第4話 秘密の治療院
朝エリントン家に向かうと、奥様とお嬢様、使用人の体調を聞き取る。その後、商会の建物に向かい、アランと御子息のレオルドだ。
そろそろ、早朝から動いていた商会が一段落している頃だろう。
「アラン様。御加減お変わりございませんか?」
「あぁ、セレーナか。実は腰が痛くなってしまったんだ。ただ、忙しくてマッサージの時間を取れそうにないから、湿布薬を用意しておいてくれないか?それから、昨日のことだがな・・・」
騎士とともに毒キノコを買った店につくと、店主は気を失って地面に倒れていた。ジョージによると、キノコを売っていたのは、店主とは違う人だったらしい。まだ、これから調査は進むそうだ。
「わかりました。今日はハワード家で大きな仕事がございますので、早めに上がらせていただきますね。レオルド様は?」
「あぁ、こいつは恋煩いだ」
「父さん!変なこと言わないでくれよ!最近エマに会えていないなぁ~って言っただけだろ?」
レオルドの婚約者のエマは、外交官の娘である。
「エマ様はお忙しいのですか?」
レオルドとの仲は良かったはずだ。活発なレオルドが、エマを引っ張るかたちで交際が続いていた。
「最近忙しいらしいんだ。なんだか、あの・・・」
歯切れが悪い。
「何て言うか、その・・・」
「花嫁修行ってやつだろ?」
アランがニヤニヤと突っ込む。
「そうだけど、自分で言うのは恥ずかしいだろ?俺は、花嫁修行なんて必要ないと思うんだがな」
商家に嫁いでくるための勉強でもしているのだろうか。
「まぁ、そういうな。彼女の愛情がわかるだろ」
アランの言葉に、セレーナも相づちを打つ。
「そうですね。大好きな旦那様のお役に立ちたいと思うのが、普通なのではないでしょうか」
「また、気晴らしにお茶会でも開いてくれないか?お茶会の後に少しでも会えれば……」
「レオルド様。お茶会のついででよろしいのですか?レオルド様ご自身がお茶会にお誘いした方が良いのではないでしょうか?」
「そうはいっても、理由がなぁ~」
ぐずぐずいう息子に呆れて、アランは仕事に戻ってしまった。
「『庭の花が綺麗』でも、『気晴らし』でも何でもよいではありませんか。プレゼントでも用意いたしますか?」
「プレゼントか?いいものがあるか?」
「そうですね~。例えば、レオルド様が素敵だと思う瓶を購入してきてくだされば、リフレッシュできる香りの精油をお作りいたしますよ」
「母さんが使っているようなものか?」
「そうです。フレイヤ様にはリラックスできる香りでお作りしています。エマ様には、疲れたときに少し気分転換ができるような香りはいかがですか?」
「そうだな。まずは瓶を探せばいいんだな」
「はい。瓶が準備できましたら、すぐにお作りいたしますので言ってくださいね」
アランは様子を伺っていたのだろう。話がまとまったところでレオルドに仕事に戻るように伝えた。
「湿布薬はフレディさんに渡しておきますね。それでは、失礼いたします」
薬草の保存してある部屋に戻ると、アルロに検査の魔法を教えながら、湿布薬と痛み止などの常備薬を調合し、1回分ずつ薬包紙に包んでおいた。最低限の常備薬を用意すると、湿布薬を執事のフレディに渡し、昼前にはエリントン家を後にした。
ハワード家につくと、ダリウスと今日の打ち合わせを始める。
今日来る予定のギルバートはダリウスの部下だった者だ。ダリウスが呪いを受けたとき、一緒に呪われた。
ダリウスが騎士団長をしているときに、あちこちで魔物が村を襲った。ダリウスは指揮を取り団員を派遣したが、国内各地に魔物が出没し、人手が足りなくなる。団長自ら出陣するなど本来あってはならないのだが、それをしなければならないほどに事態は逼迫していた。
討伐を終えたら、すぐに指揮に戻るつもりであった。
そこで、国内にはいないはずの魔物が現れたのだ。ブラックウルフだ。
ブラックウルフは国の北端よりも、さらに北の山地でうまれる魔物だ。
なぜ、そこにいたのかはわからない。
ダリウスが自分も怪我を負いながら倒したのだが、そのときに呪いを受けてしまった。それから呪いを取り除くことができずに、命が危ないところまで弱ってしまっていたのだ。
ブラックウルフがいた理由など、調査はできていない。ダリウスを狙い放たれた可能性もある。
セレーナが呪いを取り除けることが世間に知られるのは、セレーナの身を危険にさらす。そのため呪いの治療事態、秘密裏に行う予定だ。
「夕飯には少し早い時間に来訪予定だ。今日できるだけ呪いを除去して、残ったものは次の機会だな」
「旦那様と同じ呪いなのですよね。時間が経つと複製されてしまうのではないでしょうか?それに、旦那様と同じような状態の方が夕飯を食べに来るというのは不自然ではありませんか?」
出会ったときダリウスは寝たきりで、食も細くなっていた。「ギルバートは、私より症状の進行が遅いようなんだ。起きたばかりなどの体調の良いときには歩けるし、食事は普通にとれる。あの呪いが吸収しているのは魔力だったのだと思う。吸収した魔力を使って複製していたんだろうな。うちは魔力の多い家系で、私も例外ではないのだよ。ギルバートは、騎士の中では普通だったな」
セレーナが呪い除去に挑んでいるときに、『吸収』と『複製』という文字は読み取ることができた。だから、何かを吸収し、複製していることは確実であろう。
呪いとは特殊な魔力文字で書き込まれた人体に害をなすものだ。魔道具も魔力文字で命令を与え動きを制御している。
魔道具の魔力文字であれば読み解くことができるセレーナでも、呪いの魔力文字の大部分は読み取ることができなかった。
「では、万が一、今日全て取り除かれなくても、複製スピードが遅いので、次の機会でも命に別状はないと」
そう確認しながらもセレーナは、できる限り取り除いてしまおうと思っていた。
「そういうことだ。呪いの除去はこの部屋で。私も立ち会おう」
魔道具工房に顔を出し、魔道具師のディエゴと話していると、ギルバートはディナーというよりはお茶に招待されたのかと思うような時間にやってきた。
ダリウスがギルバートに苦言を呈する。
「お前、いくらなんでも早すぎるぞ」
「団長~。5年も悩まされたんです。居ても立っても居られなくて」
延びた髪を後ろで束ねたギルバートは、顔色が悪い。
「それにしてもだなぁ~」
「それに馬車とはいえ、体調の良いときに来たかったので。ディナーの前に商談でもしていたことにしてくださいよ~」
そういうギルバートは、杖にもたれ掛かっていた。
「まぁ。ちょっと待っていてくれよ。セレーナを呼んでくる」
セレーナは、工房でディエゴと新作の魔道具の確認をしていた。
そこに使用人が呼びに来る。
「セレーナさん。ギルバート様が到着しました」
「あら?そんな時間?すぐに向かうわ」
急いで応接室に向かう。
途中でダリウスと合流して部屋に入ると、ソファーに身を預けるように座るギルバートがいた。
ダリウスが紹介してくれ、お互い挨拶をする。その間もギルバートは背もたれから身体を起こすことはなかった。
「それでは、ブラックウルフに噛みつかれた場所を見せていただけますか」
ギルバートが右足の裾をめくると、ふくらはぎが真っ黒になっていた。
「うつ伏せ?がよろしいですかね?」
ダリウスがクッションを用意し、うつ伏せに寝やすいようにソファーを整える。そこにギルバートを寝かした。
「ちょ、ちょっと、待って下さい!どうするんですか?」
「ちょっとチクッとします」
針を見せながらセレーナが言うと、ギルバートはさらに慌てた。
「いや、いや、もうちょっと説明して下さい!」
ダリウスは面白そうに笑っている。
「皮膚に少しだけ傷をつけさせてください。そこから私が魔力を流し込み呪いの魔力文字に馴染ませます。針の先に引っ掻けて取り出しますのでこの魔石を使って吸収します。針でつけた傷は後ほど治療いたしますので、ご心配なく」
「へ?」
目を丸くしたまま、固まってしまった。
「ははは。セレーナじゃなくてはできないよ」
「とりあえず、団長が元気なんですから信じます」
「もう団長じゃないんだがな。セレーナ、頼むよ」
「はい。それでは、チクッとしますよ」
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