毎日小説No.44 この恋が報われないなら
五月雨前線
1話完結
恋をした。
優しくて、笑顔が素敵で、性格が良い女性に恋をした。週に一度、バイト先で会ってお喋りする時間が待ち遠しかった。またその女性とお喋り出来る、というのを心の糧にして生きてきた。
出会って以来、日を追うごとに女性との距離が縮まっていった。LINEを交換すると、ほぼ毎日トークするようになった。外出した際に買ったお土産を渡すととても喜んでくれた。勇気を出して野球観戦に誘ったら、快く了承してくれた。
幸せだった。その女性と一緒にいるだけで、心がぽかぽかしてくる。彼女と付き合いたい、もっと深い関係になりたい、と考えるのは必然だった。
しかし。
彼女は10歳以上年上で、そして既婚者だった。
10歳以上年上だと知った時点で、「ああ、もう結婚してるかもしれないな」と予測していたから、既婚者だと知った時もそこまでショックを受けなかった。
だが、時間に経つにつれて、女性に対する想いはどんどん強くなっていった。一緒に野球観戦に行った時は、本当に本当に楽しくて、日々のストレスが一瞬にして吹き飛んでいった。
初めての野球観戦で分からないことが多いながらも、一生懸命声を出して応援していた彼女。応援しているチームに点が入る度に、一緒にハイタッチして喜んでいた彼女。売店で買った焼きそばを分けてあげたら、「美味しい」と言って喜んでくれた彼女……。
手を伸ばせば届く場所に彼女はいるのに、彼女に触れることは出来ない。許されない。彼女には一生添い遂げると誓った伴侶がいるのだから。分かってる。そんなことは分かってるのに。
溢れ出る感情が抑えきれない。好きという感情が溢れ出る度、「お前にその資格はない」と自らに言い聞かせるのがたまらなく辛い。苦しい。
彼女の旦那さんを殺すことも頭によぎった。しかし、そんなことをすれば彼女は絶対に悲しむだろう。大好きな彼女が悲しむ顔は見たくない。
じゃあ、自殺でもしようか。しかし、もし自分が自殺すれば、優しい彼女のことだからきっと悲しむだろう。彼女を悲しませたくない。
……だから、彼女の記憶を消すことにした。自分と過ごした記憶を、自分という存在を、彼女の記憶から全て消し去る。そして僕は自殺する。そうすれば彼女が悲しむことは絶対にない。これで万事解決だ。大学で人間の記憶に関する研究をしておいて本当によかった。
人生最期の日、バイト先で彼女に会った。今日も彼女の笑顔が眩しかった。告白したい気持ちを懸命に堪えながら、隙を見て彼女の服に小型の装置を取り付けておいた。数時間後に装置が作動し、彼女の脳内から自分という存在が抹消される。
これでいい。そう自分に何度も言い聞かせる。
この恋が報われないなら。
彼女の幸せを願って、自分はおとなしく身を引くことにしよう。
大好きな彼女の名前を叫びながら、僕は高層ビルの屋上から飛び降りた。
完
毎日小説No.44 この恋が報われないなら 五月雨前線 @am3160
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