第17話 再びの護衛
セレーナが魔道具を取り付ける作業に入ろうとしていると、カミラがウィルを伴ってやってきた。
ウィルを残してカミラが出ていく。残されたウィルは、目線を下げ体を小さくして隅に座った。騎士の制服ではないけれど、おそらく……。
「あの? 今日もお仕事でしょうか?」
セレーナが問うと、ウィルが申し訳なさそうな顔をする。
「本当に、誰がこんな依頼を出しているんだろうね? 僕への嫌がらせじゃなくて、エミリー様への嫌がらせなんじゃないかと思い始めたよ。護衛の依頼だって安くないのに」
騎士の給料はよい。その騎士に一日護衛を頼むのだ。安くはないだろう。
ウィルは仕事にたいして真面目だ。護衛対象のエミリーのことは『様』付けで呼ぶ。エミリーも王子であるウィルのことを『様』付けにしているので、お互いに『様』呼びだ。
カミラがエミリーを呼んできた。
「ウィル様。本日はよろしくお願い致します」
爽やかなフレッシュグリーンのワンピースを着たエミリーが、可愛らしくお辞儀をした。緩くウェーブのかかった茶色い髪がふわりと揺れる。
「何度も申し訳ありません。家の中で護衛は必要ないと思うのですが」
エミリーは少しも気にしていない様子で、ゆったりと椅子に腰かけた。
「ウィル様は、言われた通りにしているだけですよね。今日は出掛ける予定がないので、ゆっくりしていてくださいね」
好きにしていていいと伝えると、エミリーは本を開いた。
セレーナは、エミリーの許しを得てウィルに話しかける。
「皇太子様にお世継ぎがお生まれになったと伺いましたが、ウィル様のお立場に変化はございますか?」
「あぁ~、兄さんの子だね。まだ会えてはいないけど男の子らしいじゃないか。すくすくと育ってくれればと思っているよ。僕としては、少し肩の荷が下りたかな。このまま平穏に市民として過ごせることが僕の希望だね」
伏し目がちではあるものの、穏やかな声と表情だった。
ウィルの気持ちが変わらないのであれば、セレーナはできることをしようと心を決めた。
「それでは、ウィル様には魔法理論を学んでいただきたく思います!」
「へぇっ??? き、急~!! セレーナちゃん! どうして、そうなるの!?」
俯いていたウィルは、話題の急展開に顔を上げ目を見開いて大きな声を出す。セレーナの呼び方も、昔呼んでいた『ちゃん』呼びに戻ってしまった。
「ふふふ。ウィル様ったら、それくらい元気な方が素敵ですよ。ふふっ。セレーナさんに狙われたのであれば、観念しないとですね」
エミリーは可愛らしく笑う。垂れぎみの瞳が細められて、部屋の中まで柔らかい雰囲気に満たされた。
「いや、あの! 魔法理論って! 残念ながら、頭を使うより体を動かす方が得意でして……」
ウィルがブツブツ言っているが、セレーナは、背筋を伸ばして笑顔で話し始めた。
「さっそく始めましょう。魔法は、イメージで使えます。ただ、漠然としたイメージでは必要のないことにまで魔力を使ってしまいます。必要なところに必要な分の魔力を使えば効果は絶大です。例えばウィル様が以前使われた火球の魔法ですが・・・」
流れるように話す声は、弾んでいて楽しそうだ。
「ちょぉ!! ちょっと待って! 何で魔法理論なんだぁ?」
セレーナは穏やかに微笑んだ。
「私、お二人には無事に帰ってきていただきたいと思っております。そのためには少しでも腕を上げていただこうかと」
意味深なセレーナの言葉に、エミリーが本から目線を上げた。
「どういうことかしら?」
外交の護衛のメンバーに選ばれていることを伝えると、エミリーは表情を曇らせた。
「危険なのかしら?」
問いかけられたウィルは、情勢が安定しているから大丈夫だと思うと伝える。それに対してセレーナが、護衛のメンバーにウィルが選ばれたことに裏を感じると指摘した。
エミリーは胸の前で両手を組み、ウィルを見上げ、「絶対に無事に戻ってきてくださいね」と鈴のなるような声でお願いした。
「戦争に行くわけではないんだから」と言いながら視線を外したウィルは、耳まで赤かった。
──私、マーク様にこの反応を返すべきだったのかしら?
今頃そう思っても、すでに手遅れである。
──ちょっと待って!!! お二人ってそういうご関係なのかしら?
前回、護衛にきたとき、私がいない間に何かあったのかしら?
お二人とも、優しい雰囲気の美男美女で、素敵よね。お二人には障害も多いけれど……、私は応援します! まずはエミリー様をもっと内側から輝かせないとならないわ!
いや、いや、いや、今はそれどころではないんだったわ。
その後、ウィルは真面目に魔法理論の解説を聞いてくれたので、なるべく効果のありそうなものから順に説明していった。勉強は苦手と言いながら、しっかり学校にも通っているので基礎は理解していた。飲み込みもいいので苦労することなく最低限は伝えられた。
途中で魔道具の注文があり、エミリーが接客にでた。護衛として来ているウィルも共に店頭に向かった。
戻ってくると、なぜか二人とも余所余所しい。セレーナは気になったものの、時間がないので説明を続けた。
ハワード家への移動がいつもより遅くなってしまった。
魔道具製作が進んでいない。
ウィルへの魔法理論の説明は、必須だったのだから仕方がないのだけれど。
ウィルの身に何かあるのも困るが、それでマークが責任を取らされてしまうのも困る。なにが起こるかわからない状況では、ウィルが自分で身を守ることができるかどうかは、大きな違いだ。できれば二人の連携が取れるといいのだが……。今日から仕事終わりに魔法の練習をすることを伝えてあるので、ウィルも参加してくれることに期待している。
マークが帰ってきたら身体強化について話す約束をしている。限られた時間で必死に魔道具製作をしていた。いつも通り、マークの帰宅に気がつかなかった。
マークはこれ幸いと、セレーナの座っているところに後ろから近づく。肩が触れ合うくらいの距離まで近づき、耳元で名前を呼んだ。
「ひゃあ~!」
セレーナは持っていた瓶を落としそうになって、慌てて両手で握りしめた。
「マーク様!」
真っ赤になって、拗ねたような顔で見上げてくるのが、恐ろしく可愛らしい。
マークはセレーナの隣に反対側から腰かけ、お腹に腕を回して抱き寄せた。
両手に瓶を握りしめたまま、モゴモゴと胸の中で動いている。真面目なセレーナのことだ。「恋人でもないのに触れ合うなんて」とでも言いたいのだろう。
マークが華奢な体を両腕で優しく包み込むと、セレーナは抵抗をやめた。
されるがままに抱き締められているセレーナから、少しだけ体を離して顔を覗き込む。
熱に浮かされて蕩けてしまいそうな目で見上げていた。
マークは、大きな両手でセレーナの頬を包み込み顔を近づける。額に口づけを落とした。
体を離したマークをセレーナの視線が追う。
マークは優しく笑うと、セレーナの頭を撫でた。
「魔力について教えてくれるんじゃなかったのかな?」
「ひゃぁ!」と変な声で答えたセレーナだが、心臓の音が大きすぎる。マークから視線が離せなくて、目が合えば思考が停止し、講義にならなかった。
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