第23話 追われる日々
マークが護衛の仕事に向かったというのに、寂しさを感じることが出来ないほどセレーナは忙しくしていた。
光源の魔道具の売れ行きは順調。トマスの加工速度も上がった。その分、用意しなければならない魔道具が増えたのだ。
最近はエミリーも金属加工を覚え、大まかな形を作る手伝いを始めた。
彼女は、狂ったように金属加工に取り組んでいる。
トマスが職人としての立場を心配するほどには。
もちろん最終的に形を決めているのはトマスで、大樹のデザインは彼がいないと作れないので、立場を心配する必要などないのだが。
エリントン家で保健師としての仕事を終え、魔道具の注文数を聞きハワード家に向かう。
今日やらねばならないことを考え、最短で出来る手順を考える。
町の喧騒など耳に入らないにほど、考えに没頭していた。
「セレーナ、久しぶりだね」
──あれと、あれをやって、暗くなるまでに終わるかしら?その後に、……いや、冷蔵の魔道具について先に話し合わないとディエゴが帰れなくなってしまうわね。
「セレーナ! セレーナ!?」
肩を優しく叩かれた。
「あっ! あら? オリバーさん」
「久しぶりだね。呼んでも気がつかないなんて、どうしたんだい?」
気がつくとハワード家が見える位置まで歩いてきていた。
「あっ、いえ。少し考え事をしていて」
オリバーを連れて、ハワード家に入るわけにはいかないので、道の右端に避けて立ち止まる。
「そんなに没頭するなんて、一体、何を考えていたんだい?」
「えっと、ちょっと……新しい、魔道具についてですわ」
本当は効率よく進める手順を考えていたのだが、彼に正直に話したいとは思わなかった。
「ふ~ん。魔道具かい? 僕も魔道具作りを頼まれていて、君の知恵を借りることが出来たらありがたいんだけどね」
たしか、オリバーは魔法省に勤めていて、魔道具の担当だったはずだ。
「魔道具作成ですか? 魔法省であれば、精鋭の職員が揃っているのではないですか?」
セレーナが首をかしげると、肩にかかった髪がサラサラと落ちる。
オリバーの目線が纏わりつき、居心地が悪い。
「なるべく少ない魔力で起動できる小さな魔道具という注文なんだ。魔法省の職員って、僕もそうだけど、魔力が多い人が多いだろ~。少ない魔力でなんて今まで考えたこともないから、難しくてね。それに小さな魔道具のどこがいいんだい? ガッツリと重厚な魔道具がいいに決まっているのに」
日々、小さな魔道具に向き合っているセレーナは、顔の筋肉の変なところに力が入りそうになった。意識して真面目な顔を作る。
──これは、私が聞かないといけないことかしら?
「そこで、セレーナ、君に頼みたいんだ。君は魔力を節約する論文を書いていたよね。節約なんて必要ないと思っていたけれど、役に立つもんだねぇ~」
こんな場所で声を荒げる訳にはいかない。腹に力をいれて、冷静を装う。
「セレーナには、不審者が入室すると警報をならす魔道具を作ってほしいんだ」
我慢しきれず、つい口を開いてしまった。
「作ってほしい……?」
「あぁ~、いや、作ってほしいって言うのは語弊があるね。警報がなるシステムの設計をお願いしたいんだ。最後の仕上げは自分でやるよ」
ほとんどセレーナに設計させておいて、形だけつくって自分の物と主張するつもりか……。
「いや、私、忙しいので」
「いや、いや。なんの仕事をしていたっけ? そんなに忙しいわけがないだろぉ? こっちは魔法省の通常の業務があるんだ。セレーナなら出来るさ」
──いや、出来るかどうかではないのだ。なぜオリバーの仕事までしなければならないのか……
「これから、ランチに行こうか。もちろん奢るよ。そこで説明してもいいかい?」
「急いでおりますので」
頭を下げて、その場を立ち去ろうとする。
「おぉ! さすがの天才は違うね~。詳細な依頼も聞かずに、魔道具の設計が出来るなんて」
──なぜそうなるのだ……私は断りたいのだ
「私、自分の仕事で手一杯ですので、オリバーさんの依頼はお受けできません」
「ほぅ。そんなに忙しいのかい?」
セレーナの右手を取って手の甲を撫でる。ゾワゾワ~と虫が這うようで、慌てて手を引いたら強く握られてしまった。
「どうせ、たいした給料ももらっていないのだろう。こんな仕事やめて、僕の助手をしたらいいよ。給料も十分に出すし、可愛がってあげるよ」
背筋が冷たくなった。オリバーが右手を軽く引くので、危うく一歩近づき、彼の胸に飛び込むところだった。
「この仕事が好きでやっておりますので」
オリバーがゆっくりと口角を上げ、嫌らしい笑みを作る。
じっとりとセレーナの顔を見た後で、口を開く。
「好きな仕事をしていて、いいのかい? 確か君の家には大きな借金があったよね。もし助手になってくれれば、僕が肩代わりをしてあげるよ」
なぜ借金のことを知っているのか?急に会いに来たのは、セレーナの弱みが見つかったからだろうか?
万が一借金を肩代わされてしまえば、セレーナの生活は彼に左右されてしまう。この嫌らしい笑顔を浮かべる彼が、セレーナを自由にしておくとは思えなかった。
──絶対に自分の力で返済しなければ!!
それにしても、この自信。オリバーの家は裕福な家なのだろうか?いくら高給取りといえ、働き始めたばかりのオリバーが借金の肩代わりを出来るとは思わなかった。
セレーナは顎を上げ、まっすぐにオリバーを見て、ハッキリと言いきる。
「借金は自分で返せます。見通しも立っておりますので、オリバーさんに助けてもらう必要はございません。そちらの魔道具の方は、オリバーさんのお仕事ですよね? やらなくて評価が下がるのはオリバーさんなのではないでしょうか?」
オリバーは意外そうに目を細めたあと、セレーナに近づき髪に手を伸ばしたので、セレーナは後ずさる。
「強がるとことも、可愛いねぇ~。魔法省の上司にね、エリントン家の光源の魔道具を、とても誉めている人がいてね。あれを作った人に相談してくればいいと言われたんだ。僕としては、エリントン家の魔道具師に相談しても出来なかったと報告するつもりだからね。エリントン家とハワード家って有名な家だったんだね。そんなお家の旦那様の顔に泥を塗ってしまうね」
セレーナは奥歯を強く噛み締めて、出かかった文句を喉の奥に押し込める。
怒りで思考が停止しそうになるのを、気力で働かせる。
ハワード家にはそう影響はないはず。主には武で生計を立てている家だ。マークに至っては、オリバーの相談に乗った方が怒るかもしれない。
問題はエリントン家のほうだ。光源の魔道具は高額で、政府中枢の役人や大きな商人などが客層である。魔法省は政府中枢であり、そこで悪い噂が立つのは避けた方がいいのではないだろうか。
セレーナにとっても光源の魔道具の売り上げは大切だ。それで借金返済をしようと思っているのだから。
セレーナは、ため息に聞こえないようにゆっくりと息を吐き出す。
「具体的にはどれくらいの大きさにしなければならないのでしょうか?」
オリバーは、大きく口角を上げニタァと笑った。
背筋がゾクゾクする。
──その笑顔……やめて欲しいわ。
「大きさはベルくらい。壁につけられるといいんだけど。間違えて反応して警報がなっても、止められるようにして欲しいんだよね。いつまでも煩いのは勘弁だよ」
「わかりました。仕組みのアイディアが出来ましたらお手紙でお知らせしますね。魔法省の魔道具担当宛で届きますよね」
「いや、複雑だろうから聞きに来るよ。君にも会いたいしね」
──勘弁して欲しいわ。
「お互い忙しい身ですから、手紙のやり取りにいたしましょう。それでは失礼いたします」
セレーナは綺麗に頭を下げ、ハワード家に小走りで向かった。
その後ろ姿をいつまでもオリバーが眺めていた。
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