとも、魔道具が作れるというのは嘘なのかな?」

 最新魔道具は気になるが、オリバーと行きたくはない。

「忙しいので」

「やっぱり、君は、魔道具なんて作れやしないんだ。嘘をつくのが上手いんだね」


──多少のことなら我慢しようと思っていたけど、ひどい言い種ね。その私に、魔道具設計をさせようとしているのは誰よ!?


 頭に血が上り、オリバーを睨み付けてしまった。

 オリバーの口角がニタ~っと上がり、セレーナを食い入るように見る。

「やっぱり君は可愛いね」

 頬に手を伸ばすので、一歩後ろに下がった。


──私、今、睨み付けたわよね!?


 なんとか表情を戻し、目線を逸らす。

 オリバーの絡み付く目線が、気持ち悪い。

「君は魔道具師だと主張するのなら、展覧会には行くよね」

 セレーナの顔を見ながらニタニタ笑うオリバーは、まだ余裕がありそうだった。


──まだ何か隠し球があるのかしら? 魔道具店に行くだけであれば、この辺で折れておいた方がいいのかもしれない。


 セレーナが頷くと、オリバーは「こっちだよ」と、歩きだした。

 腕を組みやすいように肘を曲げているが、セレーナは見えていないフリをする。

 オリバーは、歩く速度を落としセレーナに並ぶと、甘ったるい声で囁いた。

「ねぇ、セレーナ。言うことは聞いた方がいいよ。僕だって強引な手は使いたくないんだから」

 背筋が冷たくなる。

 セレーナは、さらに警戒を強めた。



 オリバーが足を止めたのは、国内有数の魔道具店の前だった。

 ガラス張りの店内は広く、キラキラしていた。


──すごい!! ここ来てみたかったのよ。


 大きな魔道具店で品揃えも良いが、高級店だったのでセレーナは気後れして近づいたことがなかった。借金返済が済み、お金を貯めたら行きたいと思う店であった。

 ガラス越しの魔道具に目を輝かせているセレーナを見てオリバーは、バカにしたように鼻を鳴らす。

 オリバーの様子など目に入っていないセレーナに対して、舌打ちをする。

 オリバーは、セレーナに何か言いかけたが、出迎えた店員に向かって笑顔を繕う。

「ご予約のお客様でしょうか?」

「あぁ、魔法省魔道具担当のオリバーだ」

 店員は恭しく頭を下げた。

「お待ちしておりました。ごゆっくりどうぞ」

 展覧会にしては客が少ないと思っていたら、予約制だったのだ。


──予約をしてくれたことに関しては、感謝しなければならないわね。


 こんな高級店、自分では予約できなかっただろうから。


 光源の魔道具などの普及率の高い魔道具は、壁側に押しやられている。今日の主役は、あくまでも最新の魔道具ということだろう。

 入り口近くに台の上には、箱形の魔道具が陳列されていた。セレーナが持つには抱えなければならない大きさだ。

 冷蔵の魔道具のように中に何かをいれるための空洞があるか、それとも相当複雑な魔力文字を書き込むための場所が必要だったか。

 セレーナはオリバーのことなど忘れて、フラフラと魔道具に近づいた。

 繊細な彫刻をされている木箱が美しい。

「録音の魔道具です。使用してみますか?」

 近くに立っていた可愛らしい雰囲気の店員が、声をかけてきた。

「ろくおん?」

「話した言葉を記憶させて、後で聞くことができます」


──そんなことが出来るのか!?


「でも、魔石を使うのでは?」

 こんな大きな魔道具を動かすには、どれ程の動力が必要なのか?

 大きな魔道具店なのだし、試すための魔石ぐらいは無料なのかもしれない。

 現にエリントン商会の光源の魔道具も展示するときに魔石を使っている。ただし、あちらは夕方だけで、日が暮れてしまえば光も抑えているので、使用する魔石は微々たるものだ。

「この魔道具は使用する人の魔力を使うので魔石は必要ありません」

 手から魔力を流し込み、声にも魔力を乗せるらしい。


──すごく難しくない!?


 魔力を手と喉に分散させる。

 店員が「おぉ~」と感嘆の声をあげた。

 魔力の流れを見ながら、手から魔力を流し魔道具を起動させる。中の魔力文字に魔力が流れて波立つように見えた。


──きれい……


 声にも魔力をのせる。

「こんにちは」

 無難な言葉になってしまったが、他に思い付かなかった。

 魔力の乗った声は、魔道具に吸い込まれていった。


──できたのかしら?


 顔を上げると、目を輝かせた店員の姿が。

「すご~い!! さすが、魔法省の役人さんですね!!」

 勘違いされてしまったようだ。

「いえ! 魔法省に勤めているのは彼なのです」

「まぁ!! 魔法省お勤めのかたは、ご友人もすごいのですね!!」

 店員の興奮よりも、セレーナは魔道具の方が気になっていた。


──聞くにはどうしたらいいのだろうか?


 魔道具を隈無く見ていると、気になる部分があった。声を登録したときにはこの部分の魔力文字は反応していなかったはず。指を伸ばすと、店員が「わかっちゃいましたか~」と楽しそうだ。軽く魔力を流すと、セレーナの声で『こんにちは』と流れた。


──すごい!! なにに役立つかしら?


 しばらく眺めていると、誰かが隣に立ったようだった。

 顔を見上げれば、オリバーだ。


──そうだったわ。彼と一緒に来たんだった……。


「やってみますか?」

 店員がオリバーにも声をかける。オリバーは説明を聞いて、「セレーナが楽しめたのなら、よかった」という。

 もう少し一人で魔道具を見たいセレーナは、オリバーからそっと離れて他の展示品に近づく。


──光っているから、光源の魔道具かしら?


 しかし、普通の光源の魔道具は、壁際に並んでいたはず。

 色は、黄色にオレンジ色、白い光も点滅しているものもある。点滅させるには複雑な魔力文字を書き込まなければならないのに、ずいぶんシンプルに見えた。


──スイッチ、触ってもいいかしら?


 ドキドキしながらスイッチに手を伸ばすと、「是非押してみてくださいね」と明るい髪の店員さんが近づいてくる。

 恐る恐るスイッチを押すと、魔力が流れ光る部分に到達すると、点滅し始める。なにも複雑な魔力文字はない。光っている部分は見たことがない素材だ。


──どうなってるの?


 上から観察し、横から覗き込み・・・


──さすがに持ち上げるのは不味いかしら?


「さすがですね。気がついちゃいました?? 録音の魔道具を一発で使いこなせるお客さんにはこの凄さがわかるんですね~」

と嬉しそうだ。

 複雑な魔力文字を用いて点滅させている、光源の魔道具は存在する。だから、魔道具の知識のない人には、新しい技術だと解らないのかもしれない。

「これは、初めて見ました。どうなっているのですか?」

 自然と疑問が口から出て、もしかして企業秘密だったのじゃと慌てる。

「あっ!!でも! 私も魔道具師なので、企業秘密ですよね」

 魔道具を目に焼き付けて帰ろうと食い入るように見る。

「あぁ!! 大丈夫ですよ~。私もお客さんと、こんな風に話せるのは嬉しいんで~!!」


──この魔道具屋さん、明るい人が多いのね。


「これは、新しく発見された素材なんてす。ハイランドホタルという虫の発光体です。最近虫も魔力を使っているものがいると解ってきました。点滅する機構はこの中にあるので、魔力を流すだけで点滅します」

 「すごいでしょ~」と嬉しそうに話す。

「もしよかったら、こっちの音源の魔道具も虫を使っているので見ていってください」

 促されるまま、魔道具に近寄りスイッチを押した。

 こちらも複雑な魔力文字などなにもなく、音がなる。虫によって音が違うのだろうか? きれいなものから、けたたましい音まで様々だ。


──この素材が使えれば、オリバーの依頼してきた魔道具もできるわね。まぁ、素材の調達は私の仕事じゃないけれど。


「これは、ウスバネスズムシを使っているんです。きれいな音ですよね~」

 すごく楽しそうに話しているが、その魔道具には黒光りした部分が見えていて、虫が苦手な人には嫌がられてしまいそうだ。


──他の職人さんが指摘してくれるわよね。


 きっと、彼女は虫が好きなのだろう。虫は苦手なセレーナも、便利な素材となるのであれば興味の方が勝ってしまい、フフフと笑ってしまった。


 他のところから、声が掛けられた。

「是非、魔道具に詳しいお客さんに見てもらいたいんですけど、これはどうですか?」




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