第2話 異常と邂逅

「ぬいぐるみ?」


 いちごが思わず声を上げる。

 二頭身の頭らしき場所から二本のアンテナのようなものが生えているぬいぐるみが、突っ伏してエグエグと泣いている。


「どーゆーこと? なんでぬいぐるみが泣いてんの?」

「それにしても悲しそうに泣いているわね」

「あれってホントにぬいぐるみなの?」


 葉子、美香、吾郎が順に口を開くが、誰も答えを持ち合わせていない。


「シっ、静かに。何か言ってる」


 ニギルが皆を制し耳を澄ませると、外部のマイクが鳴き声の中に意味のある言葉を拾う。


『ちくしょう……ちくしょう……ワシのガーディアンが……』


 か細い子供のような声でうらみ言をつぶやいているように聞こえた。


「カオス、周辺情報は分かるか? ここはどこなんだ?」


 ニギルは異様な状況に対し確かな情報が欲しかった。


『当施設が存在するのは、直径200メートルほどの台地の上、高度計やGPS、方位計などはエラーが出ています。外部無線、衛星電波などの情報も取得できません』

「……ここは地下なのか?」

『変位センサーで落下したことは記録されていますが現在位置は不明です。外気成分、外気温に問題はありませんが地磁気などの情報からも地球上である証明ができません』


 AIが信じられない回答をして、五人は一番簡単な言葉を思い浮かべる。


「まさか、ここ、異世界なの?」


 一番常識的と思われていた美香が叫ぶように声を出す。


「とりあえず、あいつに聞くしかないか」

「え? あのぬいぐるみに?」


 真面目な顔をしてつぶやいたニギルに葉子が驚く。


「言ってる意味はわからないが、言語は通じるみたいだからな」

「そりゃあまあ、ほんとに異世界なら現地人とのコミュニケーションは必要だけどさ」

「ちょ、ちょっと二人とも、二人も美香と同じくここが異世界だって思うの?」


 ニギルと葉子の会話に吾郎が青い顔をしながら口をはさむ。


「状況的にさ、そう思うのが妥当だよね」いちごは諦めろとばかりに吾郎の肩を叩く。

「いちごまで……」

「じゃあ吾郎はこの状況に説明がつけられるの?」

「いや、でも……」

「だからニギルの言う通り、アレに聞いてみようよ。少なくとも進展はある」


 吾郎に限らず、いちごもニギルも美香も葉子も不安を抱えている。

 ここはどこだ、から始まり、なんでこうなったのか、施設外にいた正規の施設員の大人たちはどうなったのか。そして、どうすれば家に帰れるのか。

 

 ものすごい倍率で当選したカオス五日間の研修旅行に喜んでいた中学生五人は、その運を使い切ったおかげでこんな羽目になっているのかもしれないと考えていた。

 だからといって何もせず泣き喚くだけの存在にはなりたくないと、モニターの中でエグエグと泣き続けるぬいぐるみを見て思った。


 ―――


 五人は施設員用の作業服に外部作業用のブーツをき、帽子型のヘルメットをかぶり、最下層にあるメンテナスハッチから外に出る。

 振り返ると、夜になる前の深い夕方のような世界の中に、全高50メートル、最下部の直径が50メートルほどのカオスの塔がそびえ立っていた。


「うわ、ぬかるみだよ!」


 暗い地面を懐中電灯で照らしていた葉子が声を出す。

 周囲を見渡すと、カオスが立っている周囲は、荒れた土の上、雨が降った後のような水たまりになっている。


「歩けないほどじゃない。気をつけて行こう」


 ニギルが懐中電灯をまっすぐに構える。

 約50メートルほどの先に、豪華な椅子が小さく見える。

 ニギルが歩き、いちご、美香、葉子、吾郎の順で進む。


「私、農業担当なのになぁ」いちごがつぶやく。

「それを言ったらわたしは健康維持担当なんですけど」と美香。

「あたしは情報管理の勉強に来たんだけどなぁ。まあ冒険も嫌いじゃないけど」葉子は強がりなのか小さく笑う。

「僕は機械いじりができればって……こんなすごい施設で学べて幸せだったよ……」

「ちょっと吾郎、なに終わったようなこと言ってんのよ」


 吾郎の悲壮感溢ひそうかんあふれる声に葉子が呆れ声を出す。


 強がりながら、震える足を一歩ずつ進めて、五人は豪華な椅子の前に立つ。


「何しに来た! ワシの間抜け顔を笑いに来たのか!」


 ぬいぐるみは顔を上げて甲高い声で悪態あくたいをつく。

 

「ねえ、あのぬいぐるみって……」

「うん、昔の公営放送でやってた子供向け番組のやつにそっくり」

「こら、そこ! 何をコソコソと笑っておるか!」


 美香と葉子の会話にぬいぐるみが短い腕を上げて指摘する。


「あのさ、質問していいか?」


 いろいろと感覚がマヒしてきたニギルが問いかける。


「なんだ人間、そんなに笑いのネタが欲しいのか!」

「いや、さっきから俺たちは別に笑ってなんか……」

「嘘をつけ! 最上層の守りを確実にするため、せっかく溜めたダンジョンポイントを全部使って強大な守護者を召喚したはずが、わけのわからない金属の塊が現れ、配置していた最強の階層主を押しつぶされたワシを笑いに来たのじゃろうが!」

「……なんだかよくわからないが、俺たちがここに来た理由がわかったぞ」

「ちくしょう、ちくしょう、ポイントが貯まるまでに探索者がここまできたらどうすればいいのじゃ、ワシを守ってくれるものはもういないのじゃ!」


 ぬいぐるみはニギルとの会話の果てに号泣する。


「ふっざけんなテメエ! ガタガタ言ってねえでさっさと俺たちを元の世界に返しやがれ!」


 いきなりニギルがぶちキレて、ぬいぐるみを持ち上げガクガクとする。

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