第2話

 少しばかりの家出期間を終え、フォーエンス家の方に帰ってきた僕は一人で深々とため息を吐く。


「……次は五鹿の者か」


 手元にある書類を眺める僕はポツリと独り言を漏らす。

 ちょうどそんなタイミングで僕がいる部屋の扉が優しくノックされる。


「どうぞ」

 

「失礼いたします」

 

 僕の言葉を受け、扉を開けて中に入ってくる一人の男性。


「私は北方に住まう森の民が一つ、五鹿が族長にございま……す?」

 

 そんな男は己の自己紹介の途中に僕の姿を見て、その言葉が尻すぼみになっていく。


「安心したまえ、五鹿の長よ。僕はまだ成人にも満たぬ年齢であるが、父よりある程度の権限を渡されている。君たちの住まう森を開拓しようとするカロバンス侯爵家への口添え。とある些細な事件より食料を手に入れることが困難になってしまった君たちへの食料販売に関する交渉を執り行い、最終決定を下すことくらい出来る」


「……ッ!」

 

 自分の目的を先んじて僕に言われた五鹿の長は一瞬、表情を引き攣らせる。


「それでは席についてくれ、有意義な時間を過ごそうではないか」

 

 僕は足を組み、堂々たる態度で自身の前の椅子を手で示した。


 ■■■■■


 公爵家にふさわしい財力と領地の広さに豊かさ。

 武力を持ちあせていいるフォーエンス公爵家との交渉を望むものは貴族たちから、商人。自国の少数民族から他国の人間まで。

 決して尽きることはない。


「あぁぁぁぁぁぁ、何で僕がこんな働いているんだ」

 

 フォーエンス公爵家の方に僕が帰ってきてから早いことでもう一週間。

 僕はずっとフォーエンス公爵家との交渉を望む人たちと日中の間ずっと会談させられていた。

 そう。まるで僕を強制的に働かせ、自由を奪うかのように。


「僕が家出したのは夜だぞ。昼仕事漬けにしてもいいじゃないかぁー」


「夜も監視している。昼と夜。抜かりはない」


 何時部屋に入っていたのか。

 さも当然のように僕を持ち上げて、自分の膝の上に置いて後ろから抱きしめてくるお姉ちゃんが僕へと口を開く……僕が家出している間にお姉ちゃんの身長は更に伸びていた。

 全然背が伸びていない僕とは対象的だ。


「……はぇー。自由が欲しい」


「もう十分自由は堪能したでしょ?お姉ちゃんを置いて全然知らないところ、全然知らない女たちと……」

 

 ちょっと痛いかな?って思うくらい抱きしめてくるお姉ちゃんを前に僕がため息をつこうとしていたところ。


「アレス様ッ!テレア様ッ!」


 慌てたような使用人が部屋の中に入ってくる。


「どうした?」


「ク、クレス様が……クレス様がお立ちになりましたッ!!!」

 

 僕の言葉を受け、使用人はそう叫んだのだった。

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