第6話 魔道具の調整

 工房で最終調整をしていた魔道具の試作品が出来上がった。エリントン家を通して売ることになるので、見せに来ている。

「アラン様。これが魔石を節約できる冷蔵の魔道具で、こちらが同じく節約できる光源の魔道具です」

 セレーナが、自分の節約のために作った魔道具を商品化したものだ。

 アランはしばらく試していた。

「冷蔵のほうは、普通のものと見た目に差がないな。このまま売り出せるだろう。光源のほうは、少し暗いな。何段か調節できるようにしてくれないか?」

「わかりました」

 冷蔵の魔道具は、見本として置いて帰ってきた。注文がはいったぶんだけ作ることになる。




 ハワード家に戻ると、光源の魔道具の調節方法について話し合った。

「調節ですか……明るいものと暗いものと二つくらいですかね」

 ディエゴが顎に手を当てて難しい顔をする。

「最低でも三つは欲しいと思いませんか?」

「あまり増やすと設定が複雑になってしまいますよ」

 『ツマミを1に合わせたら明るく、2に合わせたら少し明るく・・・』と複雑になってしまう。

「そこは、なんとかなると思うのです」

 セレーナはニコニコと楽しそうだ。

「どうするんですか?」

「スイッチをこうスライドするようにするのです。ここに合わせると、この命令だけに魔力を流すようにするのですよ」

 ツマミを1に合わせると、『明るく光る』の命令だけが働き、2に合わせると、『少し明るく光る』だけが働く。

「では、それぞれに魔力文字を組み込むのですね」

「そうです。それならば、一つずつはシンプルです。しかもどこかで不具合が起きても、他で明かりがつきます」

「簡単にやってみましょうか」

 ディエゴはサラサラと魔力文字を書き、少し暗めの光源を作り出した。明るさを見るための試作だ。

 普通の明るいものと、今回アランに見せた暗めのもの、そのちょうど間の明るさのものだ。

「好みがあるでしょうから、他の方にも見てもらいましょうか。旦那様はいらっしゃいますかね?」

 明るさだけでも、意見をもらおうと思ったのだ。

「そろそろ、マーク様がご帰宅なさるお時間じゃありませんか?」

 ディエゴの提案に嬉しそうに頬を緩めるセレーナ。

「では、マーク様に見てもらいましょう」

 セレーナは玄関に向かう。しばらく入り口を行ったり来たりとしていると、マークが帰宅した。

「あれ?セレーナ?どうしたんだ?」

 玄関で待っていてくれたセレーナの姿に、気持ちが高ぶった。新婚のようではないか。

「マーク様!お帰りなさいませ。お待ちしておりました」

 笑顔と共に、髪には赤いリボンが揺れている。

「セレーナ。つけてくれたのかい?」

 リボンに手を伸ばして、髪まで触りだした。

「マーク様?意見を伺いたいと思いまして、工房まで来ていただけませんか?」

「あぁ。どうしたんだい?」

 工房に向かう。その間、マークはセレーナの髪の上で揺れる赤いリボンを見つめていた。

 工房につくとディエゴが実演して見せる。薄暗くなってきたとはいえ、明るさの違いは分かり辛かった。

「明るさはどうでしょう?」

 それまでセレーナと光源の魔道具を見比べていたマークが、自分の頭を掻きながらディエゴに向かって言う。

「もうちょっと暗いものと、薄暗いものを追加できないか?」

 ディエゴは「ちょっと待って下さいね」と言いながらサラサラと魔力文字を書き直し、薄暗いものをつくる。

「暗いものが欲しいのですか?」

 セレーナが振り返り、マークを上目使いに見上げる。

「あぁ、寝るときにつけていても気にならないくらいのものがいいかなと思ってだな」

「あぁ!暗闇が怖い子もいますからね」

 「気がつかなかったわ」と嬉しそうなセレーナに、「そうだろ?」と微妙な笑顔のマーク。

 ディエゴは苦笑し、「暗くなってから調節しておきますので」と二人を工房から追い出した。

 



 マークが騎士の制服から着替えているうちにセレーナはお茶をいれた。

 使用人が夕飯のデザートを少し分けてくれるのもいつものことだ。準備ができた頃、マークがやってきた。

「セレーナ、最近毎日来ていないか?休みはとっているのか?」

 マークとしては、毎日会えるのは嬉しいものの、セレーナには無理はして欲しくなかった。それに、休みに出掛けたいという気持ちもある。

「それが、魔道具が出来上がるまではと思っていまして」

 セレーナは魔道具を売り出して、少しでも早く家の借金を返したかった。

「そうか。明日も来るのかい?」

「はい。明日は光源の魔道具のデザインを考えようと思っています。寝るときにつけることを想定していなかったので、ダイニングなどに置けるデザインしか考えていませんでした。寝室でしたら、ベッドサイドに置ける小さなものもいいですよね」

「そうだな。選べると嬉しいな」

 マークは何かを想像しているのか、楽しそうにしている。

「受注生産なのですから、希望を聞いてもいいですよね」

「俺の分も作ってくれないか?」

「もちろんです。マーク様は、暗闇が怖いのですか?」

「え?いや、怖くはないのだがな、調節できるって画期的だろ?」

 セレーナは、ベッドサイドに置いたときのことを考えた。

「暗さに慣れているときに急に明るくなると、目が眩みますよね。やっぱり薄暗いものは便利ですよね。それに、ベッドから手を伸ばして調節できた方がいいですよね」

「ベッドに入ってから消せるのはいいな」

 セレーナには、デザインのイメージが固まってきた。

 しばらく考え込むセレーナを見ていたのだが、セレーナは集中すると時間を忘れる癖がある。

 お茶を飲み終わったタイミングで席を立つように促し、話題を変えた。

「セレーナ、休みがあえば一緒に出掛けたいのだが」

「マーク様はお休みはいつでしょうか?」

「2日後だが、まだセレーナは忙しそうだな。その次の休みには出掛けよう」

 どこにいったらセレーナの笑顔が見られるだろうかと、マークは想像し始めた。

 あまり店などに詳しくないマークは思う。

──こんなとき、ウィルに聞けたらいいのだが……。あいつは今、何をしているのだろうか。

 

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