第25話 追われる日々3
「セレーナさん? 少し注文を取りすぎましたか? お渡しする日を遅らせてもらいましょうか?」
心配そうに顔を覗き込むエミリーに、セレーナは慌てた。
──そんなに疲れているように見えたのかしら?
慌てて、安心させるように「大丈夫ですよ」と微笑みかけた。
「気を使わせてしまい、すみません。光源の魔道具の数が多くて、疲れているわけではないのです。ちゃんと時間は作ってもらっていますし、たくさん売れてくれた方がありがたいのです」
エミリーは首をかしげたが、セレーナの借金返済はこの魔道具の売り上げにかかっているのだ。オリバーが借金肩代わりについて口にした以上、早く返してしまいたかった。
それに、疲れているのは、眠る時間が減ってしまったからだ。オリバーが持ち込んだ、不審者発見の魔道具について考えていた。
単純にすごく小さい魔法文字にするというわけにはいかないのだろう。ディエゴには、セレーナにしか出来ない芸当だと言われてしまった。すると、狭いなかに収まるシンプルな命令系統にするしかない。
さらに、どうやって不審者を判別するのだ?不審者は得体が知れないから不審者なのだ。魔道具に不審者を登録することが出来ないのだから、職員のほうを登録して、登録にない人が近づいたら警報を鳴らすようにするしかないだろう。それとも、通行証のようなものを配って、持っていなければ警報をならすか。
音を鳴らす方法も問題だ。小さな魔力で動かせるという条件があったはず。音を出す方法を考えなければならない。
いつまでに考えるのか、期限も聞いていない。思い付いたことは紙にメモしてあるが、設計が出来上がるまでは気を抜けなかった。
「私に相談してくださらない?」
エミリーは大きな商家の娘で、資金力がセレーナとは桁違いだ。セレーナが知らないことも、知っているかもしれない。
セレーナは少し考えたあと、言える範囲で話すことにした。携帯用の冷蔵魔道具のデザイン案が欲しいことをつげたあと「実は」と切り出した。
「魔道具を小さくする方法を考えているのです」
エミリーは少し考えると、心配そうな顔をした。
「魔道具は、セレーナさんの知識には叶いませんわ。商人としての観点からでしたら、珍しい材料を使うというのはいかがですか? 最近、発見された素材がいくつかあるようです。費用がかかってしまいますが、便利なものを仕入れられますよ。でも、それより、セレーナさん。その魔道具、うちで販売するものではありませんよね。その様子だと、忙しいのに無理矢理仕事を押し付けられたのですか? 誰ですか? まさか、ディエゴさんではありませんよね?」
ディエゴの名誉のために否定しておかなければならない。
「もちろん、ハワード家の関係ではありません」
眉を下げて、困ったような顔をするセレーナに、エミリーは目を光らせた。
「それでは、セレーナさんは、私とのお茶会が決定しましたね!!」
「えぇ!!」
「もう、カミラに美味しいお菓子を準備させてあるのです。中庭で人払いもさせますので、観念して話してくださいね。ディエゴさんもギルバートさんも心配していましたよ」
魔道具を届けに来たときに、話したのだろうか。準備が良すぎるではないか!?
セレーナはエミリーに腕を捕まれて連行された。
優しい日差しの中、ピンクや黄色の花が入り乱れて咲いている。エミリーの好みだろうか。
「この庭は、いつも綺麗ですね」
「えぇ、色を揃えてみたのです。携帯用冷蔵の魔道具は、花柄というのもいいかもしれませんね。単色と選べるようにして、花柄はトマスさんに頼めるのではないですか?」
テーブルに載せられていたのは、チョコレートでコーティングされたケーキ。小さな四角いものが3つ。上にベリーが乗っているものと、アーモンド、ピスタチオのものがある。
ケーキの中も少しずつ違っていて美味しかった。やはり、このケーキをもってピクニックにいけたら優雅な時間になるだろう。
「トマスさんの花柄……。それはいい案ですね」
ピクニックにいかなくても花見が出来てしまうくらい綺麗なものが出来そうだ。
「でしょ~。父なんか、トマスさんに絵を描いてもらいたくて仕方ないのよ。光源の魔道具が一段落するまでは、止めているんだけれど。もう、大変なんだから。ところで、マークさんとウィルさんは、どうしているのでしょうかね?」
エミリーが遠い目をした。
「そろそろ、国境を超える頃だと思いますが。騎士は最低限の人数しか連れていかなかったと聞いているので、少し心配しています」
特に何かあったという噂も聞こえてこなかったので、無事に隣国に入った頃だろう。
「人数が多ければ安心ということでもないでしょう。セレーナさんは、二人に魔法を教えていたのですよね。心配ないのではないでしょうか?」
エミリーは本心とは違い、強がっているように見えた。
──ここで私が不安になっていてはいけないわね。
「お二人の連携も取れていましたし、信じましょう」
フワリと優しく微笑むセレーナに、エミリーは不思議そうな顔をする。
「それでは、どうしたのですか? 私はてっきり、マークさんがいなくて寂しいのかと、私はさび……いえいえ。確かにお二人も、人恋しいにしては様子がおかしいと言っていましたし、何があったのですか?」
マークがいなくて寂しい気持ちがないとは言えないが、それよりも忙しさが勝ってしまったのだ。
皆に心配させてしまったことを申し訳なく思い、エミリーには正直に話すことにした。ただし、機密になりそうなことは話せないと断った上である。
「同じ学校に通っていたオリバーさんが訪ねてきまして、借金の肩代わりについて口にしたのです」
「あら? 借金の肩代わりなんて、うちでしましょうか?」
ビックリするくらい軽い調子で言うエミリーに、笑ってしまった。
「いえいえ、借金している先は、信頼が出来るかたです。父が働いているレストランのオーナーです。」
父とオーナーは友人ある。それに、セレーナの借金ではなく父の借金なのだ。肩代わりの話が来た時点で、セレーナに知らせてくれるはずで、セレーナや父が拒否すれば、オーナーが許可するわけがないのだ。相当なお金を積まれれば……可能性がない話ではないが、あの金持ちのオーナーの目の色を変えさせる金額とはとんでもない金額になるはずだ。
「ただ、魔道具設計も頼まれてしまいまして……」
「そんなの、やらなくてもいいのでは?」
可愛らしい顔を歪める。
「光源の魔道具を作っている魔道具師なら出来るのではと上司が言ったとかで、出来ないとなっては魔道具の売れ行きに関わると言われてしまいました。売れ行きによって、借金返済が出来るかどうかがかかっているので、売れなくなるのは困ります」
魔法省に勤めていることは伏せた。
「あまり、売れなくなるとは思わないのですが」
エミリーは、キョトンと不思議そうにする。
「言い方がひどかったので、もしかしたら、何か悪いことを考えているのではないかと」
立場を使って陥れようと思えば出来てしまう。何せ魔道具担当なのだ。危険があるかもなどと難癖をつけることも出来る。
「とりあえず、絶対にギルバートさんに相談してくださいね」
「ギルバートさんですか?」
道でオリバーに声をかけられるかもしれないのだ。一人で歩いているのは危険だと言われてしまった。
急にギルバートを呼ぶわけにはいかず、今日は一人でハワード家に向かう。エリントン家を出発して、少し歩いたところで呼び止められた。
「セレーナ、今日は遅かったんじゃないかい?」
──遅かったって、待っていたのかしら? そんな時間があれば、魔道具の設計も自分でやればいいのに……
大きなため息と共に振り返った目線の先には、ゾクッとする笑顔を浮かべたオリバーの姿があった。
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