9号
(あくまで当事者の一方的かつ主観的な供述に過ぎないことを留意すること)
9号を撲殺した理由ですか?僕、皆様に9号の話なんてしたことありましたっけ。それに、思い出したことも無いと思うんですけど。あ、いや、今思い出しましたけど、そうじゃなくて。
う〜ん。まあ、しろというならしますけど。あんまり面白い話じゃないですよ。ええと……
それが起こる前、9号と些細なことで喧嘩をしてしまったんです。腹が立って、9号が後生大事に持っていたペンダントをこっそり盗んで懐に隠しました。
ただの意地悪のつもりだったんです。9号の困った顔を見て溜飲を下げたかったんですよ。少し困った顔を見たら、かえすつもりで…。
そら、酷いやつだって今はわかります。でもその時の僕はそういう奴だったんです。過去は変えられないでしょう。今ならしませんよ。
それで、9号ったら何事もないように振る舞ってるものだから、ペンダントは大切なものじゃなかったのかとがっかりしまして、胸ポケットにいれたままほっときました。
返しませんでしたよ。きっかけがなかったんです。探してあげるふりをして素知らぬ顔で返すつもりでしたから。
暫くすると9号は部屋に籠もりがちになりました。みんな心配して、9号ったら人気者でしたから、毎日誰かが様子を見に行ったんです。酷く落ち込んでる様子だけど、どうしてなのか聞いても全く口を開かず、大丈夫大丈夫って言うだけだったって。
僕は行きませんでしたよ。気まずいし、みんながやってることをすると嫌がられるんですよね。僕すっごく嫌われてたので。9号は仲良かったから、本当はもっとはやく会いたかったんですけども……
あ、すみません。呼ばれたので、また後で。
それでどこからでしたっけ。
……そう、会えなかったんですよ。暫くね。でもみんなが9号を安静にしてあげようと決めたので、誰も9号の部屋に入らなくなったんです。
それでようやく僕が入れるようになったんですよ。ペンダントを持って。返すつもりで。謝ろうとも思って。
でも出来ませんでした。ええと、どんなこと言ったんだっけな。
(『』はおそらく9号の声真似)
『きみは怖くないの?』
「なんのことですか」
『影がいる。きみにもいるのに』
「なんのことですか」
『影が、影が私を掴むの。ねえ、五芒星のペンダント、私のペンダント、どこにあるの。ねえ、いつも助けてくれたでしょう……?』
五芒星っていうのは、僕が返そうとしてたペンダントの模様なんです。
返せると思いますか?それがないと影が掴んでくるんだって聞いて、僕にもいるって言われて、返せると思います?返せませんよ。知らないふりをしました。
9号、本当に塞ぎ込んでるみたいになっちゃってて、なんかぐちゃぐちゃした絵も描いてて、会話ができなかったので早々に部屋を出ました。そしたら出たところでばったり12号と鉢合わせて。も〜大変。9号に何をした9号に手を出すな9号をおかしくしたのはお前じゃないのか云々。捲し立てられて腹が立っちゃって、一発はたいたんです。あ、その時は片腕切れちゃってて、義手をはめてたんですけど、義手の方ではたいたんですね。義手がスポーンと抜けたので12号はあまり怪我しなかったんですけど、12号がもうカンカン!
それで以後、本当に9号のところへ行けなくなっちゃったんです。みんなが見張るようになったので。入ろうにも駄目になっちゃった。
わ、いいんですか?ありがとうございます。
金つばってお菓子美味しいですね!
あ、それで入れなくなったのでしばらくは気にせず過ごしました。ん〜まあみんな騒がないから経過は悪くないのかななんて。実際の事態はそんな呑気なものじゃあなかったんですけどね。
9号、絵を描き続けてたんです。ぐちゃぐちゃだった絵がなにかの形を取り始めて、その形がわかるようになった頃に、僕に話が回ってきました。
僕に話が回るということは、僕の意思で9号にどのような処分を下してもいいってことです。ま、そこは知ってるでしょうが。
みんな酷いやつですよね。9号が手に負えなくなったからって一度追っ払った奴にどうにかしろって。嫌でしたが、やらないわけにはいかないんですね。命令ですから。みんなの要求を聞いて、2号が出した正式な命令ですよ。
んで、9号のもとにまた行く羽目になりました。9号の絵を見た子が病んだという話を聞いたので、何があっても見まいと心に決めてね。
無理でした。床に落ちてました。床一面に落ちてたんです。9号の絵が。
あの……部屋の隅に黒くてうねうねした影がへばりついてるというような絵。言葉にするとそれだけなんですけど、見た瞬間肌が凍るような思いがしたんです。そんなのがびっしり落ちてるんですよ。9号がガリガリ紙を擦る音が聞こえるのも嫌で嫌で。今も描き続けてるんだ〜!って。どんな悍ましい絵を描いているのか予想もつかない。
目を瞑って9号へ近づいて、声を掛けました。でも答えません。頭を叩きました。答えません。肩をゆすりました。答えません。
どうにもなんにも進まない。観念して目を開けました。
9号と目が合いました。まんまるに開いた目に閉じた瞳孔に、めいっぱい頬を引き攣らせた笑みを浮かべて、首だけを回して僕をずっと見つめていました。
だから殴り殺しました。これ以上生き長らえさせるべきではないとわかったからです。
……でもその時にうっかり見えちゃったんですよ。9号が最後に描いた絵。
それからずっと絵にあったのとおんなじ影が見えていたんです。あの建物のそこかしこに、わだかまりのたうつ影が。
(記録終了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます