第19話 騎士としての仕事
騎士の詰め所に向かっている。そこに集合したら、王宮に移動して王や外交官と合流し、隣国へ出発する。
今朝、セレーナから期待していた言葉を掛けてもらえた。「無事をお祈りしております」と上目使いで言われたのだ。今、思い出しても、にやけてしまう。
身体の調子もすこぶる良い。ここ数日は、仕事終わりに身体強化について教えてもらった。魔力が温存できるようになり、スピードと威力が増した。
残念だったのが、その内の幾日かはウィル様がいたことだ。
セレーナがウィル様を誘った理由は、もちろん理解している。俺とウィル様での連携を確認したかったのだろう。確かに共闘したことなどなく、良い練習になったのだが、セレーナと二人きりの時間が減ってしまった。
少し触れ合おうとするだけで慌てるセレーナが、純粋すぎて可愛くて、何度もからかってしまった。
最後には顔を真っ赤にしたまま、拗ねたような顔をするのだ。あまりやりすぎると講義が進まないと怒りそうだったので、絶妙なところでやめておかねばならない。その加減は完璧だったと思っているのだが。
いや、一度だけ失敗したな。
お腹の辺りをポカポカ叩いて、拗ねてしまった。
しばらくプイっと視線を合わせてくれないものだから、耳元で「ごめんね」と言ってみたら、「ひゃぁ~」っと変な声を出して、飛び上がっていた。その後、「マーク様の意地悪!!」と怒られてしまったのだが、怒っている姿が可愛らしくてなんにも怖くないのだ。セレーナは面白がられていることに気がついたらしく、不本意そうに講義を進めていた。
可愛いんだけど、さすがにやりすぎたよね。
光源の魔道具の売れ行きからして、近々、借金は返済できるだろう。この仕事から帰ったら、セレーナに婚約を申し込もうと思っている。婚約者となれば、もう少し触れ合っても大丈夫だろうか?新婚生活に向けて必要なものを二人で見に行ってもいいかもしれない。
「なにニヤニヤしてるんだよ!」
急にウィルが肩を組んできた。ウィルも小さくはないのだが、マークが長身のために少し不格好になってしまっている。
「あっ、おはようございます。ウィルさ・・・」
「うわ! お前!? 普通にしろ!」
マークがモゴモゴ言っていると、ウィルが肩を組んだまま人気の少ない方へ引っ張っていく。
「俺の出自は誰も知らないんだ。『様』なんてつけるなよ! それに、仲がいいって思わせておいた方が色々動きやすいだろ? 仲違いはいつでもできるんだからな」
「た、確かに……」
煮えきらない態度のマークに、じゃれるように拳を突き出す。軽く腹を殴られた。
「お前が頼りなんだ。しっかりしてくれよ」
マークは自分の頬を、両手でパチンと叩いた。
「もちろん」
顔を上げたときには自信に満ちて、堂々と胸を張っていた。
「それでないとね」
ウィルは、マークの横腹をつつく。「やめろ!」とマークが、逃げるウィルに覆い被さるようにする。
「ははは。あっ、呼んでる! 行くぞ!」
「お前がやり始めたんだろ~!」
「わかったから~」とマークの背中を押しながら、潤んでしまいそうになる目元を見られないように隠していた。
王子だと知られてから、近い距離でじゃれあうことも名前で呼び捨てしてもらえることもなくなってしまっていた。『お前』と呼ばれることに喜びを噛み締める。
王宮に着くと、配置が伝えられた。王や外交官は馬車での旅である。
人が乗る馬車が2台。荷物の馬車が3台の大所帯である。
王の乗る馬車の近くには近衛騎士が配置され、マークやウィルなどの他の騎士は荷物の馬車の周りを担当する。
仲の良さそうなのが伝わったのか、二人でしんがりを勤めることになったのだが、途中で近衛騎士団長のラエフがやってきて配置換えを宣言した。
ウィルだけ呼ばれたのだが、呼ばれた途端に不安そうにマークを見るのを確認し、マークまで来いと言われてしまった。
──なんだ? こいつ? 甘すぎないか? それともなにか裏があるのか?
新しい配置は、王が乗っている馬車のすぐ後ろ。つまり、近衛騎士団の後ろだ。
──いや、居づらいんだが。一番後ろなら雑談していてもバレなかったのに……。
ウィルは一人だけ配置換えにならなかったことに安心したのか、意気揚々と馬を走らせている。
ウィルが上機嫌だから、気にしないことにした。
それにしても進まない。今日はどこまで行く予定なのか?まさか行き当たりばったりで行けるところまで行って、夜営するなんてことはないだろうに。
この先にある泊まれそうな町までは、まだかかるはず。
馬車を止めて休憩している場合ではないのだが。
王は馬車から降りて木陰で休んでいる。その近くは近衛騎士で守られている。ラエフが王の近くでなにか話しているようだが、王は目を細めて穏やかな顔をしている。
騎士達も順番に休憩をとっていて、マークとウィルは並んで木陰に座っていた。
ウィルが、耳元に顔を寄せて話しかけてきた。
「あれが自分の父親なんて信じられないよね」
「会ったことはあるんだろ?」
内緒話のため自然と小さな声で近づいて話す。
「小さい頃だよ。改革後は一度も会ってないね。俺のことなんてわからないんじゃないかな?」
ウィルは王と同じ綺麗な金髪をしているが、王族以外に金髪が生まれないというわけではない。髪の色だけで、自分の息子だと断定することはできないだろう。小さい頃の面影がどれだけ残っているかだが、さすがにそれはマークでは判断できなかった。
ラエフから、次の休憩はだいぶ先だと言われ出発した。
その言葉通り、休憩を挟まずに町まで着いたが、その間ずっとラルフが王の馬車のとなりを走り、中と会話しているようであった。
宿に着くと、ラエフがマークのところにやってきた。
「君は確か、ハワード家の……」
「はい、ハワード家当主のマークと申します。父、ダリウスがいつもお世話になっております」
ダリウスは近衛騎士として復帰していた。今は男児が生まれたばかりの皇太子に付き添っている。剣の腕が確かで子育ての経験がある。そういった理由で皇太子にダリウス、王の方にマークという分担になったのだと思っている。いや、マークは、王の護衛というより、ウィルのお付きなのかもしれないが。
「随分、同僚の騎士と仲が良いようだが」
「ウィルのことでしょうか? 普段から良く組ませてもらっているんで、相棒だと思っております」
「ほう。相棒ね」
含みのある言い方に、マークは警戒した。
「最後まで宜しく頼むよ」
そういって立ち去るラエフの後ろ姿を、見ていた。
他にも何人か、「あのハワード家の!?」と話しかけられた。こちらは他意は無さそうだったので、普通に仲を深めた。
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