第7話 赤いドレスの来訪者

 次の日、エリントン家に入ろうとすると呼ぶ声が聞こえて立ち止まる。

「セレーナ~!!」

 遠くからドタドタと走ってきたのは、父だ。

 息が切れているのを整えながら、何かを手渡してきた。

「これを貰ったんだ。僕が持っていても仕方がないから、セレーナにあげるよ」

 可愛らしい小さな瓶の中に薄いピンクの液体が入っている。

「これは、何ですか?」

 笑顔がひきつるのを必死でこらえる。

「え~っと、なんだったかなぁ~。元気がでる飲み物だったかなぁ~」

「元気がでる?」

──怪しいこと、この上ない。

 セレーナが検査の魔法をかけても、なんの問題はなかった。

「ほら、仕事だろ?一気に飲むといいらしいぞ」

──こんな怪しいものを、今、飲めというのだろうか?

「お父様?他には何か情報はないのですか?みんなに配っていたものですか?」

「あぁ、大勢、貰っていたぞ。その場で飲んでいる人もいて大丈夫そうだったから貰ってきたんだぞ」

 自慢そうに言う父の姿に呆れながら、もう一度、検査の魔法を掛ける。

 毒は検出されていないし、大丈夫なのだろう。ただ、こんなものをたくさんの人に配っている意味がわからない。瓶だって安いものではないのに。

「お父様、ありがたくいただきますが、もう貰ってきてはダメですよ」

「え?今、飲んではくれないのかい?」

 セレーナが飲むのをウズウズと待っているらしい。足をモゾモゾさせて、キラキラした目で見つめてくる。

 父を納得させるために、仕方がなく嘘をつくことにした。

「とても綺麗で可愛らしいので、このまま飾らせて欲しいと思いまして」

「中身が腐るぞ!それに、せっかく貰ってきたのにぃ~。すごい人気だったんだぞ」

 セレーナは、寸前のところで大きなため息を飲み込んだ。

「わかりました。それから、何度もいいますが、貰い物は必ず、私かカルトスさんに見せてくださいね」

 口調が強くなってしまうのも仕方の無いことだろう。

 これ以上話していても仕方がないと感じたセレーナは、瓶を貰うとエリントン家に入っていった。

「セレーナ~冷たいんだからぁ~。母さんは、もうちょっと優しかったぞぉ」

 セレーナが入っていったお屋敷をしばらく見上げて、「ほぉ~」っと小さく呟いた。




 全員の健康観察を済ませて、アランに父から受け取った瓶を見せる。

「狙いはなんでしょうか?」

 アランは瓶をあらゆる角度から眺めたが、首を降ってから返してきた。

「これだけじゃわからないな。ダリウスやマークにも伝えておいてくれ」

「はい。承知いたしました。それから、光源の魔道具は調節できるようにできそうです」

「本当か?普通の明るさと、節約バージョンは最低限欲しいのだがな」

「その間のものと暗いものを二つで全部で5段階です」

「暗いものか?」

「はい。寝室用のものです」

 セレーナは、胸を張って答えた。わざわざ暗いものを作るなんて、逆転の発想で画期的ではなかろうか。

「しん・・」

 トントントン。

「旦那様!失礼いたします」

 ノックと声掛けが同時であった。さらに返事をすると間髪いれずにドアが開けられ、メイドのカミラが慌てた様子で入ってきた。

「どうした?」

「女性がアラン様を出せと言っております。事前にお約束いただかないとと申しましても騒ぐ一方で……フレディさんが、見たことがある気がすると」

 呼びにきたということは、止められないくらい騒いでいるということだ。

「仕方がない。入り口の部屋でいいか?」

 複数にある応接室のうち、一番玄関に近いところを選択した。アランとしては、屋敷の奥までは入れたくないということだろう。





 部屋に入る前に中を伺うと、アランはその女性に見覚えがあるらしい。誰か思い出せなかったのだが、高貴な身分だったはずだと言う。カミラに急いでお茶を用意するよう伝えた。

 お茶を出す可能性を考え、来訪者があった時点で用意し始めていたものを厨房から運んできた。


 アランの後について、セレーナも侍女として部屋にはいる。口にするものには、こっそりと検査の魔法を掛ける手筈だ。

「ごきげんよう。マグダレーナと申します」

 約束も取り付けず突然訪問したうえに、ヒステリックに騒ぎ立てたことなど忘れてしまったのだろうか。

 も当たり前のように胸を張って名乗る。

 派手な色のドレスは見事な作りで、使っている材料も一級品だ。ただ、セレーナは、デザインが古く、歳に合っていないように感じた。

「エリントン商会のアランと申します」

 アランは椅子を勧めてから自分も腰を掛けた。カミラと共にお茶を出したセレーナは、アランの後方、壁沿いに待機する。

 アランは庶民として名乗ることを選択したようだ。元貴族としての『アラン・エリントン』ではなく、会社名である『エリントン商会』を使った。

「あら?エリントン家当主のアラン様。本日はお願いがあって参りましたの」

 マグダレーナの方は、元貴族としてのアランと話しに来たようである。

 アランは、肩に力が入った。警戒したのだろう。

「用件を伺いましょう」

「エリントン家は、エリントン領地を取り戻したいとお思いになりませんか?」

「領地?……ですか?元領民は、今でも良きパートナーです。取引相手として、良くさせてもらっていますよ」

 貴族として領地を管理しているときから、エリントン家は領民に信頼されていた。

 どのようにすれば収穫量が上がるのかを一緒に考え、他の領地の事例も参考にし、効果のありそうなことは試していた。異常気象で全ての作物がダメにならないように種類を分散させて植え付けさせ、収穫量が落ちたときには対処法を考える。

 領民は税を納めても十分な食べ物が手に入り、余りを売ってお金を得ることができた。

 貴族制度が撤廃されたときに、今まで良くしてくれたエリントン家を支えようと心に誓った。自分達の作った農作物はエリントン商会に売ることに決めたのだ。

 今では商会の方がお金になる作物を紹介して作ってもらったり、農家の方から提案があったりと良き関係が続いていた。

「貴方は、自分の物を取り戻したいとお思いになりませんか?」

「自分の物ですか?何のことでしょう?」

 領地や領民のことだろうか?

 アランにとっては、確かに自分の持ち物ではなくなってしまったが、親戚が友人に変わった程度の変化である。

 アランは、マグダレーナの真意がわからず、とぼけることにした。

 マグダレーナが顔を赤くし、グゥっと拳に力が入る。

「何て呑気な!!貴方は貴族に戻りたいと思わないのですか!?」

 アランはマグダレーナが冷静になるくらい、じっくりと時間を置いてから口を開いた。

「そうですねぇ。今の立場も、捨てたものじゃないと思うのですよ」

 煮え切らない態度のアランに、マグダレーナが目を細めた。白くなるほど握りしめた拳はそのままに、グッと怒りを押し込めた低い声で、確認するように話す。

「貴方は、今、商売人でしたね。商売人は、損得で動くのでしょう?貴方の、得になるはずですよ。お宅のお嬢様を、王妃にいたしましょう。ですから、私に協力していただけませんか?」

 たしか、現在も王族として残っているのは、王と皇太子、それぞれの正妃だけだ。王妃にするためにはまだ生まれてもいない皇太子の息子の正妃となるしかない。

 いつ産まれるのかわからないお世継ぎの正妃にするには、歳が違いすぎる。


──まさか!今の王を退任させ、新しい王を立て、貴族社会を復活させるつもりか!?


 アランはこの危険な提案には乗るつもりがなかった。アランにとって、貴族に戻ることがそれほど重要なことではない。

 それに、今の社会に問題がないとは思わないものの、貴族社会の腐敗に比べれば、今の方が良いと思っていた。

「うちの娘は、物心ついたときには商売人の娘でしたから。家業を手伝う気満々でしてね」

 口調は優しいが、マグダレーナには鋭い目線が向けられていた。

「とんだ、腰抜けですね。まぁ、いいでしょう。そのうち、私の提案に乗ることでしょう」

 肩を怒らせて、マグダレーナが帰っていく。

「王妃とは、また大仰な……。あれは、側妃であった者だろう」

 話す雰囲気と内容で側妃だと思い出したものの、あまり表舞台に出てきたことはなく、何番目の妃で、何番目の王子を産んでいるかなどは、わからないそうだ。




 大きなため息をつき商会に戻っていったアランと入れ違いでウィルがやってきた。

「あら?ウィルさん?マーク様が心配しておりましたよ」

「マークか……あいつは……元気か?」

 いつもなら楽しげな話を流れるようにするのだが、様子がおかしい。

 青い双眸を濁らせて、なにか思い詰めている様子だ。

「えぇ。マーク様にも顔を見せてあげてください。ところで、今日はどうされたのですか」

「あぁ……。」

 長い沈黙が続いた。

「アラン様と話したかったのだが、何を言ったらいいのかわからない……。今日は帰るよ」

 トボトボと帰っていくウィルの背中を見ながら、セレーナは首をかしげる。

「変な方ですね?」



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