第8話 魔道具デザイン
「魔道具の心臓部はこれです」
今回持ってきた光源の魔道具は、試作品だ。明るさを見てもらうためとデザインの相談のために、アランのもとを訪れた。
ディエゴの手のひらの上に乗せられたガラスの球体。
アランが軽く魔力を込めると、内側にうっすら緑に光る魔力文字がビッシリ。
普通の魔道具なら、光るための命令を一つ書き込むだけである。それでも口の小さい瓶の中に魔力文字を書き込むことは繊細な技術を要する。
試作品はそれを五つ書き込んでいるのだ。雑然と見えないように抜きを揃え、光る線の部分も等間隔で平行に書き込んだ。
試作品であるために、瓶の口の部分にスイッチが取り付けられているが、実際の魔道具では高さを出したり装飾したりするつもりだ。
「これは、見事な……」
窓から差し込む光に透かすようにして、アランが感嘆の声を上げる。
「あ~、ありがとうございます……」
消え入りそうな声でお礼を言うディエゴ。あまり嬉しそうではない。
「大変だったんじゃないのか?」
ディエゴの微妙な笑顔に、アランは不思議そうに尋ねる。
「大変でしたよ。でも、私がこれを作っている間にセレーナが作ったものを見たら、私なんて大したことないなって思ったんですよ」
子供のように少し口を尖らせる。
「セレーナが?」
「私が四苦八苦している間に、面白がって作ってしまったんです。セレーナ、自分で見せてくださいね」
ディエゴが不貞腐れたようにいうので、アランが笑う。
ディエゴも、ダリウスが腕を見込んで引き抜いてきた魔道具師なのだ。
「セレーナが規格外なのは今に始まったことじゃないよ。それで?何を作ったんだい?」
セレーナは、ガザゴソと取り出した。
ディエゴが見せたものよりも小さい拳ほどの大きさの瓶と、さらに小さい親指大の瓶だ。
「こちらは、ただ小さいものです」
「その小さいのが難しいんだよ」とディエゴのぼやきが聞こえた。
「これは、小さすぎて3つしか調節できません」
ディエゴは、ため息をついて天を仰ぐ。
親指大の瓶は、父であるセドリックが道で貰ってきた、ピンクの液体が入っていたものだ。味見だけはしたのだが、砂糖水のようであった。
セレーナは、ディエゴが魔道具作りをしているのを見て、自分もやりたくなったのだ。たまたま空だった瓶に、魔力文字を書き込んだ。
セレーナは、続けて紙の束を取り出した。
「こちらを見てもらえますか?」
アランが乗り出して確認すると、大樹に何か大きなものがぶら下がっている絵が描かれていた。
「これくらいの木に、この小さい方を複数吊るすと綺麗だと思うのです」
「ほぅ!」
アランが目を輝かせて紙に描かれた大樹を見ている。
「他にも、こういったデザインも考えてみました。どうですかね?」
細いもので編んだかごの上に、光源の魔道具をただ置いたものだ。暗くなってから光をつけると、テーブルの上にかごの影が広がる。
動物が光る球を持っているものも見せた。セレーナのお気に入りは猫がボールにじゃれついているように見えるものだが、人によっては架空の生き物のドラゴンやユニコーンなどを好む人もいるかもしれない。
アランは華やかなデザインであれば、自分や息子より、娘に任せる方がいいと思った。
「エミリーを呼んできてくれ」
「うわぁ~。セレーナさんの絵は、やっぱり素敵ですね」
以前にも絵を描いたことがある。エミリーが気に入ってくれているのであれば、セレーナとしては嬉しい。
「ありがとうございます。どのデザインがいいでしょうか?」
セレーナの微笑みにエミリーは満面の笑みで答えた。
「これ、かわいいですね!このワンちゃんは、お兄様が好きそうです!」
そういえば、レオルドは、かわいい物好きだった。
エミリーは、ペラペラと紙をめくりながら全てに目を通していく。全て見終わり「ふぅ」っとため息を漏らすと、セレーナの目を見た。
「せっかくのデザイン、絞ってしまうのは勿体ないと思いませんか?」
セレーナが猫が好きだからといって、他の人も好きとは限らない。
「えぇ、好みは人それぞれですし、万人向けにすると、どうしても一般的なデザインになりがちです」
エミリーも大きく頷く。
「私、この大樹のデザインが好きですが、これだけすごいと手の届かない値段になりそうです。そうしたら、もう少しお手頃で気に入るものを選びたいです。いくつか実物を飾り、他のものはデザイン案を見て決めてもらってから作ったらどうでしょう?」
「デザイン案はこれですか?」
セレーナが、持っていた絵を差し出す。
「絵は上質紙に写してください。光源の魔道具といえ、ここまでくると高級品です。作品に見劣りしない冊子にしましょう」
エミリーは、頬を赤らめて興奮気味だ。胸の前で掌を合わせ、楽しげに笑う。
アランは、エミリーに任せることに決めたようだ。
エミリーとデザインについて話し合っているうちに、アランは金属工芸が得意な職人を調べてくれると決まった。
職人に声をかけてから、相談しながら実現するか検討することになる。
日が落ちて暗くなってしまった町の中を、ディエゴと並んで歩く。光源の魔道具が見やすいようにと、遅めの時間の訪問であった。さらにエミリーとの話が盛り上がってしまったので日が暮れてしまったのだ。
空気がヒヤッとして、火照った頬を冷ます。
ディエゴが弾むような足取りで前に出て、両腕を天に向かって伸ばす。
「上手く行きそうで良かったですね。しかもあの技術は一朝一夕で身に付くものではありませんよ。しばらく真似されることはないでしょう。その間に少しでも利益をあげないとですね」
自分の稼ぎにも関わるが、セレーナの借金返済についても気にしてくれているのだろう。
ディエゴはセレーナの事情も、ハワード家の事情も知っていた。もちろんマークとセレーナの微妙な仲のことも。早く借金について目処がたって、婚約してくれればとすら思っていた。
「そうですね!ただ、次の魔道具も考えましょう。私、まだ作りたいものがあるのです」
金属工芸が得意な職人が見つかるまでに考えたいことがあった。
「なんでしょう?」
「冷蔵の魔道具を小さくして、持ち運べるようにしたいのです。ピクニックにケーキを持っていけるようなイメージです」
二人~三人分のケーキを入れられるようなものだ。
ディエゴはしばらく顎に手を当てて考えていた。
「できそうですね。それでは、明日から取りかかりましょう」
「光源の魔道具が売り出されたら忙しくなってしまうかもしれません。というか、忙しくならないと困ります。お願いしますね」
ニコニコと嬉しそうなセレーナは、ハワード家の門にマークがいるのを見つけてさらに嬉しそうにする。
「マーク様!」
弾むような声で名を呼んだ。
遅くなったことを言及される前にディエゴが報告する。
「ただいま戻りました。うまく行きそうです。盛り上がりすぎて遅くなってしまいました」
いつもであれば、セレーナを見て柔らかい雰囲気になるマークが、なぜか強ばった表情をしている。
「ご苦労だった。遅くならないうちに帰ってくれ」
マークはディエゴに向かって労いの言葉を掛けた。
「セレーナは、話があるんだが」
低く冷たい声が、セレーナの名を呼ぶ。
ディエゴは心配になったものの、巻き込まれては大変だと、挨拶をしてその場をあとにした。セレーナであればうまくやるだろうとは思いつつも、色恋には予想外のトラブルが付き物だ。オロオロしていた使用人に話しかけ、しばらく様子を見ることにした。
セレーナは、いつもと雰囲気が違うマークに驚いていた。
──怒っているのかしら?でも、なぜ?
無言でズンズンと前を歩くマークに、黙ってついていく。
薄暗い廊下に足音が響く。一歩進むごとに心臓の鼓動が大きくなり、腹の底から冷たくなる。
マークは一度も振り返ることなく、応接室に入っていった。
向けらた冷たい態度にセレーナは、ビリビリとした緊張感を感じていた。
──もう、この関係は終わりなのかしら?結構、心地よかったのだけど。
これから仕事の度に微妙な雰囲気になるのか?とか、仕事を続けられるのか?とか、頭をよぎる。
──いえいえ、まだ諦めるのは早いわよね。
理由がわからねば対処することもできない。逃げ出したくなるのを堪えて、向き合う覚悟を決めた。
マークの向い側に腰かけると、表情が良くわかる。
目線は下を向き、口を引き結び、怒っているような、何かに耐えているような複雑な顔をしている。
セレーナが、何が始まるのかと身構えて待っていると、マークは乱暴に手紙を渡してきた。
「これが届いた」
白い封筒に、赤い蝋で封がされていた。宛名のところは、『セレーナへ』。差出人はない。
見覚えのない角張った字に、嫌な予感がした。
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