夜(エピソード主役:タニア・タリア)

グラーフが訪れた日の晩の酒場は、普段よりも大変だった。

村人たちにとっても村の外からの来訪者は大層な刺激であり、旅の話を色々聞いたりして盛り上がったのだ。


タニア「ぷふ~。今日はつかれたぁ~」

タニアは横に3つ並んだベッドのうちの、真ん中のベッドにダイブした。


タリア「こら、そこはあんたのベッドじゃないでしょ!」

一緒に自分たちの部屋に戻ってきたタリアがタニアに文句を言う。


タニア「でも、このまくら、おねえちゃんのにおいがして落ち着くんだもーん」

タニアは枕に顔をうずめた。


タリア「その枕カバーは今日洗濯したけどね」

タニア「え~!よけいなことしないでよぉ」

タリア「お姉さまの物なんだから、いつ帰ってきても大丈夫なように、綺麗にしておくのは当然でしょ!」

タニア「それはそうだけどぉ」

タリア「それに、お姉さまのベッドも毎日きちんとベッドメイクしてるんだから、汚さないでよね」

タニア「むぅ~。また明日やればいいじゃないの~」

タニアは枕に顔を埋めたまま不満そうに頬を膨らませた。


・・・


甘いはちみつ亭は宿酒場である。1階は酒場で、2階に宿泊用の部屋が並んでいる。そのうち、2階の廊下の一番奥の2部屋は、ミシア・タニア・タリア姉妹の部屋と、料理人(兼、育ての親)のライラの部屋になっている。


姉妹の部屋には、元々は2つのベッドしか無かった。ミシアとタリア(タニア)のものだ。しかしタニアが戻ってきてから3つに増えた。

さすがにベッドが3つ並ぶと部屋の横幅はベッドで埋まってしまって手狭だが、3人とも普段は部屋にいないので、さほど問題ではなかった。

問題は、誰がどのベッドを使うかであった。

2つだったときは、左側がミシアのベッドで、右側がタリア(タニア)のベッドだった。

タニアが戻ってくると、タニアは元々自分が使っていた右側のベッドが当然自分のものであると主張した。

その結果、タリアが真ん中に移ることになったのだが、それにもタニアが難色を示した。タリアの隣がミシア大好きなおねえちゃんになる(そしてミシアが自分の隣でない)からだ。

タニア「あたしもおねえちゃんのとなりがいい~!」

結局、ミシアが真ん中に移り、両側のベッドをタニアとタリアが使うことで、ようやく落ち着いたのだった。


・・・


タニア「おねえちゃん、まだ帰ってこないのかなぁ」

タニアは暗くなった窓の外を眺めながら溜息をついた。

タリア「そうねぇ…。そろそろ帰ってきてもおかしくないと思うんだけど…」

タリアも同じく窓の外の夜空を眺めた。

9月に出かけていって、もう10月に入っているのにまだ帰ってこないとなると、さすがに心配になってきちゃうけど…。


タリアは窓に近付いて、窓に嵌っている鉄格子の隙間から手を外に伸ばして、窓を閉めた。さらにカーテンも閉じる。


タリア「ほら、明日も忙しいんだから、もう寝ましょう」

タニア「う~ん、そうね…」


タニアとタリアは寝間着に着替える。

タリアが着替えている様子がちらりとタニアの目の端に映った。タリアの左腕にある大きな傷がやはり目を引く。

タニアにはこんな傷は無い。すなわち、タニアから複製された後に出来た傷だということだ。

鳥型魔法具を通してずっと甘いはちみつ亭を見ていたタニアだが、タリアが傷を負ったことは知らなかった。

タリアの傷がどうして出来たのか、何度かタリアに訊ねたことがあるが、毎回「言いたくない」と拒絶された。

村の友人たちに聞いてみても、「なんか獣に襲われたらしい」という曖昧な情報が得られただけだった。


タリア「それじゃ、おやすみ…って、何ぼーっとしてるの?」

タニア「あっ、なんでもない!」

タニアは慌てて寝間着を着て、自分のベッドに入った。

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