第11話 横暴な元側妃

「お待たせしました。本日はどういったご用件で?」

「ごきげんよう。そろそろ例の件を考えてくれたのではないかと思って、息子を連れてきたのよ」

──アラン様は、はっきり断っていたと思うのだけれど。

 ウィルは、感情を無くしたかのように微動だにしない。

「私も息子を連れてきたのだから、お嬢様を紹介してくださらない?」

 勝手に押し掛けて来ているのだから、その限りではないのだが。ましてや、断っている縁談だ。

 ウィルは完全にマグダレーナとは反対の方向へ顔を向け、我関せずだ。

「我が息子ながら、いい男に育ったと思うのよね~。王位継承権は、まだあるのよ。そろそろ私に協力する気になったかしら?」

 カミラが小さく息を飲んだ。セレーナとアランはマグダレーナと共にいることから、可能性のひとつとして考えていた。とはいえ、驚いたことに違いはないが。

 マグダレーナの話が本当なら、ウィルは元王子ということである。万が一、皇太子に何かあったときには、王位継承権が回ってくるということだろう。現皇太子と年が離れている上に母が側妃では、順位が高いとは思えないが。

「何の話でしょうか?」

 アランは意図的にとぼける。

「はぁ~?? 何て男でしょう!?」

「母さん・・」

 ウィルが始めて口を開いて、マグダレーナを咎めた。

「何よ! 貴方ごときが私に物申すつもり!?」

「いや、だって・・・」

「黙ってなさい!!」

 マグダレーナは、一喝する。ウィルは眉を下げ、困り顔だ。

「アラン・エリントン様。こんな息子ですがよろしくお願いしますね。ところで、息子を王にする方法を、話し合いましょう」

 謀反を起こすと言っているようなものだ。

「母さん、何を言っているんだ!」

 ウィルは、我関せずだったのが嘘のように、青ざめて反論し始めた。

 貴族制度撤廃と共に身分制度は無くなっているので、すぐに咎められることはないが、世が世なら即打ち首だ。

 すぐに咎められないとは言っても、国の不利益を画策しているのであれば処分される。

「何よ? 貴方、口答えするつもり?」

 さすがのアランも、これは見逃がすことができない。

「マグダレーナ様。その提案には同意しかねます。お引き取りください」

 アランが腰を上げて、退室を促す。マグダレーナは、何食わぬ顔で優雅に腰かけたまま微動だにしない。

「あら? 私は、まだ目的を達していないわ」

「母さん。今日は帰ろう」

 ウィルが、宥めるように優しく諭す。

「嫌よ」

 ツンと顎を上げて、ふんぞり返っている。

 アランは二人の様子を見て、この計画にウィルが乗り気ではないことに気がついていた。

「では、妥協案でいかがでしょうか?」

 マグダレーナは興味を持ったようだ。背もたれから身体を起こして、妖艶に微笑む。

「何かしら?」

「貴女の計画に協力することはできません。ただし、ウィル様にだけ娘を紹介しましょう。今日のところは、それでいかがでしょうか?」

 自分の計画が進んではいないことは残念そうにしたが、マグダレーナもそこら辺が落とし所と思ったのかもしれない。あまり強情な態度をとって交渉が決裂してしまうよりは、少しでも進展する方がいいと。

 アランとしては、もともとエミリーとウィルは知り合いだ。紹介したところで今と変わりはない。それどころが、エミリーがウィルに事情を聞いてくれるだろう。

「まぁ、いいでしょう。ただし、ウィルだけに会わせるとは、どのようにするのでしょう? これでも王位継承権を持っているのです。一人にするなど、危険ですわ。この通り使用人も一人しかおりませんし」

──それなら使用人を二人つれてきなさいよ。

 セレーナは心の中で毒づいた。

 ウィルは、王位継承権を持っているとしても騎士なのだから自分の身くらい守れるのだが。

「それなら、娘と会うのは中庭でいかがですか? ここから中庭が見えますので、心配もないでしょう」

 そう言いながら、カミラに身振りで指示を出す。カミラは扉を開け放った。

 廊下を挟んだ反対側に明るい中庭の一部が見える。

「まぁ、それならいいでしょう」

「では、カミラ。ウィル様を案内した後、エミリーを呼んできてくれ」

 「はい。それでは、ご案内します」とカミラはウィルを連れて出ていった。



 ウィルのガーデンテーブルに座る後ろ姿が見える。そこにエミリーが到着した。

「あら! やっぱり、可愛らしいお嬢さんじゃない!? ウィルとお似合いね~」

 会話が盛り上がっているようで、マグダレーナは、終始嬉しそうだ。

 マグダレーナは、すぐにでも「婚約」と言ったが、アランが「大事なことですからゆっくりと相性を見るべき」と主張する。

 「あんなに相性が良さそうなのよ」と騒いだが、「急いで良いことはありません」とアランが言う。

 確かに、ウィルがエミリー側に寄って話しているようで、仲が良さそうに見えた。

 その様子に満足したのか、マグダレーナは帰っていった。




 エミリーは自室の中で待機していた。

 いつ呼ばれてもおかしくないと思っていたからだ。

 案の定、マグダレーナが帰った気配はないのにも関わらず、扉が優しくノックされる。

 エミリーが自ら扉を開けると、目の前にはカミラが立っている。

「やっぱり?」

 カミラが渋い顔で頷くので、部屋を出る。歩きながらカミラが迎えに来た理由を説明する。

「マグダレーナ様の御子息のウィル様に会っていただけないでしょうか?」

「ん?」

 エミリーが、動きを止めて聞き返した。

「マグダレーナ様には会わなくていいそうです」

「そこじゃないのよ~。聞き覚えのある名前が出たのだけれど」

 さすが、アランの娘だ。すでに驚きから立ち直ったらしく、中庭に向かって歩を進める。

「ウィル様がマグダレーナ様の御子息だったということです」

「もしかして、それ以外の情報はないのかしら?」

「はい。まったく!」

 カミラは、清々しいほどに晴れやかな顔で答える。態とらしく、バカにした態度にもとれた。カミラとて、主人に対するマグダレーナの態度には腹が立っていたのだ。

「はぁ。カミラが、そこまで怒るなんて……。聞き出せることは、聞いておくわね!」

 エミリーが中庭に到着すると、申し訳なさそうな顔をしたウィルが待っていた。マグダレーナのいる部屋からは表情が見えないので、素直な気持ちが顔に出ているのだろう。

「お待たせしました。エミリーと申します」

 カミラから事の成り行きを聞いていたエミリーは、マグダレーナから見える位置で優雅にお辞儀をする。

 ウィルの向かい側、マグダレーナからは見えない位置に座った。

「ウィル様。どういう経緯か話していただけますか?」

 ウィルは、小さな声で説明を始める。マグダレーナに聞こえないように、エミリーの方に体を寄せた。


 マグダレーナは3番目の側妃で、王にとって自分が4番目の男児だと。2番目と3番目の王子は、体や精神を病んでいて、健康な男児となると次がウィルであると言う。

 思ったよりも王位継承権の順位が高いことに驚いたものの、ウィルがそれを望んでいるような素振りはない。

 ウィルの様子は、項垂れてはいるものの、今までと変わらないように感じた。


「ところで、ウィル様。どうして一緒にいらっしゃったのですか? 来ないと言う選択はできなかったのですか?」

「指令だったんだよ。母のお忍びの護衛が」

 お忍びだから、服装も制服ではないという。嫌という理由だけでは、仕事として命令されれば断ることはできない。

「そろそろ母を連れて帰るよ。母を送ったらアラン様とセレーナさんに話したいことがあるんだ。すぐに戻る予定だから、待っていてくれって伝えてくれないか?」

「わかりました」

 ウィルは、なんとかマグダレーナを説得し連れて帰った。

 アランが大きなため息をつく。

 エミリーがやってきて、ウィルから聞き出した話を伝えてくれた。

「ウィル様は、マグダレーナ様を送ったら戻ってくるそうです」

 その言葉通り、ウィルはすぐに戻ってきた。

「アラン様。この度は、母が迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「『様』と呼ばれると、こちらとしては困ります」

 市民として暮らしてはいるものの、王位継承権をもつ王子だということがわかったのだから。

「私は一介の騎士ですので。母はあんな調子ですから、まだご迷惑をお掛けすると思います。優先事項として王に守りを固めるように助言をお願いします」

 今回動き出したことで、マグダレーナが何かを仕掛けてくる可能性があるという。

「ウィル様が、直接伝えた方がいいのではないですか?」

 アランの口調に眉間に皺を寄せたが、それについて言及することはなかった。

「私が王宮に向かうと、在らぬ憶測を呼びそうですから。アラン様か、セレーナさん伝いでダリウス様に伝えていただいた方がいいかと思います」

 そう言うと、急いで戻っていった。


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