4.迷い込んだ先は路地裏か、異世界か

 手を強く握りしめられ、はっと我に返った。

 横を見れば、律花が頬を赤らめている。


「急に手を引っ張るから、びっくりしちゃった」

「それは……宿題、やり残してんの思い出したんだよ!」


 ぱっと手を放し、人気のない路地を俺は大股で歩き出した。横を歩く律花は、少し面白くないといった表情を向けてくる。


「ねぇ、あきちゃん」

「何だよ」

「魔法ってあるのかな?」

「そんなの、本の中だけだ!」


 

 俺は、心の中で全否定していた。


「店員さん、魔法使いっぽかったよ」

「制服だろ」

「もう! 夢がないな」


 柔らかそうな唇を、ちょんっと突き出して不満そうな顔をした律花は、ふと足を止めた。それに釣られるように俺も足を止める。

 店を出て、どれくらい歩いただろうか。

 五十メートルか、百メートルか。来た道を夢中で歩いていた。もうとっくに曲がり角について良いはずなのに──

 見上げた先に、ルドベキア魔法雑貨店の看板があった。


「……どうなってるんだよ」


 まっすぐ歩いていた。ここに戻るはずがない。

 いくら方向音痴だとしても、これはあり得ない状況だ。


「……律花、走るぞ!」

「あきちゃん!?」


 再び律花の手を引っ張っり、店に背を向けて走り出した。

 来た道の先に光が見える。その角を右に折れれば良いんだ。五十メートルか、百メートルか。距離はよく分からなかったが、百メートルなら二十秒もあれば辿り着くはずだ。

 俺は、脳内でカウントを始めた。

 二十、十九、十八……──


「あきちゃん!」

 

 律花の声にはっとし、足を止めて顔を上げると、再びそこに看板を見た。


「どうなってるんだよ!」

「ねぇ……私たち、もしかして、異世界に迷い込んじゃった、の?」


 俺の手を握りしめながら、小さく震える律花は大きな鳶色とびいろの瞳に涙を浮かべた。


「私が、来たいって言ったから……ごめっ、ごめんなさ──」

「そんなマンガみたいなことあるかよ!」


 否定しながらも、異世界という単語に胸の奥がざわざわとしていた。


「スマホだ! おばさんに連絡してみろよ!」

「う、うんっ。そうだね……母、今なら家に……」


 リュックからスマホを取り出した律花の手が止まった。

 涙がぽろりと落ちるのを見て、俺の脳裏に、の文字が浮かび上がる。


「電波が……ないよ」


 お約束というやつか。

 Wi-Fiどころか電波すら飛んでいない路地裏で、俺たちは絶望に立ち尽くした。すると、あの男の声が響いた。

 

「何か、お困りですか?」


 穏やかな笑みを浮かべた金髪の男が立っていた。

 咄嗟とっさに、律花を庇うように前へと進み出た俺は、男を睨みつけた。


「あんた、何したんだよ!?」

「何もしていませんよ」

「じゃぁ、どうなってんだよ、この道は!」

「道……あぁ、道に迷われましたか」

「迷ってない! 俺たちは、来た道を戻ろうと──」


 言いかけて、はっとした。

 俺たちは来た時にスマホの地図アプリを使った。つまり、店に入るまではスマホを使えていたんだ。なのに、今は使えない。

 突然、電波がなくなることなんてあるのだろうか。

 見えている筈の路地の先を振り返り、息を飲む。

 果たして、あの先にあるのは、本当に来た道なのだろうか。

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