2.デートの誘いって思って良いのだろうか?

 ホームルームが終わり、教室を出ようとすると律花が「待って、あきちゃん!」と声をかけてきた。

 

「一緒に帰ろう」

「別にいいけど……」


 言葉をにごすと、永春が「よ、ご両人!」と、いつの時代だよと突っ込みを入れたくなるような声をかけてきた。


「はるちゃんも一緒に帰ろう」

「いやいや、お二人の邪魔をするのは──」

「そう言いながら、着いてくるだろ」

「お邪魔しまーす!」


 即答して笑った永春は、俺の肩に手をかけてきた。

 わざと不満そうな顔をする俺は、内心で安堵していた。

 正直なところ、幼馴染と言えど女子と二人で帰るのはどうか、悩んでいた。別に、付き合ってる訳じゃない。そうじゃないけど、律花が嫌いな訳でもないし、むしろ好意はある。だから、何ていうか気恥ずかしいんだよな。


 律花は小さい時と変わらず俺を「あきちゃん」って呼ぶし、あの頃と同じままなんだろうけど。

 俺がため息をつくと、横で永春がにんまりと笑った。


「何だよ、その顔」

「いやいや、青春だなーって思ってさ」

「は? 意味分かんねぇし」

「男子二人に美少女一人。なんかマンガに出てきそうじゃね? 俺とお前はライバルでー」

「バッカじゃねぇの」

「はるちゃん、マンガの話?」

 

 小首を傾げる律花は、つぶらな瞳を瞬かせる。

 にやにや笑う永春が口を開く前に、俺は昨日のアニメ見たかと話題をすり替えた。それから、来週発売の漫画や、来月発行の小説の注目はとか、そんな話を続けてしばらくした頃、永春と別れた。

 住宅地に通じる階段を登りきると、律花は嬉しそうに両手を合わせて振り返った。

 昨年と比べて丈の短くなったスカートがふわりと広がる。

 そう言えば、背も伸びたようだし、ぺったらだった胸も少し丸くなったような気がする。そんなことを考えてるとは思いもしないだろう律花は「あきちゃん」と声をかけてきた。


「塾の宿題終わってる?」

「終わってるけど」

「それじゃ、塾の前に行きたいところがあるの。一緒に行ってくれる?」


 両手を合わせる律花は「お願い!」と語気を強めた。

 これってデートの誘いじゃないか?

 まてまて、まだどこに行くって聞いてもいないし、もしかしたら、俺はただの荷物持ち──突き詰めて考えると、急に気分が滅入ってきた。


「俺、夕飯も買いたいんだけど」

「おばさん、帰り遅いの?」

「みてぇだな。今朝も地雷が爆発したとかどうの言ってた」

「地雷……おばさんの仕事ってシステム開発だよね? 地雷、作ってるの?」

「よく分かんねぇけど。とにかく忙しそうだ」

「ふーん。それなら、お夕飯、うちで食べればいいよ。母に頼んであげる!」

「いや、食わせてもらうのは悪いって」

「一人増えたところで大差ないって、母なら言うよ」


 可愛らしく笑う律花は、家の前で立ち止まった。

 庭先ではモッコウバラが色鮮やかに咲いている。律花がそこに立つと、まるで御伽噺おとぎばなしの挿絵のようだ。

 俺の家じゃこうはいかないな。

 振り返った家は、簡素としている。忙しい両親に、自宅の庭を弄り回す趣味はない。かと言って、ゴミが散らかっている訳でもないからシンプルなもんだ。

 いつだったか、母親は蚊も出ないしこれくらいが良いって、笑っていた。俺も、そう思う。

 

「飯は、また今度、頼むわ」

「遠慮しなくていいのに」

「それより、出かけんだろ? 三十分後な!」


 玄関を開けた俺は手を振って、さっさと家に入った。

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