第5話 秘密の治療院2
「チクッとしますよ」
セレーナは三回目で言うのをやめた。
うつ伏せになっているギルバートからは規則正しい寝息が聞こえている。
「この状況でよく寝られるな」と感心していたダリウスが、感心を通り越して呆れてしまっている。
セレーナとしては、多少針を刺しても起きないのであれば、傷口を少なくするように気を使う必要はない。
小さな傷は後で治せばいいのだから。
呪い文字がたくさん重なるところに針を刺したままにし、針の側面を伝うように魔力を送り込む。呪い文字に馴染ませると、針を引き抜くのに合わせて、呪い文字を取り出した。
この方法なら複数の呪い文字が取り出せて、効率的だ。
しかも次の場所にはまた針を刺せばいい。
取り出した呪い文字を専用の魔石に吸収させていくと、うっすら輝く魔石は、色を失っていく。ついに濁った灰色になると、おしまいである。大きな魔石が2つと、小さな魔石が3つ色を失ったところでギルバートの呪いは全て取り除かれた。
セレーナは集中しすぎで、目がチカチカしていた。まばたきを繰り返していると、マークが呼ぶ。
「セレーナ、少し休憩してから帰ったらいいよ。こっちでお茶でもどうだい?」
「あら?マーク様。いただきますわ」
ギルバートに視線を移すと、ダリウスが笑った。
「私が起こしておくよ。今日は盛り上がって、夜更けまで飲んで泊まっていくというシナリオだよ」
ダリウスは実際には、ギルバートを起こして夕飯を食べさせ、支払いについて話し合うのだろう。使った魔石の個数によって料金を決めると言っていた。
ギルバートに支払能力があるといいのだが。
セレーナがマークについていくと、既にお茶が用意されていた。
昨日、カップを用意するのも大変そうだったマークが、ここまで用意してくれたことに驚き嬉しかった。
「マーク様、いい香りですね」
どこかで買って来たのだろうか。見たことのない真っ赤なケーキも皿に乗っている。
ケーキに釘付けになっているセレーナの手を引きソファーに座らせる。
「どうぞ。召し上がれ」
セレーナはフォークを押し当て、一口大を掬って口に運ぶ。
甘酸っぱいベリーが口一杯に広がった。
「とても美味しいわ」
「前にウィルがおすすめしていた店なんだがな、思い出していってみたんだ。おすすめするからには家が近いかもしれないと思ってな。まぁ、そんなに都合よく会えるわけないんだがな。ウィルは、騎士団長に気に入られたらしい。何人かに探りをいれたらそう言われたよ」
「騎士団長ですか?出世ですかね?」
「そうかもしれないな。ウィルが出世してくれれば、俺もやりやすい」
セレーナは残りのケーキを口に含み甘酸っぱさを堪能する。両手でカップをもってお茶の香りを楽しんでいると、マークが立ち上がった。
「セレーナ。プレゼントがあるんだけど、受け取ってくれるかい?」
「プレゼントですか?」
「あぁ。これなんだが」
そう言いながら取り出したのは赤いリボンの髪飾りだった。
「まぁ!」
櫛の部分は木製で、そんなに高いものではないだろう。ただ、その方がセレーナにとってはありがたかった。
あまり高いプレゼントは、お返しのできないセレーナにとっては気を使ってしまう。
マークはそこまで考えて選んだわけではない。ただ、いいものは婚約のときにとっておこうと思ったのだ。
「簡単なもので悪いんだけど、つけてくれるかな?」
「えぇ」
セレーナは頬を赤らめた。
マークは立ち上がり、セレーナの後ろにまわる。
髪に櫛部分を慣れない手付きで差し込んだ。
「ん~。こんな感じかな?」
「どうでしょうか?」
セレーナが頭を動かすと、リボンがヒラヒラと揺れた。
「う~ん。たぶんこれでいいと思うんだけど。セレーナはなんでも似合うけど、つける場所は……」
セレーナが髪飾りに触れ、しっかりと差し直した。
「これで、大丈夫です」
「すまない。慣れなくて」
大きな身体を小さくして謝った。その様子は、女性慣れしている男性より、印象がよかった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
マークを振り返り微笑む。マークは照れて、目線を逸らした。その目線の先には赤いリボンが。
そっとリボンに触れた。そのまま、愛おしそうに髪に触れる。髪を一房掬い上げ、そこに優しく口づけた。
婚約していない男女が触れあってはいけない。
そのまま触れられていたい気持ちと、ダメだと思う気持ちの間で揺れ動いた。
「あ、あの、マーク様?」
「あっ!セレーナ、送っていくよ」
髪から手を離し、赤くなったマークは、そっぽを向いてそう言った。
マークがいつも距離感に戻ったことを寂しく思いながらも、自分の今の状況を考える。
──私、今のままではマーク様の気持ちに答えられません
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