第24話 追われる日々2

 ハワード家の工房に、駆け込むとディエゴが顔を上げて目を丸くした。冷蔵の節約魔道具を作っていたらしい。こちらの魔道具、普通のものと見た目が同じなのに魔石が節約できるので、二台目の魔道具としてや、維持費が高くて今まで手が出せなかった人達にも人気なのだ。

「こんにちは。思ったより時間がかかりましたね」

 エリントン家で時間がかかったわけではないのだ。オリバーが原因なのだが、彼は魔法省と言っていたし機密事項かもしれない。巻き込みたくなくて、曖昧な返事にとどめる。

 ディエゴは作っていた冷蔵の魔道具を横に避けると、瓶がたくさん入っている箱を抱えて持ってきた。

 それをセレーナの前に置くと、自分も近くに座る。布を持ってくると瓶を磨き始めた。キュッキュと綺麗になるまで磨いていく。

「ありがとうございます」

「とんでもない量の注文が入っているのでしょう。友人から噂話を聞きましたよ。お金持ちがいくつ持っているかを競っているそうですね」

 それは初耳だ。ディエゴは元々大きな魔道具工房に勤めていた。そのころの友人から聞いた話らしい。

 セレーナは驚いていた。

 工房のほうでは、魔道具の魔法文字と同じものをどれだけ小さいところに書き込めるかという挑戦が流行っているらしい。

「それでは、すぐに真似されてしまいますね。今のうちにたくさん売ってしまいましょう」

「他の工房から発売されるのを心配しているのかい?ははは。これがどれだけ難しいことかと実感しているところなんじゃないかな」

 セレーナは納得できていない様子で頷いた。



 ディエゴが磨いてくれた瓶の中に、魔法文字を書き込んでいく。細かい作業をしていると、ふと頭をよぎる。


──余計な仕事が増えちゃったわね。

 

 途端に手元が狂い、綺麗に書けていた魔力文字が、ぐちゃぐちゃに絡まる。

「あぁぁ~」

 あと少しで出来上がりだった魔道具が、初めからやり直しになり、情けない声が出る。

「珍しいですね。お茶をいれてきますよ」

 ディエゴが、工房から出ていった。


──ダメダメ。ちゃんと集中しないと。


 もう一度、初めからやり直す。


 淡く光る魔力文字が次々に書き込まれていく。


──ベルのサイズって、小さすぎない?? 狭いところに、どれだけ詰め込むつもりよ。それに小さい魔道具をバカにしすぎ。腹が立って仕方がなかったわ。


「あぁぁぁ~」

 魔法文字が絡まってしまった。綺麗に作れる気がしない。

「お茶を飲んで、リラックスしましょう。今日はギルバートさんも一緒です。奥さまはお誘いしましたが、お昼を食べたばかりですので、お庭で休んでいるそうです」

 ギルバートが、ガサガサと紙袋を揺らしながらやってきた。

「そこで買ったクッキーだがな、セレーナさんのお口に合いますかね?」

 大きな茶色い紙袋を、ドカッと机に置いた。

「わぁ~。たくさん!!」

「体を動かしていると、腹ばっかり減っていけない」

 ギルバートは、豪快に笑った。

「たくさん食べられるようになって、何よりです。健康な証拠なのですから」

 呪いに侵されていたギルバートは、もうすっかり元気だ。

「でも、マーク様がいない間に太ったらと思うと、気が気じゃないですよ」

 ギルバートがおどけたように言うと、ディエゴがからかう。

「そりゃ~、しごかれるな」

「ひえぇぇ~、俺、もう、若くないんっすよ」

「では、そのクッキーは、私が」

 堂々と袋に手を伸ばすディエゴ。ギルバートが、袋を届かないところに移動させる。

「ディエゴさんも若くないんですから、食べすぎるとお腹が出ますよ」

「私は座り仕事なので、多少は大丈夫なのですよ」

 たわいもない会話にセレーナのイライラは収まっていく。お腹が出すぎると健康に悪いのだけれど、せっかく穏やかな気持ちになれたのだ。わざわざ指摘するなど無粋であろう。

「ディエゴさんは、お腹に十分な蓄えがあるではないですか。セレーナさんが最初ですよ」

 そういいながら、袋の口を向けてきた。皿など持ってきていないのだから、袋の口に手を突っ込んで取り出すしかない。

 セレーナはそっと手をいれ、一枚選び取った。少し不格好な大きなクッキーだ。

 甘い香りが鼻腔をくすぐる。「いただきます」と小さく呟き口に含むと、素朴で優しい甘味が口に広がった。

「懐かしい味。家庭的なクッキーね」

「セレーナさんであれば、作れてしまいそうですね」

 ディエゴが頬張りながらモゴモゴと話す。

「私、知識だけはあるのですが、作った経験がないので……。お菓子作りは難しいそうなのです」

「何を言っているんですかディエゴさん。セレーナさんは知識だけで十分ですよ。ハワード家の若奥様になられるお方なのですから」

 セレーナの顔が赤く染まる。

「でも、まだ、決まっているわけでは……」

 仲良くしているとは思う。でも、婚約しているわけではないのだから。

「何をおっしゃるのです。坊っちゃんに相当からかわれていましたよね~」

 見られていたのか!?

 えっ!!と、いうことは……

「ギルバートさん!! 助けてくれてもいいじゃありませんか!!」

 ギルバートが、ブンブンと手を振って爽やかに笑う。

「いやいや、坊っちゃんの恋路を邪魔できるわけがないでしょ~」

 セレーナは、頬を膨らませる。

「私、心配だから魔法を覚えて欲しかったです。全然講義が進みませんでした……」

 ギルバートは優しげに微笑んだ。安心させるように「大丈夫ですよ」と言う。

「坊っちゃんは、恵まれた体躯に、研鑽をつんだ剣技。魔力量も申し分ない。確かに魔法の使い方がうまければ言うことはないのでしょうが、十分にお強いですよ」

 確かに身体強化に関しては、恐ろしく筋がよかった。魔力の動きに見入ってしまうほどに。


──マーク様のお顔を一目でいいから見たくなってしまったわ


「そのマーク様からの言いつけで、出来上がった魔道具は私が運びますので、あの箱に入れておいてくださいね」

「へ? 私が持ち帰った方が早いのでは?」

 帰りに持ち帰り、朝、エリントン家に持参するつもりだった。

 ギルバートは、小さな子供に言い聞かすように優しい眼差しで告げる。

「ダメですよ。相当高価な魔道具なのですよね。セレーナさんの身に何かあったら、私が坊っちゃんに叱られてしまいます。それが例え、怪我をしなかったとしてもですよ。坊っちゃんの言いつけですので、守ってくださいね」

 マークの言いつけと言われれば、セレーナは文句を言えるわけなかった。少しブスッとした声で、「わかりました」と答えた。



 その後、携帯用の冷蔵魔道具のデザインについてディエゴと確認した。

 マークのことを考えたからだろうか。オリバーへのイライラが半分ほど減っていて、失敗することなく最低限の魔道具を作り終えた。

 ハワード家から出ると、オリバーに声をかけられた場所が目に入る。暗くなっていて昼とは印象が違うのだが、思いだすには十分だった。仕方なく魔道具について考えながら家路についた。

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