第3話 父からの貰い物

 エリントン家を後にすると、セレーナはレストラン街に向かった。

 昼は過ぎ、客はまばら。有名なレストランの裏手に回ると、ランチの片付けとディナーの仕込みに従業員たちの喧騒が聞こえてきた。

 セレーナは忙しい時間にきてしまったことを申し訳なく思うが、なるべく早くきた方がいいと思ったのだ。意を決して、裏口のドアをノックした。

「はい?どなたでしょう?」

 出てきた男は、セレーナを見ていぶかしむ。

「オーナーはいらっしゃいますか?セレーナといっていただければわかると思います」

「オーナーなら、表から入って聞いてください」

 男は喧騒のなかに戻り、音を立てて扉が閉まった。


 表に回ると、裏の喧騒が想像できないくらい落ち着いた雰囲気が立ち込めている。

「オーナーはいらっしゃいますか?」

 入り口から声をかけた。

 出てきた男は、大変見覚えのある男だった。少し太っただろうか?

「セレーナじゃないか~。どうしたんだい?今は、営業時間外だよ」

──これ以上に忙しい営業中には来れないわよ。相変わらずね、お父様ったら

「オーナーは、いるかしら?」

「カルトスさんか~。ちょっとこっちに来てくれよ」

 父の後について行く。扉をノックしたと思ったら、返事が聞こえるかどうかのタイミングで扉を空けた。

──お父様ったら、もう少し落ち着いて欲しいものだわ

「失礼いたします。お忙しいときに申し訳ございません。どうしても伝えておきたいことがございまして」

「あぁ、セレーナか。こっちに掛けなさい」

 カルトスが快く迎え入れてくれたので、向かいのソファーに腰を下ろす。父であるセドリックは護衛のようにカルトスの後ろに立った。

 セレーナが、その様子を凝視しているとカルトスが笑った。

「まぁ、気になるかもしれんが、今はそういうもんだと思ってくれ。それで、どうしたんだい?結婚でも決まったか?」

「へぇ??セレーナが結婚!?まだ子供なんだぞ!」

「お父様!わたくし、成人いたしました!」

「え?でも、だなぁ~」

 カルトスに目線を戻すと、面白そうに口角をあげていた。

「まずは、これを」

 父の友人ということで残りの借金を肩代わりしてくれたカルトスに、少しずつ返済しているのだ。さらに父を雇ってくれているのだから、彼には感謝しかない。

「それから、最近毒を使った事件が起きています。それに貴族派が関わっている可能性があります。カルトスさんのお知り合いの方にも、注意を促していただけますか」

 元が平民の商売人達は、人民派だ。特にカルトスはレストラン経営者である。自分や従業員が毒を口にしてしまう以外にも、客に毒が盛られてしまう危険性もあった。万が一、客が毒で死んでしまったときには、営業ができなくなるばかりか、罪に問われてしまうかもしれないのだ。

「毒か。厄介だな……」

「検査の魔法で、全て調べてもらうしかないかと思います。検査の魔法を使える従業員はいらっしゃいますか?」

「何人かはできるが、足りないな。急いで研修するとしよう。大事な情報、ありがとう。セレーナも気を付けて」

 席を立とうとすると、セドリックが声をあげた。

「あぁ!!セレーナにはこれをあげるよ。それから、借金のことは気にしなくていいんだよ。お父さんにどーんと任せて、セレーナは自分の人生を楽しむんだよ」

 小さな柑橘系の果物を手渡してきた。

──商品だろうか?

 借金についての話は、聞かなかったことにする。セレーナは父に返せると思っていなかった。

「これは、どうしたの?」

 問いかけると、嬉しそうに、さらには自慢そうに説明してくれた。

「この道を出て、左に行ったところで配っていたんだ」

「お父様!話を聞いていましたか?貰い食いは禁止です」

「話を聞く前にもらってきたんだから、しょうがないじゃないか~」

 事前にもらったものだとしても、毒の話が出た後で人にあげるだろうか。

 セレーナは、用心深く検査の魔法を掛けてから受け取った。

「次からは、もらってきてはダメですよ」

「う~ん。でもぉ~」

 ため息をつくセレーナに、カルトスが「気を付けておくよ」と声をかけた。





 ハワード家につくと、まずは雇い主であるダリウスに、今日あったことを報告した。

「私は検査の魔法が使えるよ。それを考えるとセレーナさんの道中の方が危険じゃないかね」

「私、魔法が得意ですので、時間稼ぎくらいならできると思います。ふふふ」

 クルクル~っと指を回すと、小さな氷の粒ができキラキラ光った。セレーナはそれを消して、安心させるように笑った。

「それでも、なるべく息子に送ってもらうんだよ」

 マークは、家にいるときは必ず送ってくれた。

 今は仕事で留守にしているが、夕方に帰ってくることが多い。

 セレーナは、今日も顔を見れるのを楽しみにしていた。

「セレーナに、秘密の仕事が来たよ。呪いの除去を頼みたいんだ」

 ダリウス自身も呪いに苦しんだ過去がある。セレーナが治療したことが縁となり、ハワード家で働くことになったといっても過言ではなかった。

「いつでしょうか?」

「明日の夕方、ディナーのためにうちに来るというていだ。貴族派の動きが活発になっているから、迅速に尚且つ秘かに行いたい」

「わかりました。そのように準備しておきます」

 その後、魔道具工房に顔を出してから、呪いの除去に使う魔石を準備し始めた。




「セレーナ、もう遅いよ。送っていくよ」

 顔をあげると、辺りは暗くなりはじめていた。

──しまったわ。私ったら、いつもいつも時間を忘れて・・・

「マーク様。実はアラン様のところで事件がありまして、お伝えしたいのですが」

「じゃあ、お茶を用意しよう」

「あぁ!わたくしが!」

「セレーナは片付けておいて。厨房に行って、必要なものを取ってくるくらい、俺でもできるよ」

 片付けといっても、魔石しかなかったので、すぐに終わってしまう。部屋で一人で待っているのも手持ち無沙汰で、厨房に向かう。

 厨房を覗くと、夕飯の支度をする使用人のとなりで、モタモタとカップを用意するマークの姿があった。

 マークは背も高くガッチリしているので、厨房のなかで場所を取っている。使用人は生ぬるい視線を向けていた。

「あ、あの!」

「うわぁ!!セレーナか?」

 大きい体で、文字通り跳び跳ねて驚いた。

「お手伝いしてもよろしいですか?」

「あぁ、頼む」

 カップなどはマークが支度してくれていたので、後はポットだけだ。水をいれてお盆にのせると、使用人がそっと小さなケーキをお盆にのせてくれた。

 お礼を言い、フォークを準備する。お盆はマークに持ってもらい、ソファーのある部屋に移動した。

「セレーナ?お湯じゃなくてもお茶は入れられるのかい?」

 お湯を沸かしてこなかったから、疑問に思ったようだ。

「夕飯の準備中で熱源の魔道具が使われていましたから、自分で温めようと思ったのです」

「あぁ~、セレーナの特技だな!」

「えっ!特技ですか!?絶対にマーク様でしたらできると思うんですが」

 水を加熱の魔法でお湯にし、お茶をいれる。その間、マークはセレーナの横顔を眺めていた。下を向く度にサラサラと栗色の髪がこぼれ落ちる。楽しそうにお茶をいれる姿を眺めているだけで、幸せに感じた。

 ハワード家は、ダリウスの呪いを解くためにお金が必要だった。ダリウスの友人であるアランが貸してくれているのだが、せめて借金を返す目処がつくまでは、セレーナと婚約することはできないと思っている。セレーナのほうも父の借金があるので、同じ状況だ。


 ケーキを食べながらお茶を飲み、落ち着いたところで話し始めた。エリントン家のキノコのなかに毒キノコが混ざっていたこと、サンチェスト家で死人が出ていることなどを話す。

「最近、騎士団のなかもバタバタしていて、そういうことだったのか。なぜか俺は、見回りとかで外に出されていたんだ。まえはウィルと組まされていたのに、最近会っていないのも気になっているんだがな」

 セレーナはウィルとは毒飴事件のときに出会った。マークに言わせると、「息を吸うように女を口説く」らしいのだが、そんなに悪い人ではないように感じていた。

──顔を見るとデートに誘われていたけれど、マークと仲良くなってからは一定以上の距離を詰めようとはしないのよね

「マーク様を遠ざけているのは、何故でしょう?それにウィルさんの姿が見えないことも気になりますね」

 マークはカップを横に寄せて、「送っていくよ」というとセレーナの手を取った。歩きながら続きを話す。

「俺の方は、派閥のせいだろ?今、狙われているのは貴族派が目の敵にしている家だからな。うちだって狙われたっておかしくない。ウィルは気になるが、今すぐには難しいな。あいつは秘密主義でな、家の場所も知らないんだ」

 ハワード家は表だって人民派を支持した家である。セレーナは不安になった。

「マーク様は、検査の魔法はできますか?」

「魔法は発動できるが、少量であれば食べられるものを全部覚えていないんだ」

 食べすぎると良くないものは意外と多い。

「いつも食べるものだけ覚えておけば、問題ないですよね」

「確かに、そうか。口にするものは、毎回検査の魔法か……面倒だな」

「そうですね。でも、マーク様に何かあったら、わたくしどうしていいか……わかりません……」

 伏せられた長い睫毛が、小刻みに震えている。

「そうだな。気を付けよう」

 マークは、セレーナとは逆の方向に顔を向け、緩んでしまう顔を隠した。

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