第4話 幸運と不幸

『お帰りなさい。ご無事で何よりです』

「ただいま、CHAOSカオス。ところで何か状況はわかったか?」


 五人が疲れた顔でカオスの塔に戻ると、統括AIのCHAOSカオスねぎらいの言葉で迎え、ニギルが応対する。


『位置情報は不明のままです。指示されていた施設内の状況チェックは完了していますのでみなさんの端末に転送します』


 カオスの塔での五人の役割は、あくまで研修期間中の担当だったが、仕方なくそれぞれの担当を引き継ぐ形で情報を精査する。

 バベちゃんとの会話があまりにも不毛だったため、ワシを守らんか! コラ! どこへ行く! と叫ぶ声を無視していったんカオスの塔に戻ってきたのだ。

 いずれにせよ、帰るには時間がかかりそうだ。ならばまずは生活できる環境を確認しようという流れになるのは当然だったし、何かしていないと頭がおかしくなりそうな気分を皆が感じていた。


「私から説明する。最上階の太陽光パネルと農園は太陽光が無いので使えない。あそこの作物は収穫しゅうかくできるもの以外はあきらめる。四層の農場と家畜かちく室は問題ないので、野菜類と牛乳と卵は確保できる」


 農業担当の一倉いちくらいちごが、のんびりとした口調でオペレーションルームの円テーブルに座った四人に説明をする。


「じゃあ次はわたしね。医療用の設備や薬などの備蓄も問題ありませんでした。教えてもらってないけど自動で外科手術ができる設備もあるから安心ですね」


 医療担当の三住みすみ美香はにっこりと笑うが、それって違法行為なんじゃ? と皆は苦笑する。


「えっと、情報精査と状況について説明するよ。ていうか基本的にCHAOSカオスの報告通りなんだよね」


 管理担当の四葉よつは葉子が申し訳なさそうに頭を下げる。本来の担当は、外界と交信したり、衛星や電波などの情報を入手したりという情報管理と、五人の研修スケジュールを管理する立場だったので、今はほとんどやれることがなくて、いちごや美香の手伝いに回っていた。


「僕からはあまりいい話はできないよ。言った通り、最下層の水タンクが壊れて、水が1000トン以上失われた。破損個所の修理は自動で済んでいるし他の設備にも異常はないけど、失った水を補充ほじゅうできないと水素発電はできない。つまりカオスの自律稼働じりつかどうができなくなるよ」

「今はどうしてるの?」

蓄電池ちくでんちを使ってるけど残量は10日分。約10日以内に水を補充して発電できないと、ここの機能が止まるんだ」


 葉子の質問に吾郎の返した答えは簡潔だ。

 統括AIだけじゃない、冷凍庫や人口農園など生命維持に必要な電力全てを失うという事実は、ただの中学生である彼らにも大きなショックになった。


「わたしたち、ラッキーだと思っていたらアンラッキーだったのね……」美香が寂しそうにつぶやく。


 五人は膨大ぼうだいな倍率を勝ち抜いて研修メンバーに選ばれた。

 たった五日間という日程だったが、そこで長期間暮らしている三名の施設員と実験や研究、生活体験を行い、中学生だけで過ごす最終日を満喫まんきつしていただけなのに、と誰もが感傷的になっていた。


「異世界、迷宮、ダンジョンマスター」いちごも、省エネのために照度を落とした照明を見上げてつぶやく。


「ねえ、バベちゃんなら水を出せるんじゃない? 私ちょっと聞いてくる」


 葉子が言って皆の返事も待たずに駆け出して行った。

 10分も経たず帰ってきた葉子は「水1リットル出すのに、1ポイント必要だってさ」と苦笑する。1000トンのために百万ポイントも必要になる計算だ。


「異世界ならさ、魔法とかあるんじゃないの?」と吾郎。


「あたしもそう聞いたんだけど、そんな便利なものがあれば苦労しないんだって。ここではなんでもポイントが必要って言ってた。それとポイントで交換できる魔道具の中に水を生み出す魔道具みたいなものがあるとか、みたいなこと言ってたよ」

「とにかく、ダンジョンポイントを貯める必要があるってことだな」


 葉子の言葉の後、ずっと黙っていたリーダーがやっと声を出した。


「どうやって? バベちゃんの話が本当なら、不人気な迷宮で人があんまり来ないんでしょ?」

「その辺も含めて、あいつの言葉だけじゃなく、自分たちで調べてみないか?」


 葉子の疑問にニギルは皆を見回して提案する。


「調べるって、どうやって?」いちごが聞く。

「迷宮がどんなものなんだか、実際に体験するんだ。そもそも、迷宮とかダンジョンとか、知ってはいるけど、それは全部が物語の中にしかなかっただろ? なんだか当たり前に受け入れてるけど、それも含めて全部、俺たちが自分の目で見て、実際に体験する必要があると思うんだ」


 俺たちは、そんな行動力があったからこの研修に応募したんだろ? ニギルはそう続けた。


「それを言われたら、ここで閉じこもってるわけにはいかないですね」

「何もしないよりはマシよね」

「あの、僕は戦うなんて無理なんだけど」

「私だって無理。でもこのままだといずれは死んじゃう」

「あーもう! わかったよ! 僕もやるよ」


 美香、葉子、吾郎、いちごがそれぞれ決意を表す。


「よし、そうと決まれば……」

「ちょっと待って、あたしお腹すいたんだけど。ていうか今は何時なのよ」

「夜の10時か」

「夕方のミーティング時に事故が起きたから、6時間くらい経ってる」

「夕飯食べよう」

「当番誰よ」


 五人は少しだけ吹っ切れた顔で動き出した。

 今夜はゆっくり寝て、明日から始まる冒険に進むために。

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