第7話

 マリア・タレシア。

 世界に名を轟かせる大国たるタレシア王国の第三王女として生を受けた彼女は本来であれば順風満帆の生活を受けるはずであった。

 しかし、その母が下賤な身である貧民街生まれの娼婦であり、本人は何の才能もない落ちこぼれ。

 

 母は落ちこぼれの娘に失望し、王宮にいる他の人間は何の価値もないマリアに対して優しくすることはなく、まるでいないもののように扱っていた。

 なんなら、マリアの母の見た目の美しさに嫉妬する他の王妃並びにその子供たちから陰湿ないじめまで受けている始末。

 

 誰も味方のいない王宮で生まれ育ち、愛に飢えている少女こそがマリア・タレシアなのである。


「よろしく……お願いします」


 そんな彼女が、今。

 僕の前に座っているのである。


「えぇ、よろしくお願いします」


 僕は完璧な作り笑顔を浮かべながら内心で頭を掲げる。

 不味い……本当に不味いッ!

 僕は公爵家次期当主なので名目上は王族である第三王女が上であるが、実質的には何も出来ない第三王女なんかよりも反乱起こせば割と国をぐらつかせてしまう公爵家の当主になる僕の方が立場は上。

 

 なのだが、それでもやっぱり名目上は第三王女の方が上なのだ……ッ!!!

 ここで僕が名目上とは言え上である第三王女をぞんざいに扱うのは非常にまっずい。評判に関わる。

 貴族なんて見栄、実績、歴史、家格などによる評判を吸って生きているような阿保どもなのだ。

 評判に関わることをしでかすのは割とヤバい。

 

「僕の名前はアレス・フォーエンス。貴方のお名前を聞かせてもらってもいいかな?」

 

 マリアは世紀のチョロインとしてゲームに登場する。

 主人公にちょっと優しくされただけでとんでもないくらい好きになってしまったやべぇ奴なのである。

 

 ちょっと万が一のことも考えて、ゲームの主人公はもちろんそのヒロインたち近づきたくない僕としてはここでマリアに優しくして惚れられると困る。

 かといって、ぞんざいに扱うと貴族としての沽券にかかわる。


「わ、私は……マリア・タレシアです」


「マリア様、ですか。なるほど。きれいな名前ですね」


 どうするか、真剣に考えて慎重に動く必要がある。

 

 ■■■■■


 アレス・フォーエンスは、秋谷和人は生粋のすけこましである。

 恋愛感情に疎い鈍感野郎のくせに生まれながら本能的に他人を誑かすのを得意とする詐欺師気質の男だ。

 前世において振った女から突き落とされ、電車に轢かれて死んだことに一切懲りていない阿保な男だ。


 マリア・タレシアは『きれいな名前ですね』の一言ですら恋に落ちるほどの世紀のチョロインであり……そして、世紀のすけこましであるアレスの進撃は止まらない。

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