保健師も魔道具製作も!今日も楽しく働きます!

翠雨

第1話 薬草購入で知り合いに会う

『賢いヒロイン』コンテストで応募した『家が潰れてしまったので働きます。』の続きです。

ここから読んでも、わかるようにするつもりです。

よろしければ、応募作の方も読んでいただけたら、嬉しいです。






  ~・~・~・~・~・~・~・~




 空は晴れ渡り、心地よい風が吹き抜けていく。行き交う人々の顔には笑顔が溢れ、売り込みの声が活気よく響いていた。見慣れた町並みの中、セレーナは買い物籠を携え進む。

「セレーナさんが一緒に来てくれて、本当に助かりました」

「私も薬草の大量購入なんて始めての経験です。ワクワクします」

 勤め先であるエリントン家の使用人と共に、買い出しに来ていた。働き出してから始めての買い出しである。

 セレーナよりも大きな買い物籠を抱えているのは、コックをしているアルロだ。

 セレーナは、弾むような足取りで通りを進む。薬草専門店につくと、顔を輝かせて店内を覗き込んだ。乾燥させた薬草が大きな瓶に入り並んでいた。

「セレーナさん、入りましょう」

「えぇ。今日は何が必要なのでしょうか?」

「えっと、常備薬の入れ換えを考えています。実はセレーナさんが魔法で治療してくれるので、傷薬は大量に余ってしまったんです。他の常備薬も残りが多かったですね。量を加減するかわりに、セレーナさんに品質のいいものを選んでいただければと」

 店員が「うちは、品質の良いものを取り揃えています」と言いながら近づいてきた。

 セレーナは、過去の購入記録と使用量を見ながら悩む。高品質のものは保存にも気を使う。それを考えると、品質をあげるよりも種類を増やして効き目が上がるように調合した方が良さそうだ。

「では、これと、これと・・・」

「セレーナさん?」

 アルロは、一般的な品質の薬草を指差すセレーナに声をかける。

「使う分ずつ調合しておきますね。薬包紙もお願いします」

 それぞれの薬草の購入量は半分以下に減らし、種類を増やす。

──こんなに大量の薬草、楽しくなっちゃうわね


 ニコニコと楽しそうなセレーナとは対照的に、期待はずれの購入量に肩を落とした店主。セレーナが保健師として勤めるエリントン家は使用人も多くお得意様だったからだ。


「それから、奥さまが気に入っている精油のストックが欲しいそうです」

「それなら、それと、それと・・・試してみたいから、あれを少し頂いてもいいかしら?」

 今日の予算の管理はアルロだ。彼はすぐに許可をしてくれた。

「じゃあ、それでお願いします」

 初め購入量が少なく肩を落としていた店員は、追加の注文を聞き、機嫌よく商品を包んでくれた。




 重たいものはアルロが自分の籠に入れてくれた。セレーナは、自分の籠の中にある、香りのよい薬草に鼻を近付ける。

「うん!いい匂い。帰ったら保存用に整理をするんで、手伝ってくださいね」

「はい。もちろんです」

 今まで、薬草の整理と言えば気を使って大変な仕事だったが、セレーナがいるのだ。知識もあり、器用に魔法が使えるセレーナがいれば、これほど心強いことはない。




「あれ?セレーナじゃないか」

 急に声をかけられ声の主を探すと、緩いウェーブのかかった金髪を肩まで伸ばした男がいた。

 セレーナは、頭の中をひっくり返すようにして記憶を探る。なんとか学校で同じ講義を受けたことを思い出した。隣に座って話しかけられたこともある。

「お久しぶりです」

 たしか、名前は……

「オリバーだよ。急に卒業してしまうからビックリしたよ」

 父のやっている商会が思ったより早く潰れそうだったので、先生に掛け合い、特別にテストを受けさせて貰うなどして卒業したのだ。

 その後は、思った通り倒産してしまった商会の後処理をしたり、母が病死する前に貯めてくれた隠し財産で借金を返したりと忙しくしていた。ほとんどの借金を返すことができたが、残りを返すために働いているのだ。

「僕は、魔法省に就職が決まっているんだ。セレーナは、今、何をしているんだい?」

 アルロに鋭い視線を向けながら問う。

「働いています」

 セレーナは、うわべの笑顔で答えた。

「どこで、何をして、働いているんだい?」

 セレーナは少し考えてから答える。

「保健師や魔道具監修をしています」

 敢えて、働いている場所を伝えなかった。

 仕事をする上で人脈というのが重要だとはわかっている。

 ただ、もう一つの勤め先のハワード家当主であるマークの姿が頭に浮かんだ。

 マークとは、恋人とまではいえないものの、かなり親しくしている。

 マークとの関係を大切にしたいセレーナとしては、他の男性と仕事以外で親しくするつもりはなかった。

「君は昔から、突き詰めて考えるのが好きだったよね」

 オリバーは、愛おしそうにセレーナに微笑みかけた。


──貴方と親しかった覚えはないのだけれど、なぜ知っているのかしら


 その後、アルロを値踏みするように頭のてっぺんから足の先までジロジロと見る。

 セレーナと同じデザインの少し大きな籠、明らかに仕事着とわかる服装。アルロはコックという職業上汚れが目立たないよう茶色い服を着ていた。厨房に立つときはこれにエプロンをしているのだが、今の格好を見るだけでは薄汚く感じても仕方がないかもしれない。

「セレーナ、彼は同僚かい?働く場所は考えたほうがいいよ」

 この態度に、ムッとしたのはアルロだ。

 彼は誇りをもって仕事をしている。しかも、働いているエリントン家は、この首都でも有数の大商会を経営している大きな家だ。

「セレーナさんが働いているのは、エリントン家とハワード家ですよ」

 アルロは自分のことのように胸を張る。

 ハワード家も、今はお金に困っているものの、名の知れた家だ。

「へぇーそうかい。ふーん。」

 アルロの言葉は聞く気がないのか、他のことでも考えているのか。

「セレーナ。今度、食事に行かないかい?いつがいい?そうだなぁ~明日か、明後日は、空いているかい?」

──この流れで、仕事の話ってことはないわよね

「ちょっと忙しいので、ご遠慮しますわ」

 セレーナはニコリと笑ったが、薬草大量購入でウキウキしていた気分が、スーッと冷えてしまった。賑やかだった町の様子が急に音をなくしたようだ。

「では、やることがありますので、失礼いたします」

 背を向けて歩きだしたセレーナに、ネットリとした目線を向けながらオリバーは呟いた。

「セレーナは、家庭に入ればいいんだよ。もちろん僕の奥さんとしてね」

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