第15話 約束の日
地平線から太陽が顔を出す。ひんやりとした空気に包まれた中、仕事に急ぐ人々の足音、もうすでに仕事を始めている人の荷馬車の音、それに加えて、人々の楽しそうな話し声で町の中が騒がしい。普段とは違う賑やかさにセレーナは首をかしげた。
──何かあったのかしら?
「おぉ~い!! セレーナ。これをやるよ」
セレーナの父は、また何かを手にもっていた。渡されたものは一輪の花だった。
「これは、何ですか?」
「皇太子様にお子さまが生まれたって、お祝いで配っていたんだ。男の子だそうだよ」
「お世継ぎになる御子が、お生まれになったと言うことですか?それで、皆さん賑やかなのですね」
何でももらってくる父ではあるが、『男児誕生のお祝い』というちゃんとした理由で配っていた花であれば安心だろう。
ウィルがどう思っているのか気になったものの、こればかりは本人に聞くしかない。
「そういえば、お父様はこの時間に散歩でもしているのですか?」
先日も同じ時間に呼び止められたので気になった。
「あぁ!健康作りってやつだな。まぁ、仕入担当について来て、フラフラしているともいうな」
──それはサボっていると言うのでは?
父は、友人のレストランで働いている。明るくて人は良いのだが、少し適当で大雑把だ。
セレーナは父に突っ込まずにはいられなかった。
「お父様! 仕入担当について来たのでしたら、お仕事中なのではないですか? 早く戻ってくださいな」
「常連だといっても結構時間がかかるんだ。大丈夫だよ」
何のために仕入に同行しているのだ?元商人としてやり取りを任されているのではないのか?それとも値段を不自然に上げられていないか確認するためについてきているのか?
どちらにしても、散歩の時間にしてしまっているのは不味いだろう。
「私も仕事ですので。戻ってくださいね」
「仕方ないなぁ~」
セレーナは、大きなため息をついた。
エリントン家に着くと、まず、トマスの作業場に向かう。
挨拶をして入ると、トマスの手元にある鋼は、大まかに形が出来上がっていた。
──あら?予想以上に進みが早いのだけれど。
トマスは、笑顔ではあるものの疲れが出ていて顔色が悪い。
「トマスさん。昨日は寝ましたか?」
トマスは住み込みだ。好きな時間まで仕事ができてしまう。
「あっ!もちろん寝ましたよ」
少し驚いて飛び上がったように見えた。
「では、何時からやっているのですか?」
「あっ、……それは……」
トマスは目線を逸らした。
「早くからやっているのですね」
「だって、こんなに上手くできると、面白くって……」
確かに疲れてはいるものの、清々しい笑顔だ。
「仕方がないですね~。朝御飯は食べましたか?」
「あっ、え~っと。その」
目が泳いでいる。
「私が用意して、持ってきましょうか?」
「いや!それは、申し訳ないです!」
勢いよく立ち上がったので、机がガタンと音を立てた。
「では、食べに行ってくださいね」
トマスが作業場を出るのを見送ると、セレーナは家人の様子を見るために居住区域に向かった。
エミリーと共に戻ってくると、セレーナは次の魔道具のための大まかな形を作り始めた。エミリーは魔法理論の本を開いているものの、二人の加工を眺めている。
やはり、トマスの感性が素晴らしい。歪みや捻れに自然の厳しさや樹木の力強さがよく表現されていた。
大まかな形作りはセレーナでもできるが、最終的に形を作り出すのはトマスでなければならなかった。
途中で新しい注文が入り、エミリーが対応したが、親方のこともあり、少し余裕を持って注文を受けたようだ。
待たされる客も、注文が殺到している人気の商品となれば、少しくらいは待ってくれる。
その次に入った注文が大量だったので、少し待たせる程度では済まなくなりそうだ。
大樹のデサインが一つと、かごのデザインを十個も注文してくれた。
あまりの数に、セレーナとトマスは顔を見合わせて無言になってしまったのだが。
今日は、親方が指定してきた日だ。
トマスとセレーナは時間に余裕を持って魔道具を完成させた。
しっかりと魔法の使い方を学んだトマスは、順調に加工をしあげ、もともと入っていた注文も仕上げることができた。どんどん新しい注文が入っているのだが、そちらについては、注文順に作る旨は説明し、出来上がりの時期を伝えてあるので普通に進めていけば大丈夫だ。
大きな音を立てて、扉が開かれた。
「いらっしゃいませ」
店番の明るい声が聞こえる。
「おい! トマスを返せ!」
「お客様のご注文の品は出来上がっております」
怒鳴り声に対応する店員の声は、落ち着いている。
「はぁ~? できるわけないだろ? あいつは愚図で鈍間で、魔力の使い方もなってなかったんだからなぁ~」
店の中から響く大声に、道を歩く人が足を止めた。
トマスが魔法を上手く使えていないのをわかっていたのにも関わらず、教えなかった親方は……と、そこまで考えて、エミリーは気持ちを入れ替えた。
胸を張り、自信たっぷりに見えるように意識して、ゆっくりと店頭へ向かう。
「ごきげんよう。マレイバ工房の親方のマレイバ様。この度は、大変人気の商品をお買い上げいただきましてありがとうございます」
マレイバはエミリーを一瞥すると、舌打ちした。
「能書きはいいから、早くトマスを出せ!」
「ご注文の品は出来上がっておりますのでお確かめください」
いくら高圧的な態度を取っても、臆することのないエミリーの態度にイライラがつのる。
「お待たせいたしました。こちらでございます」
魔道具を抱えるようにして持ってきたのはイーリスだった。
「ぅぐ! お前は……」
「私、エリントン商会で副頭取を務めております、イーリスと申します。商品をお確かめください」
マレイバは副頭取と聞き一瞬怖じ気づいたが、エリントン商会の取引品は食料品が中心だ。お偉いさんが出てきたとしても、金属加工の工房に影響などないと考えた。
「トマスが作ったって証拠はないよな?」
「証拠、ですか……」
エミリーは困った表情を見せる。マレイバに負ける気などしないが、できれば穏便に済ませたかった。
「あぁ、証拠だ!!」
「何を見せたら、信じて貰えますか?」
何を言われても困らない自信がある。少し上目使いでマレイバの表情を窺った。
マレイバはゆっくり考えたあと、意地悪く口角を上げた。
「この場で作らせろ!」
「わかりました。では、少々お待ちください」
エミリーはトマスを呼んだ。優しげに微笑むエミリーに、マレイバは訝しそうな顔を向けた。
トマスは加工中の物を抱えてやって来ると、テーブルの上に置いた。
エミリーは、店の外で見物している人々に見えるように立ち位置を調節してからトマスに声をかけた。
「いつも通りにお願いします」
エミリーに向かって笑顔を見せるトマスに、マレイバは眉根を寄せた。
トマスが手の平を翳し魔力を込めると、鋼に命が吹き込まれ、枝の形に伸びていく。さらに細部に瘤や捻れが出来ていった。最後に細かい枝が伸びて、バランスを整えた。
幹から伸びる太い枝一本を、見事に作り上げた。
窓の外から見ていた人々から、どよめきが起こる。
実はそこそこの時間がかかっているのだが、細かい変化に目を奪われてしまって、長くは感じなかった。
「おぉまえぇ~!!! 魔法を使えるのを隠していたなぁ~!!!」
トマスが上手く加工できるようになったのは、最近である。今までの経験もあって、この短時間で習得できただけだ。
エミリーがトマスを庇うように少し前にでた。
「どうして、そのように思うのですか?」
「うちでは、ノロノロ、ノロノロと!」
マレイバは、足を踏み鳴らして睨み付けている。
「それは、誰も魔法理論について教えてあげなかったからではないのですか?」
「あぁ? そんなもん、使ってりゃ誰でも覚えるだろ?」
マレイバは、工房の親方をしているにも関わらず、魔法の知識がないのだろうか?
エミリーは疑問に思ったものの、話を進めることにした。
「いいえ。それならば、トマスさんの変化に説明が出来ません」
「だから、それは! 隠していたんだろ!?」
窓の外に集まっていた人たちのささやき声が聞こえてきた。
「魔道具開発をしてくれたかたが、教えてくれたのです。お陰で私も魔法が使えそうなのですよ。これを、見てくださらない?」
エミリーは、魔道具のスイッチをいれた。
「明るくて見にくいかもしれませんが、明かりがついているのがわかりますか?」
店の外のどよめきが大きくなる。外からは光が付いているか確認できなかったのだろう。人々が覗き込むようにしている。
「うぇ!こんな小さいものにつくものか!?」
「よく見てくださいね」
回りを手で囲って、暗くする。
「こうすると明るくなります。ほら! もう一段階! 素晴らしいでしょ~」
「うぐ」
マレイバは、黙り込んだ。こんなに小さな光源の魔道具など見たことがない。ましてや明るさを変えられるなんて、どれだけの技術が使われているのだろう?
この魔道具だけで、相当な値段がするのではないかと背筋が冷たくなる。
「この魔道具を作っている方の知識の量、技術の高さがわかっていただけましたか?その方が、魔法理論について教えてくれたのです。しっかりと文献にも乗っている確立された知識でした。わかっていただけたのなら、この魔道具はマレイバ様のものです。流行の最先端だと思いますよ。誰からも羨ましがられるでしょう」
エミリーの弾むような声に、マレイバの顔がひきつる。
「ちょ、ちょ、ちょ!!! 待ってくれ! こんな精密な魔道具が、いくつもついているなんて、いったいいくらなんだ!?」
エミリーが可愛らしく微笑み、無言で値札を見せた。
見る見る内に青ざめていくマレイバ。
「騙したな~!?」
「確認はいたしましたよ。あぁ、口約束で書面で契約してはいないのですが、大丈夫ですよね?」
もちろん、マレイバの逃げ道を残しておいたのだ。次々に注文が入っているので、マレイバが買ってくれなくても痛くも痒くもない。
「サインしていないのだから、無効だ!!」
マレイバは店を飛び出していった。
エミリーは、その後ろ姿を見ながら胸を撫で下ろした。
「あの、大丈夫なのでしょうか?」
トマスがオドオドと尋ねる。
買ってくれなかったことは問題ない。心配するとしたら、報復だろうか?
「大丈夫よ。金属加工は専門ではないとは言え、うちの商会は結構大きいのよ」
微笑むエミリーに、トマスは「結構どころじゃないと思います」と内心で呟いた。
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