追懐
上田 右
第1話 声を聴いた
「銀、行くよっ!」
月が雲に隠れたとき小さな山越しに見える影に向かって走りだした。
おんっ。
銀色の獣が答えてくれる。十二でこの子に引き代として呼ばれた。
以来時々呼ばれる。
山の頂上に来たら全体が見えた、大きい、大きすぎる陽体。
「ここまで大きいと何を引き寄せるか分からないの、ごめんね」
陰体である聖獣や私たち祈祷師は直接介入できないけど受け継いだ術が有る。
-陰陽消長ー
呟いて陽氣を込めた石を懐で握る、手袋をはめていない右手で。
黒い影が物理に変わる、巨大な鉤爪が襲ってくる。
石を前に投げて急いで足袋を脱ぐ、向こうの理に染まるように。
「私の世界に準じた石よ、抗えないわよ」
私は素足で走り出す、足裏に何も感じない土も石も体重も。
銀が呼ぶから護符を投げてやる。
札を足場に陽体に向かって駆け上がる、無茶はシナイでよ?。
私の投げた山なりに飛ぶ石がメキメキ音を立てて鉤爪を押し返す。
「駄目!、銀っ」
銀が陽体に噛みついた、陰体の銀は正確には陽体の弱点だけどそれは相手も同じ。
直に攻撃すれば必ず両方が傷つく。
ぎゃうんっ、があああっ。
銀?。
銀の体から黒い石がぽろぽろ落ちてくる。
「銀ーーーーっ」
思いっきりジャンプする、二百メートルまでは試した!。
銀が噛みついている辺りに石を投げつける、千切れた場所が煙になって散らばる。
そのすきに巫女服の両袖を引きちぎる、フライング何とかだ。
両手に石を持って体当たりをする、下に降りた銀が悔しそうに見ている。
知ってたの?。
陽体は思いの外抵抗する、こんな事は一度もなかった、それでも上から徐々に霧散していくから大丈夫かな?。
あおおおおおおおぉぉぉんっ。
「やめてーーーーーっ!」
銀がど真ん中に食いついた、駄目だ駄目だ、だめぇ。急いで下に行きたいけど物理になった陽体に邪魔される。
其の時見えた紺色に光る異物。
呪体だあれは、人間が作ったのか、これを?。
いけない、呪ってはいけない、銀が呪体を咥えて出てきた、縮んだけど大丈夫そうだ。
「えええええいいいい」
胸もはだけて陽体に抱き着いてやった、無限の重量で押しつぶして星の陽氣になじませると幾らかの抵抗しかできなくなって消えていった。
失礼な話だ。
山の上に風が吹いたのか雲が流れていく。
座って異物を見ると明らかに電子機器だ、凹凸も何も特徴が無い大き目の金属で出来たサイコロ、中世レベルの此処に有って良い物じゃない。
くうーん。
顎を太ももに乗せてきた大型犬サイズの銀を撫でてやる、嬉しそうだけど注意はしないと。
「駄目だよ銀、あんたが弱ってもあいつらがのさばっても同じ事なんだからね」
くおんっ。
「そうかーやっぱり知ってたんだね」
おん。
「兄ちゃんが行方不明でさ私が核心地に行かなきゃいけないの」
ぐふぉ。
「世継ぎが大事だからねー、そんな感じ」
この世界と地球は見事にシンクロしている、自転んも公転も全く同じだからこそ繋がったのかも知れない。
わんっ。
「無理だよ呼ばれた場所には来れないでしょ?私のいる所と同じ位置にしかこれないの、千五百キロだよ?」
くーーーーん。
「無理しないの、ほら、もう目も開けれなくなってる、私をずっと置くのは無理よ」
うおん!。
急にびしりとお座りした、無理して。
優しく首周りを撫でたときに急に満月の光が差した。
「きれいだよ銀」
細めた目と綺麗に輝く体毛が霞んできた。
「アジサイの妖精がいる」
「何言ってるの?」
「本気なのになぁ」
「また禁忌に触れるわよ?」
「褒めるのもダメなのかい?」
「さあ」
毎日言ってくれたら良いのにと考えても心は正直だな。
ふと夜空を見た今日は満月あの日の様な。
「後ろで貴澄さんが困ってるわよ」
ごまかして息子が自転車で走って行った道を見る。
「すごいスピードで走って行ったな」
「あなたが鍛えたんでしょ?」
「心配じゃないのかい?」
「確信を持った顔をして助けに行った息子を?」
「そうか、そうだね」
「貴澄さんも家の方に入って待ってて下さい、私も晩御飯を作らないと」
そう言って家に向いたときに聞こえた確かに聞いた。
息子が上げた遠吠えを。
追懐 上田 右 @kanndayuu
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