第3話 挑発と豹変

 いきなり豹変ひょうへんしたニギルを残りの四人でおさえ、なんとかぬいぐるみを引き離す。


「なんて乱暴な戦闘民族だ、死ぬかと思ったぞ」


 首らしき場所を握られていたぬいぐるみはぜーぜーと息を吐きながら声を出す。


「いきなりどうしたのよ! あんた冷静沈着れいせいちんちゃくなんじゃなかったの?」


 ニギルの腕を押さえている葉子が問いかける。


「ああ……すまん。あいつを見ていたら何故だかイラっとして、我を忘れてしまった」


 ニギルは自身の激情に驚いてはいたものの、すぐに冷静さを取り戻していた。

 四人は押さえていた彼を解放する。

 ただ、ハーフでイケメンな容姿と、この五日間のリーダーシップによって皆の中に確定しつつあったハイスペック中学生という印象がガタガタとらいでいた。


「で、なんのつもりだ。五人がかりでワシを殺しに来たか、異世界人どもが」


 椅子の上で短い腕を組みながらぬいぐるみが開き直ったように威張いばる。


「……そもそも、お前は誰で、ここはどこなんだ?」


 ニギルは感情的になりそうな気持をおさえ質問する。

 先ほどの話が本当ならば、こいつが何かやった結果、カオスがここに召喚されたということになる。


「ワシか? ワシはバベルシュルテイン。この迷宮のダンジョンマスターだ。ひれ伏せ異世界人め!」

「だからニギルはちょっと落ち着こうって!」


 ぬいぐるみのドヤ顔とセリフで、再び殴りかかろうとしたニギルを皆で止める。


「それで、バベちゃんはさ、私たちをどうするつもり?」


(バベちゃん?)


 いちごの発言に皆が頭の中で驚く。


「……バベちゃんとはワシのことか? ふん、愛称というヤツか、いいぞ許可する」


 まんざらでもなさそうな顔でバベルシュルテイン(以後バベちゃん)は偉そうにうなずくく。

 それに対してまたニギルが怒りだしたので、交渉はいちごが引継ぎ、他の三人がニギルを押さえる。


「で、さっきの話だと、ここはあなたが管理している迷宮の最上層で、階層主とやらを配置していたけどそれだけじゃ不安で、ポイントを使って守護者を召喚したら、私たちのいた施設を呼んじゃったということでいいのかな?」


 口数の少ない、大人しい少女だと思われていたいちごが流ちょうに理解を示す。


「いかにも! ついでに貴様らはこの迷宮最強の階層主“泥濘でいねい湖島騎士こちょうきし”をつぶしたのだ! それがどんな重大なことかわかるか? ここを探索する人間どもがこの100層に辿り着いたら、ワシは一瞬で倒されてしまうだろう!」

威張いばるような内容じゃないでしょうが……」葉子が呆れる。

「それはどうでもいいんだけど、私たちは元の世界に返してもらえるの?」


 バベちゃんの命をどうでもいいと切り捨て、いちごがバベちゃんにニコニコ顔で近づく。


「あ、えと、その……」


 その異様な迫力にバベちゃんはしどろもどろになる。


「か・え・し・て・も・ら・え・る・の?」

「ポ、ポイントを貯めれば、送還もできるはずじゃ!」

「ポイントはどうやって貯めるの?」

「この迷宮に探索者が訪れれば貯まる」

「送還に必要なポイントはどれくらいで貯まるの?」

「召喚には5000ポイントほど必要じゃったからな、獲得できるポイントは一日平均20くらいじゃから……」

「250日もかかるの⁈」

「あ、いや、迷宮の維持や魔獣の補充、宝箱の設置もするから、溜められるのは一日で5ポイントくらい……」

「1000日‼」

「し、仕方ないんじゃ! ワシの迷宮は不人気じゃから、訪れる探索者が少ないんじゃよ!」


 バベちゃんの情けない告白を哀れに感じ、いちごも黙ってしまう。


「でもさー、不人気って言っても、ここの守りを頑丈にするってことは、ここまでやってくる人もいるってことでしょ? 一般的な迷宮ってさ、中に入る人数と滞在時間みたいなものでポイントが増えるものじゃないの?」

「ここまで来れる奴なんているわけなかろうが、だいたいが三層の迷宮主を倒せずにすごすごと帰っていくわ!」


 いちごの代わりに質問した葉子に、バベちゃんがドヤ顔で答える。


「アホかてめえは! 100層もある迷宮で三層も越えられないクソ設定にするダンジョンマスターがいるかバカ! にも関わらず最上階に無駄な守護者を配置して、さらに追加で俺たちを召喚するとかどう考えてもテメエが元凶だろうがコラ!」

「落ち着きなさいよ! ニギル!」

「イケメンのくせに口が悪いわね」

「ていうかさ、なんでみんなこの状況に慣れてるの? 迷宮とか召喚とかどう考えても異常なんだけど……」

「吾郎くんの言いたいこともわかるけど、現実逃避してもしょうがないからね」


 ニギルが叫び、葉子が抑え、いちごと吾郎と美香がしみじみと会話する。


「つまり、この迷宮に入る人が増えて、滞在時間が多ければポイントは貯まるのね?」

「いかにも。そのポイントで新たな階層主をゲットせねばならん!」

「私たちの送還が先でしょ?」

「なんという身勝手な理屈じゃ! ワシがやられればこの迷宮は消え去るのじゃぞ? そしたらお前らも二度と帰れんのじゃ! ワシの安全が最優先じゃろうが! このバカチンどもが!」

「………」

「………」

「………」

「………」

「……まあ、ニギルがキレるのもわかるよね」


 あまりに理不尽なバベちゃんの理屈に唖然あぜんとした四人を見回し、吾郎がため息と共につぶやいた。

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