マッチング・リザード(短編集その12)

渡貫とゐち

マッチング・リザード【前編】

「ハナちゃん久しぶりー」

「えっと……もしかして、クラキ……ちゃん?」

「疑問形? ひどいなー。全然会ってなかったけど、昔は仲良しだったじゃん」

「うん、うん……そうね、思い出した」

「え、冗談じゃなくて、ほんとに忘れてたの……?」


 中学の同窓会だった。

 当時の学年全体のメンバーに声をかけたらしい。当然ながら、予定が合わず、これない人もいるが、集まりは良い方だろう。

 場所は居酒屋ではなく、大き過ぎないパーティ会場を貸し切りにしての会合だ。気軽にふらっとこれる場所ではないが(参加費用もある、ちゃんとした会だ)、事前に参加/不参加の旨が伝えられているため、参加を選んだ者は当日、気が向かなくともきちんときてくれる。

 だからこその集まりの良さなのかもしれない。


 数か月前から準備していた主催者の腕によるものだった。当時から学年全体をまとめていたリーダー気質の少女……、異種族が混在している中では地味に見えるヒューマンだが、特別な力がなくとも強い発言権を持っている。単純に彼女の人望だったりするのだけど……。


「ハナちゃんは今どんな仕事してるの?」

「あたし? 編集者だよ。ファンタズム:ノベルスってレーベルの――」

「えっ!? すっごいじゃん! 昔からヲタクだったもんねえ、ハナちゃんは」

「……いいでしょ、別に」


「え。違うよ、ヲタクを悪く言ったつもりはないよー、そもそもここはエンタメの国なんだから、みんながなにかしらのヲタクだもん。私は男性アイドルとか、スポーツ選手とか……。ハナちゃんはそれがアニメとか漫画だったりするんでしょ? あ、ノベルスなんだっけ……?」

「まあ、色々と嗜んではいるよ……」


 本当なら作り手に回りたかったけれど、早々に諦めた。そういう才能は自分にはないと気づいてしまい――天才たちに見せつけられてしまい、そこから筆が動かなくなった。それでも業界には関わっていきたかったから……編集者として、作家をサポートする側へ回った。

 結果的に、今が楽しいのだから向いていたのだろう。


「クラキちゃんはなにを……?」

「ん? 夜のお店でお客さんとお話するの……エッチなお店じゃないよ?」


 クラキは、『ハナちゃん』――もとい、タチバナと同じエルフ族だが、タチバナとは化粧メイクのレベルが段違いだった。

 ただでさえ整った容姿が、さらに化粧で底上げされている。この会には男子もいるのだが、まるで誘うようなメイクと衣装だ。

 ドレスである必要はなかったはずだけど……、現にタチバナは露出を抑えた私服である。


 仕事着スーツはさすがにまずいと思ったので悩んだ結果だが……、まあ良かったのか。

 クラキのようにドレスアップしていれば、男子に『誘っている』と思われてしまう。直近でトラウマになった出来事があった身で、男性と近づくのは厳しい……。

 その態度に、クラキも気づいたようで、


「男子が苦手? 昔は違かったよね? ……まあ、周りが悪いかな。なーんか、ここで彼女を作ろうって魂胆が見えてる、血走った目の男子ばっかりだしね……中学の頃の記憶のまま接すると痛い目に遭うから気を付けなよ」

「う、うん……」


 異種族が混在しているので、エルフがいればヒューマンもいて、昔はそこまで色濃く出ていなかった種族の変化が見えている者もいる。

 天使族は眩しく光って見えるし、狼男は完全に獣だ……ただ、二足歩行ではあるが……。そしてリザードマンは、獲物を狙うような目で周囲を見回している。

 もう過去の誰なのか、一致しない……ここまで変わるものか?

 中学の頃の顔など、影も形もない……。


(リザードマンか……)


 タチバナは自身の担当作家を思い出した。オオアゴ先生。彼もリザードマンである。

 一度だけ、顔を合わせたことがあったが、彼はフードを深く被って顔を見せないようにしていた。彼なりの配慮だったのだろう……。


 目の前にいるリザードマンには、敵意はないようだけど、それでも本能的な恐怖があった。知った相手であろうと、もしも部屋で二人きりだったら……、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるだろう。

 リザードマンも、本能が理性を勝ればきっと……タチバナを捕食してしまうかもしれない。

 異種族が混在するということは、そういう可能性もあり得るということでもある。


「――タチバナさん?」

「え、あっ、不破ふわ、さん……」


「うん、久しぶり。今、点呼を取っててね……きてる人、きていない人を確認してるの。ほら、参加を表明しておいてきていないとなると、事故に遭ったとかも考えないといけないし……」


 昔からリーダー気質だった不破だ。できる大人に見える黒髪の女性である。

 本当に同級生か? と思ってしまうのは、彼女からすれば嬉しくはないか……? 老けてるとは思わないけど、早熟しているわけで……頼れるお姉さんに見える。

 二つ上、くらいに見えた。


「不破ちゃん、ほんとに同級生? 二つ上に見えるけどねー」

「エルフ族が若く見えるだけじゃないの? それに、私より、天使族の方が早熟しているように見えるけどね、ほら――ナカザワくんとか。人生経験豊富な大人って感じの見た目をしてるじゃないの」


 光り輝く天使族。ナカザワと呼ばれた男は高身長で、整った顔をしている……人ではないみたいで……いや、天使族なのだから人ではないのだけど。

 地上にいるべき種族ではない。

 あれを見ると、整ってる部類に入る以前の担当作家――アカバネの容姿なんてまだまだだったと感じてしまう……、イケメンには天井があると思っていたけど、まだ先があるようだ。


「残酷だよねー」

「え?」

「天使族が傍にいると、ゴブリンとかオークとか、見てて可哀そうになってくるもん……逃げ出したくならないのかな」


 容姿だけを見れば、劣っていると自覚しているだろうけど……同級生である。

 過去の関係があるのだから、嫉妬しても毛嫌いすることはないのではないか……。


「まあ、あたしたちも、女子の天使族はいるし、だからって逃げ出したいって思わないからね……」


「あたしたちはそこそこ可愛いじゃん」


 天使族には及ばないけど……エルフ族も容姿は整っている方だ。天使族が迂闊に手を出せない雰囲気である以上、エルフの方がまだ手が出る……――そういう意味では、天使族以上にモテているのだろうけど。


「それに、見た目じゃなく、中身でしょ?」

「クラキちゃんは中身も――」

「ん?」

「な、なんでもないよ……ほ、ほら、中身なら、ゴブリンもオークも、引け目は感じていないんじゃないかな!?」


 誤魔化すタチバナを、視線で追及するクラキだったが……、まとめ役の不破が点呼を終えたことで、場が動いた。

 二人の間の空気も、今のきっかけでがらっと変わった。



『今日はみんな、集まってくれてありがと。この場にこれなかった人もいるけど、今日はきている人だけで楽しみましょう。積もる話があるだろうから――自由に席を移動して構わないから』


 タチバナは周囲を見回し、面々を確認する。

 ……覚えていない人の方が多かった。積もる話なんてあるかな……。


「【オカモトくん】はきてないみたいだね……残念だね、ハナちゃん」

「オカモトくん……」

「え、覚えてないの? ……仲良くしてるように見えてたんだけど……そうでもなかった?」


「ううん、覚えてるよ――中学生にしては小柄だったからさ……弟みたいに接してたから、だから仲良く見えたんじゃないかな?」

「あー……でも、オカモトくんの方は、ありゃ惚れてたと思うよ」


 え? とタチバナは声を上げた。


「甲斐甲斐しくお世話していれば、惚れるでしょ普通……。でも、進展はなかったみたいだし、ハナちゃんに自覚がなくとも、彼は失恋したと思ってるんじゃない? だから今日はいないとか……」

「で、でも、中学の頃の話だし、さすがに吹っ切れて、これるはずだと思うけど……」


「そうかもね。実際は分からないけど、仕事の関係でこれないだけかもしれないし……。でもさ、会いたくない人がいるからこれない人もいると思うよ……ハナちゃんが気にすることじゃないけどね」

「……うん」


「ほら、お喋りしにいこ。不破ちゃんがアルバム持ってるって。昔のみんなの顔を見てやろうじゃないか。そして顔と名前を一致させないと――」

「覚えてないんかい」

「ハナちゃんもでしょ」


 確かにそうだ……なのでクラキについていき、アルバムをめくる。

 その中には当然、幼い頃のタチバナも載っている。

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