第10話 後ろ向きな職人
持ち運びできる冷蔵魔道具の試作品をもってエリントン家にやってきた。
アランから、金属加工の職人を見つけたと連絡があったので、ついでに試作品を見せようと持ってきたのだ。
部屋に入ると、アランの隣に縮こまって小さくなっている男がいた。
服装から彼が職人だとわかったのだが、まずは試作品を見せることになる。
「アラン様、こちらですが、いかがでしょうか?」
メイドでも楽に持ち運びができるサイズの箱に、冷蔵の機能を追加したものだ。まだ、何の装飾もされていない、ただの箱である。
ケーキを入れることを想定しているので、出し入れしやすいように蓋の開き方を工夫した。側面の一部が上面と一緒に開くようにしたのだ。
アランはしばらく開閉を繰り返していた。
「これは、うちのカミラ辺りが喜びそうだね。ただし、買ってくれる人が限られそうだ。裕福な娘さんのいるお宅ってところかな」
「そうですね。エミリー様がカミラさんのケーキを持って出掛ける想像をして作りましたから」
出来上がった試作品は、ケーキ作りの得意なカミラに渡して、中庭のお茶会に使ってもらいたい。
「それなら、デザインは思いっきり豪勢に、娘さんの好むようにしよう。それができれば発売だね」
「本当ですか? エミリー様に意見を伺ってもよろしいですか?」
エミリーが自慢できるほどのものを作りたかった。そのエミリーの意見を聞けるのであればありがたい。
「あぁ、もちろん。それじゃあ、そろそろ紹介してもいいかな。こちらが、金属加工職人のトマスだ」
「ひゃあ!」と情けない声を上げ、仰け反るように姿勢を正した。
「あっ、よっ、よろしく、お願いします!」
強ばった顔で恐々と挨拶をした。セレーナもディエゴも挨拶を済ませて、セレーナのデザインで作れるのかという話になった。
「こ、これは……」
「自然の雄大さから力強さまで感じられるものになったら嬉しいのですが」
「え? ぼ、僕には、荷が、お、重いんじゃないかな?」
青い顔をして、それでもセレーナの描いた絵から目を離さない。
「いや、あの! 僕、工房でも足手まといで……。たぶん、邪魔だから、行けって言われたんです」
言いながら、だんだん悲しそうに顔を歪める。
「この絵を見せて、自然の造形ができる職人を募ったんだ。親方に指名されたんだから、一度やってみたらどうだい?」
セレーナの絵に視線を戻していたトマスは、アランの提案にビクッと飛び上がった。
「いや、あの……そんな、迷惑……かけちゃいます……。……ただの厄介払いかと……」
──トマスさんは、何故こんなに自信がないのかしら?
セレーナも金属加工ができないわけではない。ただ、セレーナが金属加工に専念することはできない、金属加工の職人は必要だった。
アランの右腕であるイーリスが、手際よく窓を開け放つ。
大きな窓からは、暖かい光が入り、爽やかな風が吹き抜けた。
「トマスさんの工房には私が伺いました。親方にはエリントン商会を全面に出して交渉させていただきました。そこで紹介していただいたのがトマスさんです。厄介払いではないと証明することはできませんが、貴方ならできるかもしれないと思われたのではないでしょうか。そうでなければ親方は、我がエリントン商会の顔に泥を塗ったことになりますね~」
「どうしてやりましょうか」という呟きに不気味さが残る。
工房の親方もトマスもエリントン商会が大商会だということはわかっているだろう。
「そ、そ、そ、そ、そんな……」
青くなって、小刻みに震える。
「どっちにしろ、試用期間だよ。やってみたらいいんじゃないか?」
アランは何でもないことのように、軽い調子で言って肩を叩いた。
親方に紹介されたも者を、試用期間もなく解雇するのは礼儀に反する。アランもイーリスもそれだけが理由ではなく、トマスならできると思っているようであった。
「トマスさん! 私も手伝いますので頑張りましょう!」
胸の前で拳を握り、微笑むセレーナ。トマスは、セレーナとデザイン画を見比べて、少しだけ頬を赤くすると「はい」と頷いた。
次の日、セレーナは保健師としての仕事を済ませて、トマスのスペースに向かう。常備薬の点検や補充をしていたら、少し遅くなってしまったので昼を過ぎていた。
トマスの作業場は、エリントン商会の店舗の奥となった。光源の魔道具が受注生産となったら、トマスが打ち合わせに参加することとなるだろう。参加しやすい場所にしたのだ。
店舗の方はというと、魔道具を展示する場所を整えている最中だ。
セレーナが到着すると、トマスは楽しそうに大樹のデザインを見ている。話しかけるのが申し訳ないくらい没頭していた。
「トマスさん。調子はいかがですか?」
「あぁ、セレーナさん。見事なデザインですね」
セレーナの書いた大樹の幹を指でなぞる。
「ありがとうございます」
セレーナが嬉しそうに微笑むと、トマスは照れたように目を逸らした。
トマスは加工用の金属を手にしているが、一向に作る様子はない。セレーナがしばらく待っている間、金属の固まりに手を置いたままだ。
「トマスさんは、イメージをしっかり作ってから加工をするタイプなのですか?」
セレーナはと言えば、いくらでも直せるのだから、とにかくやってみようという質である。
トマスは金属の固まりに視線を落とすとしばらく黙っていたが、セレーナが答えをいつまでも待つつもりだとわかると話し始める。
「実は……。お恥ずかしいのですが……。あまり加工は得意じゃないんです。魔力も少ないんで、こんな見事なものを加工できるのかどうか……」
金属加工の工房にいたのに加工ができないとは。それが自信の無さに繋がっているのかもしれない。
「とにかくやってみましょう。私も少しなら加工できるのですよ。手伝いますので、気負わずに」
「そうなのですか!? デザインを書いたのもセレーナさんですよね? セレーナさんが作った方が……」
「あら? そんなこと言わないでくださいな。私一人ではどれだけ時間があっても足りませんわ」
「そうですよね……」
ガックリと肩を落としたトマス。
「それでは始めましょう」
セレーナが促すと、トマスが渋々手に魔力を込める。
トマスは真剣な顔で、金属と向き合っていた。ちっとも形が変わっていないように見える。
──あら? かなり効率の悪い魔力の使い方ね。
魔力の流れが感じ取れるセレーナだから気づけたことだ。
「魔力の使い方はどうやって覚えたのですか?」
トマスに何か考えがあるのかもしれない。せっかく作業し始めたトマスの手を止めないように気を遣って話しかける。
「あぁ、うちは背中を見て学べという教えでして、ベテラン職人の仕事を見て学びました」
──だから、魔法の使い方が自己流になってしまったのね。
後ろ向きなトマスを傷つけずに、魔法について説明するのは至難の技なのではないか。
「あの、トマスさん。魔法の使い方を・・・」
ガタン!!!
「セレーナさん! いますか?」
メイドのカミラが駆け込んでくる。
──この感じ、前にもあった気がするわね。
「セレーナさん! 良かった。また、マグダレーナ様が訪問されました。アラン様の毒味をお願いします」
──駆け込んでくる理由も同じなのね……。
「ど、毒味!?」
トマスが青い顔で叫ぶ。
「毒味なんて! 危ないよ!」
簡易的に毒味と表現しているだけである。
「検査の魔法を使うだけですわ。では、今日はこのまま失礼しますね」
もうすでに昼を過ぎている。マグダレーナが帰ったらすぐに、ハワード家に移動するだろう。トマスの魔力の使い方が気になったが、セレーナも魔道具部分を作らなければならない。
セレーナはカミラと共に、出来るだけ急いでアランの元に向かった。
「アラン様」
応接室の手前で合流する。
「あぁ、セレーナ。意外な人物がいるぞ。まぁ、とにかく入ろう」
息を整えて部屋に入るとマグダレーナと、金髪で碧眼の男がいた。
アランが意外な人物と言った、その正体に気付く。
──ぅええっ!!! なぜっ!? ウィルさんが?? ・・・あれは、必死で誤魔化そうとしているのかしら? 誤魔化されるわけないじゃない。
無表情な顔で斜め上を見つめている。アランともセレーナとも目を合わさないようにしているようだ。
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