マッチング・リザード【後編】

 アポなし――のつもりだったけれど、さすがに一報は入れた方がいいだろう。

 オオアゴ先生に電話するが……出なかった。仕事中でもすぐに出てくれるはずだけど……、少し待って折り返しを期待するが、それもなく……寝ている?


 それとも手が離せない用事があったのだろうか。


「仕方ない、合鍵はあるし、中で待っていましょうか」


 初めての顔合わせの時、岸と共に中に入ったことがある。独身らしい……、なので一人暮らしだ。一人にしては広い部屋だったのを覚えている。家具が多いわけでもなければ、内装にこだわりがあったわけでもなさそうで――余るお金をできるだけ使いたかったから、かもしれない。


 毎日が原稿作業なら、お金を使うタイミングもないし……、だから高い家賃で減らしているのか? 贅沢な使い方である。


(自炊もしていなかったわよね……出前だったり、コンビニ弁当だったり……)


 タチバナも得意ではないが、それでも彼よりはできる……と思う。

 先生のキッチンよりは、使っている自負がある。


(もしも、打ち解けてくれれば……、ご飯を作ってあげるのも担当編集の役目よね)


 そんなことはない、と岸なら言ったかもしれないが。

 ……それでモチベーションが上がるなら、作家には必要なことだろう。


 マンションのインターホンを押す。やはり出ない……ので、合鍵で中へ。


 上層階。先生の部屋の扉の前で、もう一度インターホンを押すけれど、やはり出てはくれなかった。――外出中? 今更だけど、勝手に入っていいのだろうか……、いくら担当編集とは言え、合鍵を持っているとは言え、勝手に部屋に上がられるのは嫌なのでは……?


 これで嫌われたらどうしよう……、と不安になったが、言い訳を考えている間にある可能性に思い至る。……音信不通を心配して、様子を見にきた――用事があって手が離せない、外出中、もしくは気づかないほど深く眠っている、と予想していたが、可能性としては『倒れて意識不明』になっている、もあるのだ……。


 無意識に避けていた可能性だった……? あってほしくないから除外していたとすれば――虫の知らせとも言えた。タチバナは急いで鍵を開け、部屋の中へ。


「オオアゴ先生!」


 原稿を書いている途中だったのだろう……、椅子から落ちて倒れている先生が見えた。


「先生!!」


 リザードマンの皮膚感は、やはりタチバナとは違う。それはそうなのだが……、違う種族を前にして、タチバナは少しだけ身構えてしまった。相手は倒れて意識もないと言うのに――。


(違う! 怯えるのは、違うでしょ、あたし!!)


 自身と同じくらいの体格のリザードマン(リザードマンにしては小さい方だろうか)を抱え、上体を起こす……すると、被っていたフードが取れる。

 同時に、ぽろぽろと落ちるのは、青色の剥がれた皮膚だ。

 脱皮、している……? そして脱皮直後の肌は、タチバナと似たような肌色で……。

 そして、剥がれた皮膚は、顔にもある。リザードマンの特徴が消え、見えてきたのは――エルフや天使族のような、人の顔だ。


 リザードマンや狼男などの、獣感は一切なくなって――


「……え?」


 見えたその顔は知った顔だった。


 つい先日、確認したばかり。

 同時に蘇ってくる記憶――。


 面影がある。

 どころか、まったく同じではないかと思ってしまう。


 リザードマンの、オオアゴ先生は……、

 同窓会には参加していなかった、タチバナが知る旧友――。



「オカモトくん……?」


 〇

 

 倒れた先生をベッドに寝かせる。

 やがて、安静になったことで、意識を取り戻したオオアゴ先生が、目を開ける。


「………………ここは、」

「おはようございます、オオアゴ先生」

「…………え」


「それともオカモトくん、と呼んだ方がいい? ――久しぶり、中学ぶりだね」


 オオアゴ先生……もとい、オカモトが飛び跳ねた。

 だが、高熱が出ているため、すぐにふら、と意識が飛び、枕に再び頭を埋めた。


「ご、ごめん、急にびっくりしたよねっ、あたし、部屋の外に――」


 腰を上げたタチバナの袖を掴むのは、オカモトだ。


「……いい、傍に。安心、するから……」

「……うん、分かった」


 再び腰を下ろすタチバナを見て、安心したのか……オカモトはすぐに眠りに落ちた。


「…………」


 リザードマンの脱皮……、

 脱皮したからと言って、中からヒューマンのような顔が出てくるか?

 しかも、タチバナが知る、中学時代のオカモトの顔が――。


 成長もしていないのは、どういうことだろう?




『オオアゴ先生はヒューマンとリザードマンの混血ハーフだ。リザードマンの血を色濃く受け継いでいるが、一部はヒューマンだからな……、限定的な場面でヒューマンの顔を出す。成長していないのは……、脱皮したばかりの肌は若いってことじゃないか? 俺も、詳しく知っているわけじゃないからなぁ……』


 助けを求めるように上司の岸へ電話すると、オオアゴ先生の細かいプロフィールを教えてくれた。教えられない個人情報もあったが、これ以上を知ろうとは思わない。

 他人の空似ではなく、中学時代、弟のように甲斐甲斐しく(?)お世話をしていたオカモトであることは確かだった――中学卒業と共に疎遠になっていたが、まあ普通のことだろう。


 異性だ。進学した学校が違えば、連絡を取り合うことは稀だ。

 創作の中では、関係性が繋がっていることが多いけど……ここは現実である。

 あの時のタチバナとオカモトは、連絡先すら交換をしていなかったのだから。


(席が近かったから、顔を合わせることが多かったから……ただそれだけの関係だったから――強く縁が結ばれることはなかったのかもね……)


 だから今日まで再会できなかった。


 いや、再会できたのなら、縁は強い方か? 一生、再会できない可能性もあったわけで……。

 しかも作家と担当編集である。偶然だろうけど、だからこそ強い縁が強調された。


『とにかく、先生は無事なんだな? タチバナが看病すれば治るか?』


「まあ、はい……。高熱を出しただけですから……安静にしていれば元気になるとは思います」


 長引くようなら病院に連れていくことも考えるけれど……。


『なら、お前に任せた。できるだけ休養期間を延ばしてくれ。先生にも、ゆっくりと休んでほしいからな――タチバナ、お前の仕事は俺が半分やっておく。お前は先生の自宅からリモート出社で構わない』


「はい……えっ、あたしはここに泊まりですか!?」


『自宅へ戻るのは構わないが……、看病するならそこにいる必要があるだろ。それに見張り役でもある。高熱なのに原稿を書こうとする先生を寝かせるんだ……、分かったな?』


 オオアゴ先生のリタイアは、出版社にとって痛手であることを分かっているため、ここはなんとしてでも、先生の復帰をさせなければならない……。

 一ヵ月の休養くらいならいいが、一年も二年も休まれたら厳しい……とのことだ。なので休養は取りながら、無理をさせないための指導役が必要だ。

 それはもちろん、担当編集であるタチバナの役目である。


 通話を切り、オオアゴ先生を見る。

 ぐっすりと眠っている。今なら、少し席を外しても大丈夫だろう……。


「泊まるなら……着替えを……最低限の日用品も一緒に……」


 今後の予定を考えながら、タチバナは部屋を出た。

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