第2話 飛び込んできた悪意
オリバーに嫌みを言われ、アルロは不機嫌になってしまった。
「僕、外に買い物に行くときには、着替えた方がいいですかね?」
そう言うアルロを慰めながら、エリントン家の一室に買ってきた薬草を広げる。
作業台に上に種類ごとまとめて置かれた薬草を見ていたら、沈んだ気分も晴れていく。
「こう見ると、圧巻ですね~」
アルロは「圧巻」と口ではいいながら、うんざりした顔だ。
「精油にする分は、蒸留します。これに詰めてください」
蒸留器を組み立てながらセレーナが指示をする。
学校の実習で使ったものだ。たかが実習といっても、セレーナの通った高等学院は、国内トップの学校だ。実習で使う器具も最高級品とまではいかなくとも十分良いものであった。
「魔法は使わないんですか?」
「精油を作るには、魔法よりも蒸留の方がいいですよ。優しい香りになるんです」
そう言いながらも、慣れた手付きで組み立て終わる。
蒸留を始めると、いい香りが充満し始めた。
蒸留している間に、薬にする薬草を整理し始めた。古くなってしまった薬草を捨て、新しいものを瓶に入れ、名前をつける。セレーナが魔法で水分を飛ばし乾燥させ、棚に仕舞っていった。
途中で中身を入れ変えさらに蒸留していると、奥さまであるフレイヤが部屋に入ってきた。
「いい匂いね~。こんな風に作るのね」
じっくり観察している。
「たくさん作るのは大変ね~。売ったらいい値段になるのかしら?」
さすがは大商会の奥さまだ。商品になりそうなものには目敏い。
「旦那さまの取引先で栽培しているところはありますか?収穫してすぐに作ったものは、また格別ですよ。精油そのままでもいいですが、肌につけても大丈夫なものでしたら、化粧品にしたり美容液にしたりと色々なものに使えます」
「提案してみようかしら」
「商品になれば、私も嬉しいです」
蒸留も終わり、精油と水部分を分ける。
フレイヤに精油の小瓶を渡した。
「いつもの場所で保存をお願いします」
「えぇ、セレーナ、ありがとう」
フレイヤは嬉しそうに目を細めた。小瓶を大事そうに両手で持、ち自分の部屋に向かった。
分離した水のほうを持って、執事のフレディを探すため厨房に向かう。フレディであれば、お風呂の香り付けなど使い道があると思ったのだ。
「僕一人でやるより早く終わりましたね。でも、セレーナさん、時間は大丈夫ですか?」
いつもであれば、ハワード家に移動する時間を過ぎていた。
「遅くなると伝えてあるんで、大丈夫ですよ」
エリントン家の当主であるアランと、ハワード家の前当主ダリウスは古くからの友人であった。だから、遅くなることも快く了承してくれたのだ。
「フレディさんは、どこにいるかわかりますか?」
厨房でコックのディランに聞くと、もうすぐ戻ってくると言う。しばらく待っていると、御用聞きのジョージが野菜などを持ってやってきた。
「ご注文の品です。揃っているか確認してください」
「食料品だけ先に確認してもいいですか?その他は、もうすぐフレディさんが戻ってくるんで、それからお願いします」
ディランはジョージに水を出し、椅子を進めると、品物を確認し始めた。
セレーナは、たくさんのキノコに目が止まった。あまり見たことのないものがたくさんある。エリントン家の仕入れだから、珍しいキノコも多いのだろうと思いながらも、気になったので検査の魔法をかける。
・・・・!!
「あの!!これ!!毒キノコです!」
「え?どれ???」
ジョージは昔の失敗を思い出したらしい。焦って勢いよく駆け寄ってきた。
前にジョージが持ってきたもので、執事のフレディが倒れたことがある。貰った飴に毒が含まれているのを知らず、エリントン家に渡してしまったためだ。
「混ざっています。これと、これと・・・」
セレーナは検査の魔法を使いながら毒キノコを仕分けていった。仕入れてきたキノコのうち1割ほどが毒キノコだった。
「はぁ……安かったんで違う店で買ったんです。この前みたいに貰ったものじゃないのに……」
「ジョージさんが故意でないのは、わかっていますよ。旦那様に報告しましょう」
アルロが走って、呼びに行った。
アランとともにフレディも厨房に到着する。
アランは落ち着いた声で尋ねた。
「ジョージ、どんな経緯でこの毒キノコを買わされたんだ?」
「あぁ、旦那様!信じていただけるのですね!」
「あぁ、先に話してくれ。それから騎士団に報告しよう」
毒飴事件のときには、拘束されそうになって一騒動だったのだ。
「いつもの店に向かう途中で、安いよ!って声をかけられたんです。キノコを買う予定だったので、値段を確認すると確かに安いんです。ただ、激安ってほどではなくて、……だから、安すぎて不安になるってことはありませんでした。珍しいキノコですね?って聞くと、採れる場所によって色が違うことがあると言う説明でした」
「うちを狙っていたのか?ジョージ以外に声をかけられている人はいなかったのか?」
「・・・!!いなかったです。たくさん歩いていたのに」
「ん~、うちが狙われた可能性は高いかもしれないな。実は昨日、サンチェスト家でも毒騒ぎがあって、味見をしたコックが一人死亡したそうだ」
死人が出たことに、ジョージだけではなくその場にいた全員が顔を青くした。
「お、俺!いつもの店でしか買わないようにします」
「ジョージはうちに気を使って安く購入できるようにしてくれたんだろ?少し気を付けてくれればいいさ。検査官を一人雇うべきだろうか?」
アルロが、絞り出すように言う。
「僕に検査の魔法は使えますか?」
聞かれたセレーナは、しっかり頷く。
「魔力量は問題ありません。知識がかなり必要ですが、薬草の知識もあるので、他の人よりは適任だと思います」
「薬草の知識がどう関わってくるのでしょうか?」
アルロだけではなく、皆が疑問を感じているようだ。
「薬草は、たくさん食べると体調を崩すものもあります。薬草に検査の魔法をかけると、うっすら毒があると出てしまいます。猛毒の場合はわかりやすいですが、少量であれば薬となるものは覚える必要がありますね」
「アルロが覚えてくれるなら助かるな。よくわからなければ次の日までとっておいて、セレーナさんに見てもらえばいいんだろ?それぐらいなら何とかなると思うぞ。ちょっと体調が悪くなるくらいの毒なら、万が一口にしてしまっても取り返しはつくだろうし」
ディランがアルロの背中をバシバシ叩きながら「気負わず頑張れや」と励ましている。
アルロは覚悟が決まったようだ。今日の仕入れの分はセレーナが検査してしまったので、明日から練習することになった。
騎士団への報告にはアルロに行ってもらい、セレーナは応接室にいた。
「貴族派の動きが活発になっているが、直接狙ってくるとは思わなかったよ」
大きなため息混じりだ。
我が国、エルグランド王国は、15年ほど前に貴族制度を撤廃していた。腐敗しきった中枢は、ほとんどが平民の手で回っていて、税金を使い潰すだけの貴族を排除する動きがあった。それを支持し先導したのが王だったため、王族は残っている。ただ、数を減らし、王と王太子を残して縮小したのだ。
未だに貴族に権力を戻そうとしているものを貴族派、今の制度を支持しているものを人民派と呼ぶ。
「貴族派ですか……」
貴族出身でないセレーナにとっては、貴族派とは縁遠いものであった。
「あぁ、うちは15年前は中立だったんだが、貴族派に味方しなかったということで反感を買っているのだろう。サンチェスト家は人民派だったんだ。そのあと潰れる貴族家が多かったのに、サンチェスト家もうちも、どちらかと言えば成功してしまったのも気に食わないのかもしれない」
「どちらかといえば」とアランは言うが、元貴族のなかでは完全に成功した家だろう。ただそれは、アランの誠実な人柄や人望のなせる技だと言うことをセレーナは知っていた。
「ハワード家は、人民派を表立って支持をして、王の盾となった家だ。今から行くつもりだろ?マークに注意を促しておいてくれ」
アランによると、マークの父ダリウスには、毒キノコのことを伝えておいてくれればそれで十分だと言う。王の盾となった本人なのだからと。
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