第9話 白い封筒の手紙
マークは手元を見ていて、セレーナと目が合わない。
不機嫌な理由はこの手紙以外考えられない。深呼吸してから、慎重に開く。
封を開け、白い便箋を取り出した。
宛名は『セレーナへ』。宛先は間違いないようだ。
枚数は3枚。最後に『オリバー』の署名。
──この前の男だ……。
封筒に住所等は書かれていなく、直接届けにきたのだろう。オリバー本人か、大きなお家なら使用人という可能性もある。
偶然会ったとき、アルロが働き先を言ってしまった。オリバーは興味がないものかと思いきや、しっかり聞いていたのだ。
マークをチラリと見たが、手元を見たまま難しい顔をしている。
気が進まないが中身を確認しなければならない。
『この前、偶然会えて良かった』
『僕は魔法省で魔道具担当として働きだした』
『君のことを上司に話したら、興味を持ってくれたみたいだよ。僕の仕事でも、君の話が役立つときがあるかもしれないな』
この辺は仕事関連の近況報告である。魔法省に勤めるとはエリートで高給取りだが、国内トップの学校を卒業した学友としては珍しいことではない。
上司が興味を持ったとは驚きだが、お世辞という可能性が高いとセレーナは思った。
そのあとは、自分が魔法省でどれだけ活躍しているか。また、これから活躍していくはずだという話がしばらく続く。
──自慢?かしらね?
その後、セレーナを誉める言葉が続いた。
『セレーナの栗色の髪が、風に吹かれて揺れるのが美しい』
『大きな瞳が瞬きすれば、小鳥も踊る』
『薄い黄緑のドレスがきっと似合うだろう。春の妖精のようだ』
『君には大きな宝石も似合うだろうね』
──誉めて、いるのよね? 外見のことばかりよね! それで? だから? 何なのよ?
確かにセレーナは、性格までわかるほど彼と親しくなった記憶がない。
読めば読むほど、体温が引いていくのがわかる。
これは、なんの手紙だろうか? ラブレターだろうか?
セレーナは半眼になりつつも、もう一度確認する。
──ただの近況報告よね。返事の必要もない気がするのだけれど。
もしや文通のお誘いとか!? 一方的に手紙を送りつける、こんな分かりにくい文通の誘い方があるか!?
何を言いたいのかわからず、もう一度読み返していたら気分が悪くなってきた。
便箋を封筒に戻し、大きく息を吸う。
大きなため息がでた。
「セレーナ?」
顔を上げると心配そうに覗き込むマークの顔があった。
「マーク様。少し伺ってもよろしいでしょうか?」
マークは「あぁ」と頷いた。
「この手紙はどなたが持ってきたのでしょうか?」
「俺が受け取ったんだがな、緑がかった黒髪の知的な感じの男だったぞ」
オリバー本人だ。
マークは、眉間に皺を寄せて答える。
「オリバーさんが持ってきたのですね。他に何か言っていたことはありますか?」
マークは顔をしかめる。
「あいつは、俺の愛しいセレーナに渡してくれと言ったんだ」
「・・・げぇ!」
セレーナは腹の底からでた声に驚き、急いで自分の口を両手で覆った。
──しまったわ!年頃の娘にあるまじき音を発してしまったわ!しかもマーク様の前で!!
口を塞ぐようにして慌てているセレーナを見て、マークは吹き出した。
「ははは。セレーナ、少し聞いてもいいかい? もちろん答えたくなければ答えなくていいからね」
マークに見られたくない姿を晒してしまい、赤くなった頬に手を当てながら、セレーナは目を合わせて静かに頷いた。
「オリバーって言ったかな? 彼とはどういう関係なのかな?」
自分で聞いたのだから、元カレなどという返事が返ってきても許さなければならない。マークは腹に力をいれて返事を待った。
「オリバーさんとは、学友でしょうか? そうは言っても、席が隣のときに少しお話ししただけですけれど。それから、この前エリントン家のお使いに行ったときにお会いしました。食事に誘われたのですが、お断りしました。彼は、その意味がわからなかったのでしょうか?」
最後は独り言だったのだ。普段なら心の中で呟いている一言が口からで出てしまったのだ。
「それは、本音が漏れているってことでいいのかな?」
「うわぁ! 私ったら!!」
また、両手で口を覆う。
マークは席を立ち、テーブルを回ってセレーナの隣に座る。
セレーナの頭に赤いリボンがあるのを確認し、それを優しくつつく。セレーナは、マークに視線を向けたが咎めることはなかった。何も言われないのをいいことに、髪に指を潜り込ませ優しく鋤いた。
マークが髪を触ることに、慣れてきたということも多少あるが、せっかく誤解が溶けそうなときに、この程度の触れ合いを拒否する気にはなれなかった。
髪を鋤く度に、軽く頭を撫でられているような感覚に陥り、心地よさに目を閉じた。
セレーナは、ディエゴと共に大きな荷物をもってエリントン家に向かった。
ちょうど休みだったマークは、護衛について行こうかと迷ったのだが、ディエゴもいるし、仕事の邪魔はしてはいけない。家で待っていることに決めた。
しばらくして、使用人が来客だと呼びにきた。
門へ急ぐと緑色を帯びた黒髪を短く整えた、細身の男が立っていた。頭の良さそうな男だった。
「ここでセレーナが働いていると聞いたんだが」
呼び捨てにした男を凝視する。
「ハワード家とはここかい?」
「そうだが」
マークは訪ねてきた男を、不審そうにジロジロと見る。
「セレーナに会いたいんだが」
──誰だ? こいつ?
「今、いないぞ」
低い声で、睨み付けるように返す。
「では、愛しいセレーナにこれを渡してくれ。必ず迎えに来るからねって伝えて欲しいんだ」
手紙を押し付けると、背を向けて帰っていった。
──愛しい? 迎え? どういうことだ?
セレーナが帰ってきたら確認しなければならない。あの男の妄想なのか、それともセレーナもそのつもりなのか。
セレーナが悪いわけではないと思っても、セレーナに対してイライラがつのる。
「セレーナのせいじゃない」
呟いてみても、あまり効果はなかった。
「マーク様!」
帰ってきたセレーナの声に、急激にイライラは収まっていく。それでも、何もかも許せてしまったわけではないので、セレーナと話すことにした。
手紙を見たセレーナは、険しい顔で手紙を読む。目を細め、睨み付けるようにもう一度読み返している。
あまり嬉しい手紙ではなかったと思ってもいいのだろうか。
もし、セレーナが望まないのに、あの男に付きまとわれているのだとしたら……。
そこまで考えて、ふと、あることに気がつく。
──俺がちゃんと婚約すれば、守ることができるのではないか。
セレーナの頭に赤いリボンが揺れているのを見ながら考える。彼女がそういうつもりで付けてくれているのであれば、しっかりしなければならないのは自分ではないのか。
セレーナに男のことを聞けば、仲が良かったわけでもないし、どちらかと言えば迷惑そうだ。
セレーナの口から飛び出した、本音とも取れる毒舌には驚きはしたものの、隙の無い彼女が内面を見せてくれた気がして、嫌な気がしなかった。もちろん、悪口が自分に対してでないというのが大きいが。
赤いリボンをつついても恥ずかしそうにこちらを見るだけのセレーナを愛おしく思い、髪を掬って指を通す。体の力を抜いて目を閉じたセレーナを抱き締めたくなった。
婚約もしていないのに、というか婚約することもできない経済状況なのに抱き締めてはいけないと、なんとか気持ちを押さえ込んでセレーナを送っていくことにした。
送りながら聞いたことには、近況報告のような手紙だったらしい。セレーナを誉める内容が書かれていたことには、腹の中に黒い感情が渦巻いたが、なるべく傍にいようと心に決めた。
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