マッチング・リザード【中編】
ここはエンタメの国。
あらゆるエンターテインメントを集めた、年中お祭り騒ぎで、日々、日進月歩であらゆるコンテンツが進化し、生まれ、なくなっていく回転の早い国だ。
音楽、映像、ゲーム、魔法――派手な演出で盛り上がる、よく目立ち、注目されるコンテンツとは違い、『物語』を文字で読むという『ノベル』は、やはり地味に見えてしまう。
もちろん、『ノベル』の界隈では毎年毎月、大盛り上がりなのだが……。
お祭りの舞台に立って騒いでいるところを見てしまうと、なんだか自分たちがいる界隈は隔絶されているように感じてしまう……、まあ、それは『ノベル』に限った話でもないが。
なにがエンタメになるか分からない。
だからなんでもエンタメになる。
当然、中には大衆には理解されないものもあり……、それを切り捨てることなく表現し、発表できる舞台があるのが、この国だ。
全てを拾い上げ、整える――パッケージ化してしまう。
エンタメの国の総支配人――通称『
あらゆるエンタメが集まれば、あらゆる種族が集まる。
多種多様な種族が入り混じる国は珍しいことでもないが、小人から巨人族、人魚から天使まで、多種多様の幅が最も広いのは、エンタメの国だけだろう……外国嫌いで有名な刀の国から、『侍』が訪れているのも、エンタメの力なのだろう。
魅力が人を惹きつける。
惹きつけた人材に火を点け、新たなエンタメを発明させ、発展させる。
そうして力をつけていった国なのだ。
世界中からエンタメを奪ったようなものである。
だったら当然、多くの人が集まるわけだ。
〇
仕事に復帰して一ヵ月。
休養していた期間は一週間だったので、早い復帰だった。
担当作家・アカバネからの強姦に、トラウマを感じていたが、積まれた仕事に追われることで自然と忘れていった……、完全に、は難しいけれど、次から次へと送られてくる原稿に向き合っている内に、早く仕事に復帰したいと思うようになった。
積まれた仕事とは言ったが、すぐにやらなければいけない仕事ではない……、それでも、積まれると消化したくなるのはタチバナの性だった。
遠慮なく仕事を置いてくれる新しい担当作家・オオアゴ先生には感謝しかなかった。
復帰してすぐに、オオアゴ先生と顔を合わせたが、彼は自身がリザードマンであり、相手を怖がらせてしまうことを自覚しており、できるだけ顔を隠した姿で顔を合わせてくれた。
本当に向き合っただけで、彼の目さえ見れなかったけど……、元々人見知りで、引っ込み思案らしい。まあ、作家なんてそんなものだろう、と考えていたタチバナは驚かなかった。
アカバネのアグレッシブな行動力の方が驚いたものだった。
顔合わせは一度だけ。あとはメールか電話だ。顔が見えるリモート通話は、先生が嫌がったのでできなかった……、顔を合わせる、というのがダメらしい。
たとえ遠隔でも、苦手を克服することはできなかった――
電話をすれば意思疎通ができるので問題はない。
今日も、タチバナは出社し、仕事を消化するため席につく。
すると、後輩のニタドリの会話が聞こえてきた。
相手はタチバナから引き継いだ、担当作家のアカバネらしい……、ニタドリがなにか困っていないか、と耳を澄ませてみれば、
「アカバネ先生、原稿まだですかー? 早くしてくださいよー。それとも隣でがんばれがんばれって応援しないとできませんかぁ?」
相性は良いらしい。
彼女が担当になってから、アカバネ先生が機能し始めた……、これは自分のせいではなく、ニタドリが優秀だから、と分かってはいても、やはり自分が彼の才能に蓋をしてしまっていたのではないかと自分を責めてしまう。
もっと上手く立ち回っていれば………。
でも、ニタドリのように彼の要望に応えることは、タチバナにはできなかった。
「えー、またですか……? まあ、はい。いいですよ、原稿を完成させたなら、ちょっとハードなことでもやってあげます。おもちゃで遊ぶのもほどほどにしておいてくださいね?」
「え、あの子はなにしてるの……?」
「黙認だ」
「あ、
上司のヒューマン、岸が、タチバナの背後に立っていた。
「予想はつくけどな、ありゃ黙認だ。ニタドリが良いって言っているんだから、俺たちの正義感で助け出すのは違うだろ……、アカバネ先生の原稿も順調に進んでるみたいだしな。いいかと思って――ただ、ニタドリが助けを求めれば助けるが……」
タチバナの時みたいに。
……そうならないことを祈るが。
「……相性、良いんですね」
「だな。こんなの予想できないさ。気にするな、タチバナ……、お前とオオアゴ先生も相性が良いんじゃないか? 原稿完成の速度が上がってるように見えたが……」
「そうですかね……。でも、はい、少しですけど、確かに速度は上がってます。催促してるわけじゃないんですけど、なんだか、無愛想に見えて、あたしに尻尾を振ってるようにも思えるんですよね……。たぶん勘違いだとは思うんですけど……でも――」
原稿から感じ取れるものがあった。
さすがに、本人に確認することはできないので、なにも言わなかったけれど。
「無理をさせないようにな。体調には気を付けて――……まあ、かなりの原稿ストックがあるから、仮に体調を崩しても――どころか長期休暇を取って貰っても構わないが……彼のことだから、休みは取らないだろうな」
「ですよね……」
仕事が好き、なのではなく、書くことが好きなのだ。
なので休みを与えても、結局、新しい原稿を書いていそうだ。
休むことが仕事になってしまうなら、仕事も休み、みたいなものである。
オオアゴ先生は、書かせることよりも休ませることの方が難しい。
(……温泉とか、リラクゼーションにいかせてあげたいけど……外出は嫌よね……)
人がいる場所を好まない。
貸し切りの温泉なら、まあ……でも、一人ではいかないだろうし、タチバナと一緒――は、もっと嫌だろう。顔を合わせることもまともにしてくれないのだから。
(嫌われてるわけじゃないのは分かってるけど……。やっぱり、善意で避けてくれているとは言え、なんとかしたいのよね……)
せめて目を見て話したい。
リザードマンだからって、遠慮しなくていいから――。
……多少、無理やりにでも、ここは一歩、踏み込んでみた方がいいかもしれない。
多くの原稿を読んでいるので、彼の性癖は分かっている。
気が強い女の子が好き――もしくは、叱ってくれる子が好き、なのだろう。
だって、必ずそういうヒロインが登場するし。
「さて、じゃあ――アポなし訪問でもしましょうか」
一応、合鍵を持っているので、居留守を使われても入ることができる。
彼に逃げ場はなかった。
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