カオスの塔とバベルの迷宮

K-enterprise

第1話 落下と討伐

 大きな振動しんどうの後に、エレベーターで下降するときのような浮遊感ふゆうかん

 居間と兼用のオペレーションルームにいた五人は、咄嗟とっさにソファやテーブルにしがみつく。

 突然の異変に悲鳴すら上げられず、ただ身を固くするしかできなかった。


『原因不明ですが当施設は落下中となります。対地高度50、衝撃に備えてください』


 五人がいる建造物は、エネルギー循環型閉鎖山荘じゅんかんがたへいささんそうCHAOS(chalet of Sustainable)通称“カオスの塔”と呼ばれていて、核戦争や様々な災害にも耐えられる堅牢けんろうな構造を有している。

 ただ、搭載とうさいされている統括AIは、様々なセンサー情報から警告を発するだけで、この後どうなるか、中にいる人に被害は及ばないのかといった有益な情報を教えてくれない。

 どうなってしまうのか。カオスの塔にいる五人の中学生は全員が同じ疑問を持って恐怖に耐えていた。


 もともと施設にいた職員たちには「いまこの瞬間、戦争や大地震があってもこの中にいれば安全さ」などと説明を受けていたが、何も研修の最終日、中学生だけが施設内にいるときに、そんな事態が起こるなんて夢にも思わなかったのだ。


 グッと重力が重くなった気がして、誰かの口から声が漏れる。そして次の瞬間、大きな衝撃の後に何かが壊れるような音と電子音が鳴り響く。

 同時に五人の体は床に叩きつけられ、それぞれが苦悶くもんの声を上げる。

 照明が消え、すぐに赤暗い非常灯に切り替わる。


「みんな、大丈夫か⁈」


 五人の中でリーダー役でもある二瓶にへいニギルが声を上げる。


「わたしは大丈夫です」と三住みすみ美香が。

「あたしもなんとか平気」と四葉よつは葉子が。

「僕も、ちょっと足を打ったけど生きてる」と五島ごとう吾郎が順に答え、間が空いた。


「おい、いちご! 大丈夫なのか?」


 五人目の声が聞こえずニギルが大きな声を出す。


「……な、なんとか、ゴメンちょっと意識飛んだ」と一倉いちくらいちごの声が聞こえ、全員がホッと息を吐く。


「よし、全員生きてるな、怪我はないか?」


 ニギルがゆっくり立ち上がりながら周囲を見回す。

 四人の返答は怪我がないというもので安心したが、衝撃の割に無傷である理由がよく分からなかった。


(衝撃と同時に、なんだか柔らかいものに包まれた気がする)


 ニギルはリーダーの義務として、異常事態発生から現在までの状況を確認しようとしたが、何よりもまず現状把握げんじょうはあくをしようと思考を切り替えた。


 すでに警告音のような電子音以外の音は聞こえない。カオスの塔も完全に機能停止しているようだ。


「私たち、どうなったの?」いちごが聞く。

「さっきまで大平原の上だったよね、地面が崩れて落下したとか?」葉子が質問を重ねる。

崖崩がけくずれれするような場所じゃなかったよ」吾郎が首を横に振りながら答える。

「急に落下した感じだったですよね? まるで落とし穴に落ちるみたいに」美香もそんなことはありえないと思いつつ自論をつぶやく。


経緯けいいはさておき、とりあえず状況確認するぞ、施設内と外を確認しよう」


 ニギルが手を叩き、四人に指示する。


 カオスの塔は五層で構成されている円錐台形えんすいだいけい状の建造物だ。

 塔の中心にメインエレベーターがあり、その周囲に螺旋らせん階段がある。

 出入口のある最上層は太陽光パネルなどが設置されている屋上。

 その下が第一層、太陽光発電機やサンルーム、自然光農園、運動エリアなどがあり、外径直径は約30メートル。

 第二層は居住区きょじゅうくで、螺旋らせん階段の周囲に回廊かいろうがあり、8部屋が45°ずつ、ショートケーキのように並んでいる

 第三層は皆がいたオペレーションルーム、情報通信室、ジム、食堂、浴室、医務室。

 第四層は人口太陽を使った農場、倉庫、冷蔵庫、家畜かちく室。

 最下層である第五層は、水循環じゅんかんシステム、水素発電装置と蓄電池や水タンクなどが配置されている。


 それぞれを手分けして調査した結果、以下のことがわかった。

 統括AIと主電源は停止中で、再稼働までに数分かかる。

 五層以外の各層では備品が倒れるなどの被害はあるが、大きな設備故障はないようだ。

 ただ、五層は少し深刻しんこくな事態になっていた。


「おそらく、水タンクだと思うけど破損して水が流れ出てるみたい。もっともそこが衝撃を吸収してくれて、僕らや施設全体が守られたみたいだけど」


 技術担当である吾郎は、支給されているタブレットを操作し施設内部の状態をモニターしながら説明する。


「水か……水が無いと施設の機能が維持できないんじゃなかったっけ?」


 報告を聞いたニギルは皆が知っている事実をあえて口にした。


「うん。太陽光や風力、火力発電なんかも用意してあるけど、この施設の最大の特徴が水を使った水素発電だからね」

「その水が失われている可能性があるってことか」


 幸い、完全自給自足できるほどの自律性じりつせいはないので、食料や生活必需品の保存は潤沢じゅんたくに用意されていて、五人で三年以上は暮らせるだけの量は確保されている。


「施設や水も大事だけどさ、そもそもここはどこなのよ。窓から見える外はなんだか薄暗いし」

 

 葉子が不安そうな顔で口を開く。


「もう少しでAIが復帰する、そしたら外部カメラなんかも使えるし、自己診断もできるはずだ。ゲストの俺たちに今できることはないさ」


 ニギルの言葉の途中、室内灯が灯り、壁のモニターにAIの状態表示が現れる。


『施設統括AI、コードCHAOSカオス、異常遮断から再起動しました。自己診断プログラム実行中』

「カオス、ここはどこだ? 俺たちに何が起こった?」


 ニギルは取り急ぎ質問を重ねる。


『状況確認中。外部動体センサーに反応アリ』

「外に出ていた施設員の人たちか?」

『周囲に人間はいません。画像と音声を出します』


 壁の100インチモニターに映し出された光景に五人は息を飲む。


 そこには、不思議な装飾そうしょくいろどられた豪華な椅子と、その座面でうずくまって泣きじゃくる、二頭身の“ぬいぐるみ”がいた。

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