第16話 期待は叶えられない

 セレーナは、光源の魔道具の製作に追われている。遅くまで作業をしているので、最近はゆっくりお茶を飲みながら話す時間が取れない。魔道具を作る横顔を見ているのもいいのだが、本当は二人きりで過ごしたい。欲を言えば限りがない。


 彼女は仕事柄、ディエゴと話すことが多いが、彼も冷蔵の魔道具に掛かりっきりのようだ。ディエゴは、マークより少し年上の魔道具師で、腕は確かだ。マークは、ディエゴに嫉妬心を感じていたが、話してみれば妻子持ちで、マークの話しもよく聞いてくれる。セレーナとの仲も応援してくれている、ありがたい存在だ。


 最近雇ったギルバートとは、かなり気が合う。元騎士というのが大きいのだろう。手合わせをしてくれるのは本当にありがたい。俺が仕事でいない間は、荷物運びや家の回りの警戒をしてくれている。セレーナが高価な魔道具を持ち運んでいるようなので、護衛もお願いしたら喜んで引き受けてくれた。


 ウィルのことは本当に驚いた。王子だったなんて。確かに金髪、碧眼で整った顔立ち。黙っていれば高貴な身分だと気がついたかもしれない。ただし、黙っていればだ。随分と女遊びをしているような口ぶりだったから、まさか王子だとは汁程にも思わなかったのだ。それこそがウィルの作戦だったのかもしれない。

 彼は、前に話した通りに、マークを相棒にしてほしいと進言したそうだ。今回の仕事が回ってきたのはそのためだろう。ただ、大きな仕事だからと手放しでは喜べない。何か陰謀が渦巻いているような気がしてならないのだから。




 セレーナの作業場に向かうと、小さな瓶を睨み付けている。必死すぎて、眉間に皺がよっているのだ。

「セレーナ、ちょっといいかい? 話があるんだ」

 集中しすぎであろう。眉間に皺がよったままの顔でマークを見るので、可笑しくなってしまった。

「ははは。顔が険しいよ。お茶を用意してくる。区切りのいいところで一旦話そう」

 マークは厨房に向かって、お茶の準備を始めた。

 長い間、父であるダリウスが床に臥せっていたので、金銭的な余裕がなく、使用人は一人しかいない。できることは自分でやらねばならない。

 一人で切り盛りしていて忙しいはずの使用人だが、厨房に入ると何も言わずにお茶を沸かし始めた。

 この時間にマークがくる目的は把握されているようだ。

「最近忙しそうでしたので、お茶を飲む余裕が出来て何よりです」

 セレーナの仕事に余裕が出来たと思ったようだ。

「いや、今日はどうしても話しておかねばならない事があって、時間を作ってもらったんだ」

 皿を二枚持ってきて、小さな焼き菓子をのせてくれた。

 夕飯に出るはずのものを、先に出してくれているのだ。夕飯時にはマークだけデザート無しになるが、それで構わない。

「セレーナには今から伝えるんだが、長期の護衛の仕事が決まった。父さんも家を空けると思うから、家の警護をどうしようかと思っていてね」

 長く勤めてくれている使用人には伝えておかなければならない。

「大きなお仕事ですね。おめでとうございます。昼間はギルバートさんもいますし、午後はセレーナさんもいるんで、問題ないですね。夜は戸締まりをしっかりすれば大丈夫でしょうか?」

 使用人がセレーナを護衛に数えたことに、苦笑を隠せなかったが、確かに魔法を使わせれば誰にも負けないだろう。




 お盆をもって戻ると、セレーナはまだ瓶を睨み付けていた。しばらくして、小さな息を吐き、顔を上げると片付け始める。

 お茶を勧めると口に含んで、やっと微笑んだ。

「肩が凝ったんじゃないか?」

 ほとんど動かずに、瓶に向かっていたのだ。

「そうですね。活性化の魔法をかけておきます」

──その手があったか・・・

 マークとしては、少しでも触れ合える時間が欲しかったのだが。

 セレーナの肩がポゥっと光り、魔法が発動したのがわかる。

「魔道具作りはどうだい? 順調かい?」

「順調なのですが、次々に注文が入って、生産が追い付きません。お渡しできる日にちは伝えてあるので急ぐ必要はないのですが、お待たせしていると思うと心苦しくて。正直、こんなに売れるとは思っていませんでした」

 大樹のデザインも売れているのだが、シンプルなデザインが飛ぶように売れている。各部屋に置けるように二桁の注文がいくつも入った。

「母が、明るすぎないのがいいって言ってたなぁ。夜中の赤ん坊の世話や介護のために普通の光をつけると目が眩むだろ? セレーナの魔道具は、目が眩まないからいいって」

 ダリウスが寝込んでいたときにこの魔道具があればと言っていた。

「そういうことでしたか。忙しすぎて、考えが及びませんでした」

 本当に忙しいのだろう。表情に疲れが見えた。

「早く帰って休んだ方がいいね」

 カップを横に寄せると、セレーナの手を取って立ち上がらせた。



 送っていくために歩きながら、本題にはいる。

「実は、国王の外交について行く事になった。ウィル様と一緒だ。しばらく帰ってこれない」

 セレーナは、聡明で理解のある女性だ。絶対に反対などされないとわかっていても、少し寂しそうにしてくれたらと期待した。

「ウィル様は微妙なお立場ですので、マーク様を頼っていらっしゃたのですね。それにしても何故ウィル様が国王様に同行なさるのでしょうか? 何か思惑があるように感じます」


 マークも同じことを考えていた。

 順位は低いとはいえ、王位継承権をもつものを連れていく意味がわからない。争いの種になってしまう可能性だってあるのだ。

 ウィルと国王は親子だが会うことはないし、外交官らの中に友人がいるというわけでもなさそうだ。

 国王の補佐として秘密裏に仕事を覚えさせたいのか?

 それとも、皇太子は御子が生まれたばかりで長期間海外に行くことが出来ないとして、その代わりにウィルが選ばれたのか?

 国王の代わりに王族が必要だったということはないだろう。体調を崩しているなどという噂は聞かないのだから。


 セレーナは、マークを真正面から見据えた。

「身体強化の講義が途中でしたね。私、明日から早めに仕事を切り上げますので、本腰をいれて練習いたしましょう」


──・・・・・?


 マークの期待した反応ではなかった。


 セレーナは心配してくれているのだろう。外交の護衛として行くのだ。何かあったときには、身を呈して護衛対象を守らなければならない。強ければ、強いほど身の安全が保証される。


 そうだとしても、マークの同僚から聞いた、恋人からの反応とは随分違っていた。

 まだ正式には恋人ではないのだからとか、そういう意味ではない。

 目を潤ませて、『無事をお祈りしています』と言われたなどと惚気られたこともあったのだが……。


 出発するまで、二人で過ごせる時間が増えたと思えば、そんなに悪いことでもないだろうか。



 口には出さないが、マークはセレーナに手紙を送ってきたオリバーのことが気になっていた。

──俺がいない間に動きがなければいいんだが。

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