第18話 好きになってはいけない人
朝、セレーナが部屋まで来てくれた。いつも通り体調を聞き取って、肌にいいというお茶をくれる。セレーナはこのお茶に並々ならぬこだわりがあるようで、エミリーの感想を聞きブレンドを変えてくれていた。お陰で美味しくいただいて、肌も綺麗になった気がする。セレーナに言わせれば、続けることが重要だから、美味しく飽きないことが一番らしい。
エミリーは、一人になると考え事に耽った。最近、なにかと家に来る金髪の王子の顔が、頭から離れない。
王子だと聞いたときには何かの間違いかと思ったのだが……、実際にウィルは4番目の王子らしい。
彼は正体が知られた後も、疑いたくなるほど気さくで偉ぶることがない。
今のまま騎士として働き続けることが希望だと言う。そう語っているときには信じるに値すると思わせる真剣さがある。
ただ、本当だろうか。
下級貴族であっても、貴族の身分がなくなったことで贅沢な暮らしができなくなり、不満に思っているらしい。王族の身分がなくなったのだ。しかも万が一のときには、王位継承権が回ってくると言う責任だけ残った状態だ。不満があっても何もおかしくない。
──彼が本当に今のままを望むのであれば、手を貸すことに
それも、友人としてである。もし恋愛関係になろうものなら、マグダレーナの思う壺だ。彼の母が、ウィルの婚約者候補に自分を選んだ理由は容易に想像できた。
貴族社会を取り戻したいマグダレーナとしては、元貴族で家柄のいい令嬢を探したのだろう。
エリントン家は、元々国一番の穀倉地帯を領地にもつ伯爵家だ。改革の後、家を維持できなくなってしまった貴族が多いなか、成功を納めた家の一つでもある。
派閥としては、どちらかといえば市民派といったところか。ウィルの婚約者として取り込めば、貴族派が盛り返すとでも思ったのかもしれない。
──彼自身は、いい人なんだけれど。
最近は申し訳なさそうに体を縮めているところをよく見る。
──その様子が大型犬みたいなのよね。口が裂けても言えないけど。
金色の毛並みをした大型犬を想像して、「ふふふ」と笑っていると、ノックが聞こえカミラからウィルが来ていることを伝えられた。
心臓が、トクンと音を立てる。
──あまりのタイミングのよさに、ドキリとしてしまったじゃない。
店の控え室に着くと、やはり、大型犬のように小さくなっているウィルがいた。セレーナがウィルと話し始めたので聞き耳を立てていると、何故かウィルに魔法理論を教えようとしている。彼はあまりに突然のことに、話し方が気軽な感じになってしまっていた。
──これが彼の素なのかもしれないわね。少し意地悪をしたくなってしまったわ。
しばらくセレーナとウィルの会話を聞いていると、「無事に帰ってきていただきたい」と聞こえてきた。
──どういうことかしら?
セレーナに聞くと、外交の護衛に選ばれたと。
町中の巡回やほとんど家からでない自分の護衛であれば、危険はない。王子だから危険のない任務についているのだと思っていたのだけれど。情勢が安定しているとはいえ、国外ではなにが起こるかわからないじゃない。
──なぜそんな任務にウィル様が……?
エミリーの心のなかに何ともいえない不安がジワジワと広がっていく。
彼に何かあったとしたら……。
もちろん無事に帰ってきて欲しい。余計なトラブルに巻き込まれてしまうのも心配だった。
──こういうときは、言葉に出した方がいいのよね。
父が買い付けに行くときにも伝える言葉。ウィルであれば、女性から心配されるなんて日常茶飯事で、特に深い意味に捉えることはないだろう。
いざ言葉に出そうと思うと、ドキドキしてなかなか口に出せない。両手を握りしめて、意を決して口を開いた。
「絶対に無事に戻ってきてくださいね」
みるみる内に耳まで赤くなって視線を逸らしたウィルに、自分の方がドキリとさせられる。
──何故、そんな反応をするのよ。勘違いさせたかった訳じゃないのよ。
「戦争に行くわけではないんだから」
──それでも、心配なことに変わりはないのよ。
セレーナの講義を真剣に聞き始めたウィルの横顔を盗み見る。整った顔立ちは、見惚れてしまうくらい綺麗で、心地よい声に聞き惚れてしまう。たまに難しい顔をしながらも、小さく頷く真剣な表情に、ドキリとさせられた。
──見目麗しいだけでなく、彼はいい人なのだ。素敵な人だけれど、住む世界の違う人……。
注文客が入ってきたので接客に向かうと、ウィルもついてきた。やっと仕事ができると言わんばかりの張り切りようだった。
客は顔見知りの大旦那で、色々試して光源の魔道具を注文してくれた。
待ち時間が長くなってしまうことを伝えると、「それほど人気の商品を手に入れられるなんて嬉しいね」と嬉しそうにしている。
大旦那が帰り際、なにを勘違いしたのか、ウィルを示して「彼は家業を習っているのかね?」と聞く。
家業とは、どういう意味だろうか?新しい従業員だとしたら「仕事を習っている」と言うはずだ。
「いえ。そういうわけでは……」
首をかしげながら答えると、大旦那は嬉しそうに目を細めた。
「ははは。エミリー嬢に、お似合いだね。結婚式は呼んでくれよ」
このとき婚約者だと勘違いしたのだと気がついた。ウィルの着ているものは上等で、一見して従業員には見えない。エミリーとも釣り合っている。それなら、婚約者と思うのが自然なのかもしれないが……。
「大旦那様! 誤解です!」
「はははは。誤魔化さなくてもいいよ。内緒にしておくからね。じゃあ、商品の方宜しく」
大旦那の帰っていく背中に向かってなんとか否定しようと思ったが、言葉が出てこない。
ウィルが「すみません」って謝るものだから、「大丈夫よ」とは言ったものの、変な空気になってしまった。
──あぁ~もう! 変に意識しちゃうじゃないのよ!
彼は王子なのよ。立場が微妙すぎる。気軽に恋なんてしてはいけないのよ……。
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