第13話 必要のない護衛
曇天を仰ぎ見ながら、セレーナが仕事のためエリントン家につくと、門の前にはウィルがいた。
「セレーナさん。こんなことになっちゃったんだ」
そう言いながら見せてきたのは、騎士の指令書。
内容は、エミリーの護衛。一応、お忍びということらしい。期間は、今日一日のようだ。
「これは、誰からの依頼でしょうか?」
ウィルは、指令書の該当の箇所を指差した。
「依頼人は極秘となっていて、俺にもわからないよ」
セレーナは、難しい顔で指令書を睨む。
「こうしていても解決しませんし、アラン様に伝えて門を開けますので、少々お待ちください」
セレーナがウィルが来ていることを伝えると、エリントン家は大騒ぎになった。セレーナがウィルを招き入れているうちに、カミラはエミリーの身支度を手伝う。
護衛としてウィルが近くにいるのなら、自室で過ごすわけにはいかない。エミリーは、今日一日、商会の店舗近くで過ごすという。店員の控え室を、エミリーが過ごすことができるように整える。商会の若い職員が、次々にいらない荷物を運び出していた。
「すみません」
ウィルが大きな体を小さくして謝る。
「そろそろ、やらなければいけなかったのです。本当は、昨日までに整えておくべきでした。光源の魔道具が出来上がったのですから。ウィル様が気にされることはありませんよ」
ウィルは暖かい言葉に、嬉しいような申し訳ないような顔をした。
店番は居るが、高価な魔道具の契約は、娘であるエミリーに任された。常に待機するわけではないが、エミリーが過ごす時間が長くなる。エミリーが過ごしやすいように、片付けるつもりであった。
職員の言葉に、エミリーも微笑む。
「カミラ、机の上に置く花瓶と、クッションを2~3個持ってきてちょうだいな?」
カミラが頼まれたものを取りに向かうと、エミリーは店舗の方へ向かった。
「セレーナ。例の魔道具、もう売れたのよ」
「え? でも、まだ、あそこに……」
昨日展示したままの位置で淡く光っている。
「昨日買っていただいたお客様には、どなたが買ったかを大きく表示するという約束で、あと3日間、展示させていただいたのよ」
市民の平均年収もする魔道具だ。名前と共に『売約済み』と表示されることで経済力や流行の最先端であることを示すことができる。
エリントン商会としては、しばらく展示し続けられることで注文を取ることができるということだ。
「わぁぁぁ~。素晴らしいですね。こんな小さな瓶の魔道具は見たことがないです。それに、この樹の力強さも目を引かれますね!」
ウィルの声に、背後にある壁の向こうから「ひぇ~!」という小さな悲鳴が聞こえた。トマスの作業場からだ。特段小さな声で話しているわけではないので、物静かなトマスのところまで聞こえたのだろう。
「誰かいるんですか?」
息を飲む気配が伝わってきた。
「金属加工の職人のトマスですわ。機会があったら紹介しますね」
内気なトマスには、様子を見て紹介するのがいいだろう。
「では、私は皆さんにご挨拶して参りますね」
セレーナが保健師としての仕事に向かうと、エミリーは本を開いて読み始めた。
「魔法理論の本ですか?」
「そうなのです。少しは私も手伝いたいと思っているのです。もちろん商談が私の仕事なのは理解していますよ。でも、こんなに固い金属が、魔力を使えば形を変えるのです。すごいと思いませんか?」
目をキラキラさせて話すエミリーは、少女のようであった。
「そうですね。私も身体強化とちょっとした攻撃魔法しか使えませんが、興味はあります」
「読んでいても、まだ、あまり理解できていないのです。世界の全てのものは、小さな粒からできているらしいのですが……」
ウィルの顔が引き攣ったが、机の表面を観察していたエミリーは気が付かなかった。
「私も、勉強は得意ではなくて。たしかにそんなことを習ったように気はしますが、市民となったときから騎士として生きていこうと決めましたので」
ウィルは騎士になると決めていても、総合的な学びができる学校に通わされた。母親が、王族に戻ることを諦めていないからだ。
「どうして騎士だったのですか?」
王族であれば、政治などに興味はなかったのであろうか?
「それは……、一応これでも王の血を受け継いでいるので、魔力が多いのです。それなら騎士としてやっていけるかと。それに騎士は給料がいいもので」
ウィルは、軽快に笑った。
昔のウィルであれば「モテるから」くらいのことは口にしただろうが、王族と知られてしまっては、そんな冗談も言えなかった。
セレーナがハワード家に移動したころ、エミリーはウィルと共にカミラが運んできた昼食に舌鼓を打つ。トマスは商会の誰かが食堂に引っ張っていったようだ。
一日で2件の注文があり、2件の問い合わせがあった。
トマスに伝えて労えば、笑顔になる。ようやく慣れてくれたようで嬉しかった。
「いらっしゃいませ」
店番が客に声をかけたようだ。
「これを作ったのは、トマスだよなぁ?」
聞こえてきた大声に、エミリーは店に向かう。
「いらっしゃいませ。いかがなされました?」
エミリーの後ろについて、ウィルも店に入った。
大声を出していた客は、成人したかどうかの女の店員であれば軽い威圧で思い通りになると思った。
「これを作った職人はトマスってやつだと思うんだが、あいつは、うちの工房の奴なんだがな、半人前でどうしようもないやつなんだ。代わりのものを寄越すから代えてくれや」
目を細めて、ニタ~っと口角をあげる。
「トマスはうちの大切な職人です。代えなどききません」
エミリーは毅然とした態度で言い放った。
「はぁ? 可愛らしいお嬢ちゃんだから優しくしていれば、好き勝手言いやがって! トマスはどこだ?? トマスを出せ!!」
棚に勢い良く手をつき、大きな音を出す。
「やめてください。親方!」
ガタガタと震えるトマスの姿があった。
「おい! トマス! お前がこんなもん作れるわけがないんだ! どう小細工したんだぁ!?」
トマスはビクッと肩を跳ねさせて、2~3歩後退りした。
「そ、そ、そ、そ、それは! 確かにセレーナさんと協力しながら作りましたが、私の作品です!」
必死の形相で、握りしめた拳が小さく上下に震えていた。
「嘘ばかり言うやつは、痛い目に会うぞ!」
親方は足を踏み鳴らした。
「ひぃ~!! う、う、う、嘘じゃありません!」
「じゃあ、証明してみろよ。今から3日でこれと同じものを俺用に作ってみろ!!」
3日あればギリギリ間に合うか。そこでエミリーが、口を挟む。
「買っていただけるのですか?」
鋭い視線を投げ掛ける。
「あぁ。こいつの作品に大層な値段がつくわけがないからな」
意地悪く口角を歪め、トマスを挑発する。
「わかりました! わかりました!! やってやりますよ!」
トマスの膝の震えは止まらないが、親方の所に戻るなんて考えられなかった。
「出来なかったら戻ってくるんだ! 約束は守れよぉ~! そこの可愛らしいお嬢ちゃんが、傷つく所なんて見たくないだろう~」
ニタニタ笑いながら店を出ていく親方の後ろ姿を、トマスは血が滲むほど唇を噛み締めて睨み付けていた。
「大丈夫?」
エミリーがトマスの背中を撫でた。
「あっ、お嬢様を嫌な気分にさせて、申し訳ございません」
ガバッと頭を下げる。
「トマスはうちの従業員よ。従業員を守るのも、私の勤めでしょ。 だから、気にすることはないのよ。一緒に頑張りましょう。セレーナさんにも協力してもらいましょうね」
「でも……、私の問題なのに……」
トマスの目には溢れだしそうな涙がたまっていた。
「協力してはいけないなんて、誰が決めたの?私は商家の娘なの。人脈も、自身の力だと教えられたわ」
エミリーが自信たっぷりに微笑むと、トマスは嗚咽を漏らして泣き出してしまった。
「私はただ、ご飯を食べさせてくれて、仕事を誉めてくれる。優しく話しかけてくれるし、殴られない。ここでの暮らしを守りたかっただけなのに……」
トマスの言葉に出来ない痛みが、溢れだしているようだった。
「あら? 商家の娘として、忘れられては困るわ。これから十分な給金も支払われるのよ」
いたずらしした子供のように笑うエミリーに、トマスは泣き崩れた。口許が緩んで、必死で涙を止めようと拭うのに、次々に溢れてきて止められなかった。
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